気持ちの整理
久しぶりに耳にした甘い落ち着いた声。振り向いて視界に入れたらそれだけで卒倒しそうなほど眩しい。
(が、眼福……)
久しく拝んでいなかったイケメン王子顔を至近距離で視界に入れるとキャパオーバーだ。意図的に見るのと不意打ちで見るのは受け止める側に心の準備がいるんです、勘弁してください。
(眩しい……久々の相馬さん、そしてこの距離感……尊い、い、息切れがする……)
何を食べたらこんな風に育つのだろうか。いや、相馬さんを産んだお母様だ、お母様は一体何を食べてこんな人間を生み出すことに成功したのか。神様もアダムとイブもびっくりだ。
「桐山、小林さん借りてもイイかな」
そんなことを考えている私を無視して相馬さんはなぜか桐山さんにそんな許可を取る。
「…………もう定時回ってるんでお好きにどうぞ」
桐山さんも一瞬躊躇う姿勢を見せたが相馬さんの笑顔の圧に負けたのか頷いた。確かに定時を回っていたら桐山さんの許可もいるようでいらない。いやむしろ許可をとるのは私にでは?などと思ったところで私に口答えできる雰囲気はなかったのだけれど。
「あ、あの……」
「久しぶりだね、ゆっくり話すのは。そうだな、そこのミーティングルーム借りようかな、いい?」
桐山さんに確認を取ってはいるが有無を言わせぬ感じだ、それに桐山さんも苦笑して頷いている。
「小林さん!」
桐山さんに呼び止められて足を止めて振り返る。
「なんかあったらちゃんと声あげるんだよ?相馬、ここ会社だからだな、わかってんな?俺はお前を訴えるのは嫌だから」
(え)
「心配しなくても自分から手を挙げて自供するよ」
「怖ぇな、やめろ」
「あの、あの……」
「小林さん、おいで」
やはり有無を言わせぬ相馬さんの声に「はい……」と素直に付いて行った。
◇
カチャッとドアが閉められて部屋は静寂に包まれる。時計の秒針がやたら響く、それに自分の鼓動の音も。
「桐山と随分仲良くしてるんだね」
「え?」
「僕にはそんなプライベートな相談してくれなかった」
そんなことを言われても困ってしまう。桐山さんに普段からなんでも相談しているわけではない。なんなら今回が初めて、しかも相馬さんのことだから相談したのだ。相馬さんと同期の親しい方だと分かっていたから。
「それで?色々調べてくれたようだけど。答え合わせがちゃんと出来ていないね。最後の詰めが甘い仕事はダメだと教えてきたつもりだったけど、忘れちゃったのかな」
「す、すみません……ですが、その確認までは取れず」
「どうして」
だって、それは――。
「自己完結も良くないね。それは自分の都合のいい解釈をして納得させている可能性がある。そのためにも自分以外の意見や判断、評価を得る必要があるんだよ?」
「そ、その通りですが……」
「さて」
後退りした身体がガタッとテーブルにぶつかった。そこを捕まえるように相馬さんの両腕が私の身体を包むようにしてテーブルに手をついた。
「相馬、さん……」
「おかしいな、ちゃんと上杉さんには”小林さん”の名前をだしたのになぁ」
「え」
上杉さん、は同期の後輩の名前だろうか。総務部の今の相馬さんの部下の?
「どうして人事の二人に飛んでいくのか不思議だよ」
「あの、え?」
「人から情報を得ておいて自分で勝手に解釈するなんて迷惑な話だ。じゃあなぜ僕に聞くのか理解に苦しむ。そもそも君がそんな回りくどいことをせず直接聞いてきたらすんだんだ。どうして?どうして桐山に相談するの、それも納得できない」
「あの、えっと」
「部署を離れたら寂しそうな君が可愛くて……いつ僕のところに声をかけにやってくるか我慢して我慢して待っていたのになかなか来てくれない。それなのにいつも僕のことをいじらしく見てたよね?恋しそうに見つめてくるのが可愛いから見つめられるならずっと見つめられたくて耐えてた。それなのに桐山から聞かされて驚いたよ。諦めるために僕の恋人探すって?」
「……」
「君が出した答えが綾さん?それで諦めがついたの?僕に相応しい人だと納得できた、そういうわけ?」
ドサッとテーブル上に押し倒された。
待って、相馬さん。ここは――会社です。