婚約破棄されたイライラを魔法で発散していたら、隣国の騎士様にべた惚れされました
「エレメス。君との婚約を破棄したいんだ」
「……え?」
その日は唐突にやってきた。
なんてことはない。
いつものように魔法騎士団の任務を終えて隊舎に戻ると、ホールで私の婚約者であるシーベルトが待っていた。
たぶん悪い話なのだろうということは一目見てわかった。
普段の彼はニコニコしていて、優しくて温かな視線を向けてくれる。
顔を合わせた時の第一声も、必ず労いの言葉だった。
だけど……。
この日に限っては、一瞬も笑っていなかった。
真剣というより、見放すような冷たい目をしていた。
それでも考えていなかった。
七年も続いたこの関係が、まさか唐突に終わりを迎えるなんて。
「あ、えっと……い、今なんとおっしゃったのですか?」
「何度でも言うよ。君との婚約を破棄したいんだ。エレメス」
彼は目を逸らしながら二度目も同じセリフを口にした。
聞き間違いではなかった。
彼の口からハッキリと、婚約破棄の言葉が聞こえてきた。
私は数秒固まってしまう。
思考も、身体も、ビタッと固まって動けない。
予想外過ぎて、信じられなくて。
だから私は聞き返す。
「ど、どうして急に?」
「急……か。確かに君にとっては唐突な話だったかもしれない。ただ、僕にとってはそうじゃない。ずっと前から考えてきたことなんだ」
「前から? い、いつから?」
「君が魔法騎士団に入ってすぐの頃からだよ」
私が魔法騎士団に入ったのは、今から五年前。
当時、最年少である十三歳での入団。
加えて騎士団では数少ない女性ということもあって注目を浴びていた。
私とシーベルトは家同士の付き合いもあって、物心ついたころから面識がある。
いわゆる幼馴染という関係で、小さい頃はよく一緒になって遊んだ。
彼も私も魔法の資質があったから、両親の目を盗んで勝手に魔法の練習をしたこともあった。
婚約者の話が来た時も、お互いにすぐ受け入れることができた。
よく見知った間柄で信頼関係も築けていたし、何より一緒にいて安心できた。
少なくとも私は、彼に好意を抱いていた。
彼も同じ気持ちだと……思っていた。
「五年も……前から?」
「ああ」
「……どうして?」
もう一度同じ質問を口にした。
ショックはあれど次第に落ち着きを取り戻していく。
頭も晴れてきて、冷静に考えられるようになってきた。
だけどわからない。
婚約破棄をされるような出来事が思い浮かばない。
彼に何か失礼なことをしてしまったのだろうか?
そんなことした覚えはない。
彼はゆっくりと口を動かす。
「理由はいくつもある。ただ一番は……君が強すぎることだよ」
「……へ?」
またしても予想していなかった言葉に私は固まってしまう。
そんな私を見てなのか、彼は小さくため息をこぼす。
「その反応はピンときていないようだね」
「だ、だってそんな……意味がわかりません。強いことがなんの理由になるんですか?」
「本当にわかっていないんだね。自分の異常さにも気づいていないのかな? それとも見下しているのかな?」
「な、なにを言っているんですか?」
彼の言葉は一つも伝わらない。
単語の意味はわかっても、込められた感情が理解できない。
ただ、少しずつ感じていく。
彼の言葉に、態度に込められている感情、その一部を。
怒りと怯え。
「君は小さい頃から特別だった。僕より先に魔法の才能を開花させ、大人でも使えないような魔法を簡単に身に付けて……今やこの国最高の魔法使いになった。凄いことだよ。尊敬はしている……けど、同じくらい妬ましくもあった」
「シーベルト……」
「君には理解できないだろう。自分より遥かに優れた人が傍らにいて、どれだけ足掻いても追いつけない絶望を。どんな時も比べられて、共にいるだけで敗北感を味わい続ける惨めさを」
彼の表情が強張っていく。
心からあふれ出る本心が表情と現れている。
そんな風に感じていたなんて、私はまったく気づかなった。
「最近はそれだけじゃないよ。君を見ていると恐怖すら感じるんだ」
「恐怖?」
「こればっかりは僕だけが感じていることじゃない。君の周りのみんなが思っている。魔物と戦う君の姿は……同じ人間とは思えない。恐ろしい程に強くて……まるで怪物だよ。君は知らないだろうけど、騎士団の中で君は赤い悪魔なんて呼ばれているんだよ?」
「あ、悪魔!?」
初めて知った。
そんなことを言われていたなんて。
というより赤?
