見つけたお姫様
トモキくん、そう呼んだ電話の相手としばし話をしていた京香さんの頬は嬉しそうに緩んで声もとても弾んでいる。楽しそうだ、とても。身内に話す感じでもない、友達?友達でも絶対に好意的な感じだ。
京香さんから好きが溢れている。相手に対しての好きが、想いが……。
(トモキくんは誰ですか?)
ひとり心の中で誰にとなく問いかけ続けるバカな私がいた。
その後、嬉しそうに携帯を切って服を整えてメイクを直す京香さん。固まったままの私、京香さんの身支度を隠れもせずジッと見てしまっていたからその視線に当然気づいた京香さん。目が合った。
「ごめんなさい、うるさかったですよね」
「いえ……あの、お迎えってその……」
「あ……恥ずかしいな、その彼氏です。付き合い始めたばっかりなんですけど……マメな人で」
頬を染めて嬉しそうに話す京香さんの言葉が嘘にはとても聞こえない。
(あれ?あれあれあれ?二股?)
そんなわけないだろー!!と、脳内で盛大に突っ込んだ。これは違う、相馬さんの相手は絶対に京香さんでは、ない!!!!
「絶対絶対京香さんじゃないよ!相手!!間違ってる、そのネタ絶対間違ってる!!」
ゴシップ好き同期に電話で京香さんには相馬さん以外の良い人がいそうだとぶつけたら火をつけたようで、「なんだってぇぇ!」と誰だよお前は、みたいなノリで受け止めたと思たら、すぐに新しいネタを仕入れてきた。もはや同期から執念を感じる。いっそ報道関係にでも転職すればいい。
「京香さんじゃない方だわ!綾さんだわ!!」
「人事の綾さん?」
綾さんとはまた全然タイプが違うではないか。どちらかというと地味で大人しそうな人だが、そこで間違えられやすい事情があったのだ。
二人が所属する人事部、そこで京香さんと綾さんは苗字が同じだからと下の名前で呼び合われている。だから勝手に後輩さんはその苗字を聞いて京香さんの方だと勘違いしたのだろうと同期は推察した。
「いや、誰でもさ、京香さんって思うじゃん~、綾さんもまぁかわいいけど……京香さんと並ぶと霞むよね?誰でも京香さんと並んだら霞むんだよ、仕方ないよ。綾さんが悪いとかじゃないんだよ」
綾さんは少し年齢も上だけど相馬さんとは歳が近くなるのか、綾さんも落ち着いた優しい女性だ。仕事も良くできる優秀な方と聞いたことがある。結婚したらいい奥さんになりそう、家の中で美味しい料理を作って相馬さんの帰りを待っている姿が目に浮かんだ。
―見ているだけで癒されるんだよね
綾さんは確かに落ち着いたおっとり癒し系だ。京香さんはどちらかというと華やかではつらつとした人。綾さんの方が見ていて傍にいたら癒されるタイプかもしれない。そうか、綾さんだったのか。やっぱりお似合いだ、相馬さんの選ぶ女性に間違いなんかない。また胸は痛んだけど京香さんでかなりやられた胸はそこそこ逞しくなっていた。今ではもう素直に受け入れられる。
(さようなら、私の恋……)
長かった片思いに終止符を打つ日が来た。相手の幸せを願って身を引く、健気じゃないか。
勇気がないだけのチキンだろうが!そんなことを脳内で囁くダークな自分が降りてきたが無視無視。私はこの恋にどうこうしたかったわけじゃないんだ。
相馬さんみたいなかっこいい王子様みたいな人を見つめているその時間が幸せだったの。自分があのスペックの人に並べるだけの自信なんか持ち合わせていないんだ。
「桐山さん」
定時後に桐山さんの元に行き頭を下げた。
「先日は私のワガママで振り回して申し訳ありませんでした。無事答えを見つけられまして気持ちの整理がつきました。さほど落ち込まず今では心から祝福したい気持ちでおります。ご心配おかけしました」
「待って待って、その答え合わせちゃんとしてる?間違えてない?」
「間違えてないかと」
きょとんと答えたら桐山さんが目をぱちぱちさせて聞いてくる。
「ちなみに相手は誰だったの?」
「人事の綾さんです」
「綾さんって……結婚してるじゃん」
「もう籍を入れられたんですね」
「ちがうちがう、小林綾さん、結婚して大原さん。人事では苗字かぶりもしてるからって綾さん呼びされてて結局それが定着してるけど、彼女は大原綾さんだよ?あんまりそこの周知がされてないだけで」
あ、夫婦別姓?え?旧姓は小林さん?大原はどこから出てきたのだろう。
「大原……なぜ相馬ではないのですか」
「僕の結婚相手ではないからかな?」
いきなり背後から声がして肩がビクリと揺れた。おそるおそる振り向いたらそこにはかつてこの部署にいた上司がいた。