Data.9 支えあっての人斬り
「ふー、満足満足!」
カプセル型VRデバイスから出た私はうーんと背伸びをする。この固まった筋肉が伸びていく感覚が気持ちよくってクセになっちゃうわ。斬った数は1人と1頭と少な目だけど、なぜかすごく満足感がある!
ただ、『電脳戦国絵巻』には移動の概念があるから、斬った数は少なくてもそれなりに長い時間遊んでいると思う。早く下に降りて竜美の様子を見に行かないと!
「竜美ー! ごめんね、ずっと1人にしちゃって」
「ううん、気にしないで。それよりゲームは面白かった? 私としてはそっちの方が気になってしょうがないかな」
「すっごい楽しかったよ! 流石はみんなが選んでくれたゲームって感じ!」
私はちらりと時計に目をやる。ゲームを始めてから2時間は経っていないという感じだ。まあ、長く遊んでいると言えば遊んでいるけど、思ったよりは時間が経ってないかも。
そういえば、体の反応速度は鈍かったけど、歩く速度はリアルよりも速かった気もするな。おかげで想像しているよりは移動時間を短縮できているのかもしれない。
「それは良かった。優虎ちゃんが楽しいなら私はそれで満足だもの」
竜美はいつもそう言って笑って、私には何も求めてこない。でも、それに甘え続けるのは人として良くない。今日という今日はなにか恩返ししなくては……!
「そうだ! 今日はうちで晩御飯食べていかない? もちろん、竜美がOKならだけど……」
「もちろんOKよ! 一緒に材料を買いに行って、一緒に作ろうね!」
「うん……って、ダメダメ! これは私の感謝の気持ちなんだから、竜美は何もしなくていいんだよ! 買い出しだって料理だって1人でやってみせるもん!」
「えーそうなの? 私は優虎ちゃんと一緒にお買い物して、一緒にお料理したかったのになー」
「……そう? なら一緒にやろうか!」
本人がそう言うなら仕方ないな!
まあ、2人で一緒にやった方が効率が良いし、美味しい料理が作れるってもんよ!
「ちょっとだけ待ってね。たたんだお洗濯ものをかたずけちゃうから」
竜美は私との会話中にたたんでいた洗濯物を持って立ち上がる。このマルチタスク能力というか、要領の良さは本当に見習いたいものね……。
《ピピピーンポーン!》
その時、家のインターホンが鳴った。このせっかちすぎて最初の『ピ』の音が重なってしまう独特な押し方……。私も竜美もその来訪者の正体を察する。
その後、間髪入れずに玄関のカギが開く音が聞こえた。カギを持ってるんだからあんなにうるさくインターホンを押す必要はないと毎回言ってるんだけど、聞き入れてもらえたことはない。
「たっだいまー! お母さんのお帰りよ~!」
リビングに現れたハイテンションな人。くるくるとカールさせ過ぎな茶髪、童顔、丸くて大きな目、微妙に組み合わせが悪いアクセサリーの数々、サイズ大きめの服……。背は低すぎず高すぎず、スタイルは良すぎず悪すぎず、顔もそこそこ美人って感じ。
だけど、誰よりも存在感を放つ人。セレブや有名人の保護者が多いお嬢様学校の授業参観でも、周りをかすませてしまうような妙なオーラを持っている。
その理由を本人は『最強の愛嬌』と語る。
新進気鋭のグラフィックデザイナー、その名を姫神優風。まあ、要するにこの人は私のお母さんなんだ。
「おかえり~」
「優風お母様、お邪魔しています」
「うわー! 竜美ちゃんもいる! いらっしゃい!」
2人は当然のようにハグで挨拶をする。身長は竜美の方が大きいので、服装さえ気にしなければお母さんの方が子どもに見える。
「ほら、優虎もぎゅーしましょ!」
「いいよ、恥ずかしいから! それより案外早かったじゃない。もっと夜遅くに帰ってくるって話だったのにさ」
「今日はなんだか優虎に会いたくなって急いで帰ってきたのよ! いやぁ、直感には従うものよねぇ~。竜美ちゃんも来てくれてるし! いつも優虎の面倒を見てくれてありがとうね~。今日は私が日頃の感謝を込めて手料理を振舞っちゃおうかな!?」
血は争えないというか、お母さんも私と同じようなことを言ってる。さらに竜美のことが大好きというのも私と一緒なんだ。
「いえいえ! お仕事帰りでお疲れでしょうし、今日は私と優虎ちゃんが作りますよ! 今から買い出しに行こうって話してたところですから!」
「そう? 私が手伝わなくても大丈夫? 遠慮しなくていいのよ? 私に全部任せちゃいな?」
こんなことを言っているけど、お母さんは家事が苦手だ。根本的に不器用な人で、仕事以外では繊細な動きが出来ないんだ。そして、その性質は私にも受け継がれている。私も家事全般が苦手で、ゲーム以外は不器用で要領も悪い。
だからこそ、私たち親子は自分にないものを持っている竜美に惹かれるんだろうな。
「お母さんは料理苦手なんだから、私たちに任せてればいいんだよ。それに……疲れてるんでしょ? ご飯が出来るまでゆっくり休んでれば?」
「……わかった。お言葉に甘えておとなしくしております!」
お母さんはソファに寝転ぶと、すぐに寝息を立て始めた。仕事が早く終わったんじゃなくて、早く終わらせてきたんだと思う。私の前じゃ弱いところを見せようとしないから、私の方も素直なことが言えない時がある。
「竜美、今日の晩御飯なんだけど……」
「お母様の好きなものを……でしょ?」
「……うん!」
みんなのおかげで楽しく暮らせていると、今日ほど強く感じた日はない。私にできることなんてそう多くはないけど、少しでも恩返しできるように頑張らないといけないな。