私の身体に赤い箇所なんてほとんどない。
髪も銀色で、目の色は青い。
服装も騎士団の服だから白がメインで、赤は少しだけラインが入っている程度だ。
一体どこから赤の要素がきたのか……。
理由は彼の口から語られる。
「魔物の大群を相手に一歩も引かず、その返り血を浴びながら次々に魔物を蹴散らしていく。その様を多くの団員が目撃してきた」
赤ってそういうこと?
血の色ってこと?
「僕も何度か目撃している。僕じゃなくても、あれは人間じゃないと思ってしまう。人の形をした悪魔か怪物だとね」
「人間じゃ……そ、それは誰が言い始めたのですか?」
数秒前まで悲しさが勝っていたのに、今の話を聞いて怒りが込み上げてきた。
さっきから聞いていれば、悪魔とか人間じゃないとか。
国のため全力で戦い貢献している仲間に対して、そんな風に思うのは失礼じゃないの?
そもそも女性に対して怪物って……。
私は苛立ちを表情に出してしまっていた。
シーベルトはそんな私を見ながらため息をこぼす。
「はぁ……そういう短気なところも理由の一つだよ。気に入らないとすぐ表情に出る。目上の者に対しても平気で言い返す。君がそうやって怒りを見せる度に僕は、刺激しないように宥めようと必死だったよ」
「っ、そ、それは……」
身に覚えがある。
彼の言う通り、私は少々短気なところがある。
何かの拍子に苛立った時は、特にシーベルトが私に優しくしてくれた。
おかげで一度も怒りを爆発させずに済んでいる。
彼の気遣いは感じていた。
だけどそれが、私への愛情ではなく恐怖からきていたなんて……。
「ごめんなさい……」
「今さら謝られたって無意味だよ。僕はもう、君を女性としては見られないのだから」
「……そんな……」
「君はただの、恐ろしい魔法使いだ。僕にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。僕にも君が怪物にしか見えないんだ。怪物を愛することなんて、人間にはできないんだよ」
冷たい瞳、鋭く刺さるような一言。
この数分で嫌というほど感じて、理解させられる。
彼の瞳にはもう、私は人間として映っていない。
私たちの関係はずっと前から破綻していたんだ。
ただ、彼を責める気持ちにはなれなかった。
だって仕方がないことだから。
私は彼の心労に気付いてあげられなかった。
知らぬうちに神経をすり減らし、作り物の笑顔を見せていていたことに、全く気付けなかった。
そんな私が、彼を非難することなんてできるはずもない。
「シーベルト、今までありが――」
「シーベルト様!」
最後に感謝を伝えようとした。
その言葉を遮るように、明るく高い声が彼を呼ぶ。
私もよく知っている人物の声へと視線を向ける。
彼女は嬉しそうに元気よく手を振りながら、私たちのほうへと駆け寄ってきた。
「やぁ、来てくれたんだね」
「もちろんです。シーベルト様からのお願いなら、私はどこへだって駆けつけますわ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね」
彼女はシーベルトの元へと歩み寄り、満面の笑みで応えていた。
「……シリカ?」
「こんばんは。お姉さま」
彼女の名前はシリカ・フォートレア。
二つ離れた私の、腹違いの妹だ。
「どうしてシリカがここに?」
「僕が呼んだんだよ。君に紹介したくてね」
「紹介?」
私は首を傾げる。
シリカは私の妹で、生まれた時から知っている。
今さら紹介されることなんて……しかも他人に教えられることなんてない。
そう思っていた私は、目を、耳を疑う。
彼はシリカの肩に手を回し、肩と肩を近づける。
それおおよそ他人同士の距離感ではなかった。
まるで、愛し合う恋人のような――
「彼女が僕の新しい婚約者、シリカだよ」
「……え?」
婚約者……?
