知りたい気持ち
会社を出て近くの定食屋さんに連れられて桐山さんは日替わり定食を頼んだので私も同じものを注文した。普段は社食を食べることが多いから外で食べるのは新鮮だ。店には社内の人もちらほらいてよく賑わっている。
「プライベートなことだし、ペラペラ話す気はない。俺も言われたくない事とかはあるしね?そういう意味で」
「わかってます、すみません」
本人に聞けば一番いい、そんなことはわかっているんだ、自分にその勇気がないだけで。
「社内にいるらしいよ」
「え」
「そんな予想外?」
「は、い」
家柄同士の結婚かな、とか思っていたのは小説の読みすぎだろうか。御曹司は一企業に勤める一般人を好きになるのか。いや、一企業に隠れたお嬢様もいるのかもしれない、先入観は良くない、だって相馬さん自身がそうじゃないか、御曹司が一企業に勤めているんだから。
「そう、なんですね」
「探せばすぐ見つかるかもよ?はやく結婚したいってぼやくくらいだからね。隠す気はないんじゃない?」
「なるほど……」
お味噌汁をすすりながら相槌を打つものの頭の中はもうグルグルしている。まさか社内にいるとは……予想外だった。
「相手を知ってどうするの?」
「……こういう方が好きなのだな、と理解して納得します」
「それだけ?」
「他に何をしろと?」
「逆かもよ?こんなのが好きなわけ?って怒りが湧くかもしれなくない?」
「そんな……人の好きをそんな風には……しかも相馬さんですよ?あの方がそんなおかしな人を好きになるわけありません。相馬さんは素敵な方です、真っ直ぐで誠実で優しくて穏やかで……自分のことなんか二の次みたいなところがあるじゃないですか。思いやりに溢れた方です。だから余計知りたいのかもしれません。そんな相馬さんを射止めた方を」
あぁ、そうなんだな、この人なんだな――そう思えた時に初めて祝福できそうな気がする。
諦めて思い出に出来る。
「ありがとうございます、こんなわがままを聞いてくださって。自分の気持ちがきちんと整理できましたら桐山さんにはちゃんとご報告します。なのでしばしお待ちください」
「……あんまり落ち込まないようにね」
桐山さんの最後のアドバイスをしっかり胸に刻んで私はその日から相馬さんの意中の方を探すことに決めた。
◇
相馬さんは人気がある、当然狙っている女子社員は山ほどいるのだ。情報はいくらでも手に入る。そして私にはゴシップ好きの同期がひとりいる。
「仕入れたわ、これはガチっぽい。法務部の後輩、相馬さんが上司になって親しくなったからか結構突っ込んでくれてさ。人事の京香さんだって!」
人事の京香さん……名前を聞いただけで愕然とした。ショックを受けるのはおこがましいが一番にきた感情がそれだから仕方がない。
「京香さんかぁ……納得」
「納得だよね、あれは綺麗だわ……横に並んでも引け目を取らない、お似合い。でも京香さんって営業部長とって噂なかった?相馬さんから乗り換えたの?相馬さんが略奪した?」
「略奪なんてそんな言い方……恋愛なんかわからないじゃない。人を好きになるのなんか理屈じゃないもん」
気持ちが移り変わるのも冷めるのも誰にでも起こり得ることだ。そしてまた色づくことも自然の事。
「相馬さんを好きにならない方がおかしい」
「それは衣都の気持ちでしょ。相馬さんを好きにならない女も絶対いますから」
そうか、京香さんが相手だったか。そう思って傷ついた心を少しだけ慰めて納得しようとしていた。定時後その京香さんと偶然更衣室で一緒になって軽く挨拶を交わした。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です~」
鈴が鳴るような声だ。聞いてて心地よい相馬さんの声にこの可愛い声。声さえもお似合い、嫉妬さえない、羨ましくもなる。相馬さんは京香さんと結婚する、本当にお似合いの二人だ、どうかお幸せに……まだ胸は痛いけどなんとか心の中でそう思って京香さんを見つめた。
―ブーブーブー
ロッカーに置かれていた携帯電話のバイブが激しく鳴って京香さんが慌てて声をかけてきた。
「きゃ!ごめんなさい、大きな音が……ビックリさせちゃいましたよね、すみません」
「いいえ、あ、どうぞ気にせず電話出てください」
「いいですか?じゃあ甘えて……すみません」
一言声をかけられる、そんな気遣いも出来る方。やっぱりお似合いだ、出会うべくして出会えた二人。桐山さんが言うみたいに何でこの人?とか思うわけがないし落ち込むこともない。むしろだんだん清々しくなってきた。
「え?うそ、トモキくん迎えに来てくれたの?会社の前?うそうそ、待って、すぐ着替えていくね!」
(トモキくん?トモキくんは誰ですか?)