聞き間違いじゃない、よね?
だって見るからに……。
「驚かせてしまったようだね」
「ごめんなさいお姉さま。本当はもっと前からお付き合いしていたんです」
「もっと前って……」
いつからなのかは知らない。
ただの事実として、二人はそういう関係になっていた。
私が知らない間に。
私という婚約者がいながら、彼は別の女性と付き合っていた。
浮気されてた?
「先に断っておくけど、彼女は何も悪くないよ。むしろ君が感謝するべきなんだ。君への不安を抱えていた僕を、陰でずっと支えてくれていたんだから」
「そんな、私はただシーベルト様のお話を聞いていただけですよ」
「ふふっ、それが僕にとっては救いだったのさ。君を見ていると癒されたよ。久しぶりに幸せを感じられたんだ」
「嬉しいです。私もシーベルト様と一緒に時間を過ごせて幸せです」
イチャ、イチャ、イチャイチャ――
目の前で仲の良さを見せつけられている。
甘い声で肌を触れ合わせるシリカに、シーベルトはデレデレだ。
この瞬間、私は察した。
さっきまでシーベルトが口にした理由が、一番ではないことに。
後付けではないにしろ、根本の理由は違う。
「ああ……そういうこと」
結局のところ、彼はシリカに心移りしただけなんだ。
もっともらしい理由を盾にして、自分は被害者ですみたいな顔をして。
「シリカは本当に可愛いな。こうして出会えたことが奇跡のようだよ」
「私も同じ気持ちです。シーベルト様」
シリカのほうが可愛いから浮気しただけ。
彼女と婚約者になりたいから、邪魔な私との関係を終わらせた。
ちょうどいい機会だとでも思ったのだろう。
申し訳ないと思った。
けど今は、その気持ちを返してほしいと思っている。
ただの浮気男に同情なんてするものかと。
「もう、いいですか?」
「ああ。今までありがとう」
「気を落とさないでください、お姉さま。お姉さまにもきっと、素敵な殿方との出会いがありますよ」
「……そうね。そうだといいわ」
心にもないセリフをありがとう。
私は内心では棘のある言葉を口にして、その場を後にした。
◇◇◇
十八年前。
私はフォートレア家の長女として生を受けた。
名のある貴族の娘。
普通なら贔屓され、期待される立場にあった。
だけどそうはならなかった。
私の母親が、私を生んだ直後に亡くなってしまったからだ。
母は身体が弱かった。
それでも家のために跡取りを残さなければならない。
無理をしながらも私を出産し、限界を迎えてしまった。
自らの命と引き換えに、私を生んでくれたことには感謝している。
ただ、そのことを快く思わない人物がいた。
私の父、現在の当主。
父は私のせいで母が死んでしまったと思っている。
事実その通りだから反論もできないけど、父が怒っているのは母への愛からではなかった。
父は母の容姿を、身体を気に入っていた。
そこに愛はなく、欲があるだけ。
父にとっては母は、自らの欲を満たす道具でしかなかった。
所有物を壊されて怒っていただけなんだ。
その証拠に、母が死んで間もなくして、母の妹と再婚している。
容姿が似ているから、代わりになると思ったに違いない。
そうして、シリカが生まれた。
シリカは私よりも、私の母に似ているらしい。
だから父もシリカを溺愛している。
「……ムカつく」
生まれた時から冷遇されていた。
まだ甘く純粋だった私は、いい子にしていれば環境も変わると思っていた。
私には魔法の才能があったから、必死に努力してその才能を磨いた。
魔法使いは国にとっても貴重な存在で、その最高機関である魔法騎士団への入隊は、貴族にとっても大きな栄誉となる。
特に女性は先天的な魔力が少ないから、魔法使いには不向きとされていた。
そんな中で女性の私が魔法使いとして大成すれば、きっと父も認めてくれる。
結果はもう出ている。
当然のようになにも変わらなかった。
私がどれだけ評価されても、父は私に見向きもしない。
シリカばかりが可愛い可愛いともてはやされ、優遇される様子を見せつけられた。
悔しかった。
「なんで私ばっかり」
こんな目に遭うの?
生まれてきたことが間違っているみたいな扱いを受けるの?
今さら優遇してほしいなんて思っていない。
ただ私は、少しでも見てほしい。
私のことを、ちゃんと意識してほしい。
シーベルトは違うと思っていたのに……。
「結局……結局可愛いほうがいいのね!」
怒りが頂点に達する。
それと同時に、目の前に現れた大量の魔物たち。
一斉に、私に目掛けて襲い掛かってくる。
「可愛くて、甘い声出して!」
迫る魔物が爆炎に包まれる。
「ベタベタ身体をくっつけて!」
突風が吹き荒れ、地面ごと魔物の群れを抉る。
「女の子らしい見た目をしてたから好きになっただけでしょ!」
残った魔物が逃げ出そうとした。
背を向ける魔物たちに向けて、落雷を落とす。
的確に、一匹も残さず黒焦げにする。
僅か十秒。
魔物の群れ約七十匹を撃破した。
「はぁ……はぁ……」
「お、おい、なんか荒れてねーか?」
「やっぱあれじゃないか? 婚約者に捨てられたって話」
「あれマジなのか? 妹に寝取られたって」
ヒソヒソ声に反応して、私は団員たちをギロっと睨む。
睨んだ瞬間に背筋を伸ばし、知らないふりをしてそっぽを向く。
ハッキリと聞こえていた。
私は寝取られたとか、捨てられたとか。
文句を言ってやりたいけど、今は任務中だから我慢する。
「それにしても多いわね」
今日は王国の境にある大森林で魔物討伐の依頼に参加している。
近年稀に見る魔物の大量発生によって、今まで使用していた街道が使えなくなってしまった。
国境付近ということもあって、隣国と共同で対象に当たっている。
シーベルトの件があったのはつい昨日のことだ。
ショックも大きかったし、未だに苛立ちは治まっていない。
できれば休みたかったけど、仕事にプライベートな事情は持ち込めないから、せめて魔物でストレスと発散しようと思う。
「さぁどんどん来なさい。私が一匹残らず吹き飛ばしてあげるから」
そこから一時間。
私はひたすら現れた魔物を倒しまくった。
思いっきり魔法を使えるのはやっぱり気分がいい。
魔物が吹き飛んでいく様を見ていると、少しずつ苛立ちも治まってきた。
「つ、次が来るぞ!」
「くっそまたか! どれだけ数がいるんだよ!」
仲間たちはすでにヘトヘトな様子。
連戦だから当然とはいえ、ほとんど倒しているのは私だし、魔力消費だって桁違いだ。
この程度でへばってしまうなんて男の癖に情けない。
そう思ってしまう程には、私は男性を嫌いになりかけていた。
「私が――」
「下がっていてくれ!」
そんな時、私よりも先に駆け出した騎士がいた。
私とは違う制服を身に纏い、白銀の剣を振り抜ける。
一瞬にして十を超える魔物を斬り伏せ、剣を腰の鞘に納めた。
「すごい……」
私でも完全には見えなかった。
恐ろしく速くて正確な動き。
あれほどの剣士を見たことがない。
「おお、凄まじいな。あれが隣国最強の騎士アレン・グラートンか」
「アレン・グラートン」
聞いたことがある。
隣国に優れた剣士がいるという噂を。
魔法を一切使わず、生身の剣一本で数多の魔物と渡り合える騎士。
半信半疑だったけど、今の動きを見て確信した。
確かに最強の騎士と言われるだけの実力がある。
男にもまともな人がいるのね。
まぁ、私には関係ないことだけど。
「ん?」
彼をじっと見ていたら、その視線に気づかれたみたいだ。
振り返った彼と視線が合う。
「どうかしたかな?」
「……いえ、素晴らしい剣技ですね」
「ありがとう。だけど君も大したものだよ。エレメス・フォートレアさん」
「どうして私の名前を?」
「君の噂はこっちの国にも流れているんだよ。さっき魔物を一人で圧倒していただろう? あれを見て君がそうだと確信したんだ」
自分の噂が隣国にまで流れているなんて知らなかった。
でもどうせ、怪物とか悪魔だって言われているんでしょうけど。
この国で呼ばれているみたいに。
自分で考えて虚しくなって、私は小さくため息をこぼす。
「はぁ……今ので最後ですね。これで依頼も終わりです」
「そのようだね。しかし相当な数だった。これだけの数がどうして一斉に――!?」
「この気配は!」
私たちは同時に感じ取った。
禍々しく強大な力を。
現在の時刻は午後二時、太陽が最も高い位置にある。
木々が生い茂る森の中でも、燦燦と照らされる太陽の光で明るさが保たれていた。
それが一瞬にして暗闇に変化する。
理由は私たちの目の前に、空を飛んでいた。
「ド、ドラゴンだと!」
「嘘だろ! しかもこの大きさは異常だぞ!」
周りの騎士たちが慌て始める。
またしても情けない、とはさすがに思えない。
ドラゴンは魔物の頂点に君臨する存在であり、大きい個体であれば一匹で都市を壊滅させるだけの力を持っている。
私たちの前に現れたドラゴンは、その中でも特に大きい。
足が竦むのも無理はない。
「そういうことか。こいつから逃げるために魔物たちは大移動を」
「みたいですね。ドラゴンは食料を求めて魔物の群れを追ってきたのでしょう」
そして激怒している。
自らの餌を狩りつくした私たちに対して。
赤い瞳が私たちを睨む。
もはや戦闘は避けられない。
「君は他の騎士たちを連れて逃げるんだ」
「え?」
「ここは俺に任せてくれ」
「何を言ってるんですか? 逃げろって、私に?」
他の人たちに対してならわかる。
今この場で、並みの魔法騎士では足手纏いにしかならない。
ドラゴンと戦える魔法使いは限られる。
例えば私がその一人……いや、このドラゴン相手なら私じゃないと太刀打ちできない。
私の噂を聞いているなら知っているはずだ。
「私は守られるほど弱くありませんよ」
「強いとか弱いとか、そんなの関係ないよ」
「え?」
「女性を守るのは男として当然の役目だからな」
そう言って彼は微笑む。
優しく、強さを持った瞳で。
「さぁ早く行くんだ! いつまでも暢気にしてると――」
ドラゴンが大きく顎を開く。
凄まじい魔力が口に集まり、破壊のエネルギーとして圧縮されていく。
「ドラゴンブレスか! 面白い。俺が斬り裂いてやろう!」
「……」
女性を守ることは当たり前……。
私のことを女性として扱ってくれた。
守るなんて言われたことも、生まれて初めてかもしれない。
「いつまでそこにいるつもりだ! いいから逃げるんだ!」
本心はわからない。
彼がどこまで私のことを知っているのかも。
上辺だけの言葉だったのかもしれない。
それでも……。
「エレメス嬢?」
少しだけ嬉しかった。
だから――
「ありがとう」
感謝の気持ちを込めて、彼を守る。
右手をドラゴンに向けてかざし、特大の魔法陣を展開させる。
ドラゴンはすでにエネルギーの蓄積を完了していた。
対する私も即座に魔力を高める。
ドラゴンがブレスを放つ。
「――ブロックバスター」
そのブレスごと吹き飛ばす爆裂魔法を発動。
轟音と地響き。
前方数キロメートルが消失する威力を発揮し、ドラゴンは跡形もなく吹き飛んだ。
一撃で地形が変わる威力を出したのは久しぶりだ。
気持ちが高ぶって、いつも以上に力が入ってしまったせいだろう。
これで脅威は去った。
辺りは静かになって、風の音がよく聞こえる。
こういう時、振り返らなくてもわかる。
どうせみんな驚いて、怯えている。
だから誰も声をかけてこない。
生き残ったことを喜ぶ声すらあがらない。
こんなんじゃ……悪魔って言われても仕方がないかな。
きっと彼も唖然としているに違いない。
女性として扱ってくれたことは嬉しかったけど、あれが最初で最後だったはずだ。
別に後悔はしていない。
お互いに違う国の人間同士、もう会うこともないだろうと――
「――綺麗だ」
それは思ってもみない一言だった。
私は思わず振り返る。
声の主は瞳を輝かせ、まっすぐに私のことを見ていた。
そこに困惑や恐怖は宿っていない。
「凄いな! こんなにも綺麗な光景は初めて見たよ!」
「き、綺麗? 今のが?」
「ああ! あのドラゴンを一瞬にして消し飛ばした光はすさまじかった! 気がつけば青空がよく見えるようにもなっている! 何より、魔法を使う君の姿が印象的で、とても綺麗だった」
「なっ、え……?」
この人は何を言っているの?
魔法を使う私が綺麗?
「じょ、冗談はやめてください。綺麗なわけないじゃないですか」
「紛れもない本心だ! 魔法を使う君の姿を美しいと思ったんだ。俺が今まで見てきたどんな女性より、どんな光景よりも」
彼は視線を逸らさない。
嘘はないと訴え掛けるように、私の瞳から目を放さない。
彼は私の手を握る。
「エレメス嬢! 俺は君のことが知りたくなった」
「――え、えっと……そ、それって」
「どうやら俺は、君に一目惚れしたみたいだ」
彼の声を聞いた。
その時、鼓動の高鳴りを感じた。
◇◇◇
隣国との国境で起きた戦いから二日後。
突如として出現したドラゴンを討伐したことは、一瞬にして王国中に広まった。
やっぱり人間じゃない。
怪物だからドラゴンにも勝てたんだろう。
そういう心ない声が私の耳にも入る。
だけど今は、そんな言葉に苛立つ余裕もなかった。
「……はぁ」
休日の朝から誰もいない屋敷でため息をこぼす。
あの日以来、まともに睡眠もとれていない。
理由は明白だ。
「一目惚れ……一目惚れ?」
隣国最強の騎士からの告白。
ドラゴンを倒した私を見て、魔法を使う姿が綺麗だと彼は言った。
怖がるのでもなく、ドン引きするわけでもなく。
初めて好意的に見てくれた。
そのことは素直に嬉しい。
嬉しいのだけど……。
「ま、まさか告白されるなんて……」
予想外過ぎて整理が追いつかない。
頭の中であの時のセリフが何度も再生されて、夜もまともに眠れない。
ずっと彼のことばかり考えている。
「アレン……グラートン」
そういえば、彼は去り際言っていた。
近いうちに必ず会いに行く。
また会おう。
あれは本気で言っていたのだろうか?
だとしても、会いには来ない気がする。
あの場では気分が高揚していた彼も、冷静になれば気付くはずだ。
私の異常さに怯えるはずだ。
わざわざ国境を越えて会いに来るなんて――
カンカンカン。
「え?」
今の音は、来客を知らせる扉の音。
私の元に来客が来ることなんてほとんどない。
唯一だったシーベルトもいなくなった。
私の脳裏には一人の男性が過る。
すぐにでも確認したくて、私は急いで玄関に駆けた。
少しだけ期待してしまう。
「こんにちは。エレメス嬢」
「アレン・グラートン……」
期待に応えるように、扉を開けた先で彼は微笑む。
本当に来てくれた。
嘘じゃなくて、わざわざ国境を越えて。
「すまないね。本当はあの後すぐに会いたかったんだが、色々と処理することが多くて」
「……ああ、その関係でこちらに来ていたのですね」
「ん? いいや違うよ? 会いに行くと言ったじゃないか。今日は君に会うために来たんだよ」
未だに信じられずにいる。
彼は私に会うために、国境を越えてきたという。
隣国とはいえ、移動には丸一日かけても足りない。
手続きだって面倒だ。
その行程を、私に会うためだけにしてきたというの?
「どうしてそこまでするんですか?」
「忘れたのか? あの時、俺は君に一目ぼれしたんだ。好きな人に会いに行くんだから、国境くらい超えて当然じゃないか」
彼は恥ずかしいセリフを躊躇なく、笑顔で私に向けて言う。
淀みない瞳と声からは、彼の真っすぐさが感じられて。
彼を見ていると心臓の鼓動が速くなる。
告白されたから?
私も……ドキドキしてる。
「しかし探すのに時間がかかったよ。本宅で暮らしているわけではないんだね」
「え、ああ……ええ」
「先に本宅に行ったらここだと言われたよ。教えてくださったのは君のお父様だと思うのだけど、少し様子が変だったな」
「それは……当然でしょう。あの人は私のことが嫌いですから」
無意識だった。
彼のことで頭がいっぱいだったせいもある。
言うつもりはなかったのに、つい本音が漏れてしまった。
あとから気付いて口を閉じたけど、もう遅い。
「嫌い? どういうことだい?」
「……」
「……その感じは、何か事情があるんだね。本宅から離れて暮らしていることも」
今ので彼も察したようだ。
表情が暗くなる。
「よければ話してくれないかな?」
「……どうしてですか? 聞いてもいいことなんてありませんよ」
「だとしても知りたいよ。好きな人のことだからね」
「……そうですか」
他人に話すことじゃないけど、今回は特別に話してもいいと思った。
私のことを好きだと言ってくれた人だから。
その気持ちが本物なら、隠しておくのは失礼だろう。
どちらにしろ、いずれわかることだ。
だったら今教えて、熱も冷めたらそれまでだ。
私は彼を屋敷の中に招き入れ、リビングで語った。
私がどういう人間なのかを。
周りからどう思われ、何を経験してきたのか。
最初から最後まで暗い話を、彼は静かに聞いていた。
そして、話し終わった最後に彼が口にしたのは――
「腹立たしいな」
苛立ちの感情だった。
「君は何も悪くないじゃないか。それどころか国のため、家のために努力して結果も出している。それを認めず突き放すなんて……親以前に人間と思えないな。どちらが悪魔だ」
「そう……ですね。そう思ってくれるんですね。貴方は」
「今の話を聞いて、同じように思わない男もいないだろう」
「そうでしょうか。少なくとも私が知っている人たちは、同情はしても怒ったりしないでしょう」
他人事だから仕方がない。
いいや、家族でさえ私のために怒るなんてこと……。
「だから貴方も気を付けてくださいね」
私に関わると、貴方も変な目で見られることになる。
「そうだな。気を付けないといけない」
「……」
「君がこれ以上、悲しまなくて済むように俺も気を配るよ」
「へ……?」
「ん? 何を驚いているんだ?」
「だって、今の話を聞いてどうしてそんなことを思うんですか?」
普通ここは、もう関わらないほうがいいとか。
変な目で見られないように気をつけなきゃ、じゃないの?
そういう意味で言った私が呆気に取られている。
「どうもこうも、それ以外に何がある?」
「……」
「君は何か勘違いしているな。今の話を聞いて、俺が思ったことは二つだ」
「二つ?」
彼はこくりと頷く。
「一つは苛立ち。君を正当に評価しない周囲への。もう一つは、やっぱり君は素敵な女性だということだ」
「す、素敵……え?」
「自覚がないのかな? 君は素敵な人だ。魔法使いとしてはもちろん、一人の人間としても。そんな環境に置かれながら直向きに努力してきた君の魂は、どんな宝石よりも綺麗で輝いている。俺はそう思う」
「――!」
またこの人は、恥ずかしいセリフを簡単に口にする。
あの時と同じだ。
告白してくれた時のように、私の瞳をじっと見つめる。
彼の言葉が、声が、私の心を高ぶらせる。
「……もの好きですね」
「そうでもないだろう? むしろ、君の魅力に気づけない人たちがどうかしてる」
「……ふふっ」
「あ、いいね。初めて笑ってくれた」
不意に笑顔がこぼれた。
半分は呆れから出たものだけど、嬉しかった。
「エレメス嬢、君の気持ちを聞かせてもらえないかな?」
彼は真剣な表情を私に向ける。
「俺は君に一目ぼれした。願わくばそういう関係になりたいと思っている」
「私は……」
そういう関係。
恋人、婚約者……。
少し前まで、私にも相手がいた。
壊れてしまったもつい最近の話だ。
正直、怖いと思う。
彼の言葉に嘘は感じないし、本気で私を見てくれているのもわかる。
それでもまた……壊れてしまうんじゃないかと。
ただそれ以上に――
「い、今すぐは難しいです。ので、友人として……からでもよければ」
「ああ、それでいい。嬉しいよ」
この笑顔を見ていると、まだ少しだけ期待してみたいと思ってしまう。
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一応連載候補の短編になります。
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