Data.53 閑散銃士のゼト
その後、私たちは無事……いや、まあかなり魔物に襲われたけど、誰も欠けることなく『月下村』に到着した。この村は石造りの防壁に囲まれていて、ボロボロの木の柵しかなかった『芝草村』に比べれば、遥かに安全そうな場所だ。
「ふぐぅ……。こういう日に限って魔物に絡まれまくるのがアタシなのよね……。念力回復の道具がかなり減っちゃったし、道具屋で補給しないといけないね」
リュカさんの念力が尽きれば、私たちは空を飛ぶ手段を失う。
召喚中じわじわと念力が削られていくってことは、時間経過による念力の自動回復もないということ。その分は道具で回復出来ないと、しばらく飛んでは休んで、またしばらく飛んでは休んで……を繰り返すことになる。そんな飛び方じゃ日が暮れてしまう!
お金はあるし、私も念力を回復する道具を買っておこうかな? 戦闘スタイル的に自分で使う機会はあんまりないだろうけど、もしもの時にリュカさんに渡すことが出来る。
うん、良い考えだ!
私もリュカさんと一緒に道具屋に入ろう!
その時、道具屋の壁にもたれかかっている謎の男が目についた。くすんだ赤色のマフラーで口元を隠し、腰には……銃! 火縄銃を少しオシャレにしたような和風と洋風が混ざり合った銃を二丁も持っている。
そういえば、『いろはに町』にも銃を持っている人がいたなぁ。まあ、この人ほどカッコいい銃ではなかったけどね。装備を見れば、その人の実力がある程度わかる。このマフラーの男……なかなかの手練れと見た!
「おや、ゼトじゃないか! あんたも山に登るのかい?」
「……ほう、リュカか。偶然だな」
低く小さい声で男がしゃべる。
なるほど、リュカさんのお知り合いだったのか。
でも、偶然って感じの出会い方じゃないよね? 明らかに壁にもたれて誰かを……リュカさんを待ってたよね? 召喚獣の仕組みを知っていれば、彼女がここに立ち寄ることは予想できるし。
「こいつは閑散銃士のゼト。町で話した非協力的な組合メンバーの1人さ」
「……非協力的というのはやめてくれ。俺はただ自由が好きなだけさ」
「私みたいな騒がしい女が嫌いなんだよね!」
「……嫌いではない。嫌いならばそもそも組合には入らないし、この山に巣くう異名持ちの情報を教えたりしない」
おおっ! この人が異名持ちの情報をくれた人なのか! じゃあ、なかなかの手練れという私の見立ては当たっているね!
「じゃあ、私のことが嫌いじゃないゼトくんは私たちの狩りを助けてくれるのかい?」
「……それとこれとは別の話だ。俺は兎狩りには行かない。勝算がないからな」
「4人ならいけるって! それに今回は助っ人を呼んでるからさ!」
リュカさんが自信に満ちた目で私の方を見る。ど、どうも、助っ人です……。何を言えばいいのかわからないので、一礼だけしておく。
「……トラヒメか。1人で『隙間の郎党』を揺るがし、NPC交じりの3人パーティーで異名持ちを狩ったという新進気鋭のプレイヤーだな」
めっちゃ詳しいじゃん!
それだけ私の名前も広まってるってことなんだなぁ。
「……それとうるみ。組合に入らず、野良パーティーに混じって負担の大きいヒーラーを務めるライトユーザーたちの女神。その実、自分の実力に見合う相棒を探しているとも聞く。なれば、確かにトラヒメはお前の実力に見合うプレイヤーだろう」
うるみもそれなりに名の通ったプレイヤーなんだ。まあ、そうじゃないと持ってる技能を知られて敵に狙われることもないか。
「うふふっ、女神なんて言いすぎですよ。私もゼトさんと同じで自由にいろんな人と冒険が楽しみたいだけです。まあでも、トラヒメさんが特別なのは本当ですけどね! それはもう……稲妻に打たれたような衝撃的な出会いでした……!」
その話……初耳だな。私との出会いを特別なものと思ってくれるのは嬉しいけど、そう褒められると褒められ慣れてない体がむずがゆくなる!
「どうだい? 最高の助っ人たちだろ? ここにあの閑散銃士が混ざれば異名持ちだって楽勝だと思わないかい?」
「……俺は混ざらない。ただ、勝算がないという言葉は取り消そう」
「んもう! いつもいつもシャイなんだから! 『悪鬼の森』の鬼だってあんたがいれば楽勝だったんだよ!?」
「……あれは普通にリアルの用事が」
この人は実力者なんだろうけど、会話ではリュカさんに押されっぱなしだ。
でも、人には得意不得意も、合う合わないもあるよね。無理に一緒に戦う必要はないと思うけど、彼の実力を私より知っている分、リュカさんはかなり食い下がっている……。
「じゃあ、何かい? 私のこのはだけた着物からのぞく玉のような素肌が気に入らないのかい? それとも私もビビるような露出度の服を着てるトラヒメちゃんが気に入らないのかい!?」
なんか私に飛び火してる……!?
「……確かにいくらゲームとはいえ、あの服はどうかと思う」
相変わらず『春雷の姫衣』の評判わるっ! そもそも、これの持ち主だったおばさんも着れたもんじゃないから私にくれたんだもんね……。
「でも、私は結構この装備のデザイン気に入ってるんですけどね。かわいいと思いませんか?」
私の心の声はいつの間にか口から漏れ出し、ゼトさんに食ってかかるような形になった!
「かわいいことはまったく否定していない」
それに対して、ゼトさんが急に食い気味でしゃべるからみんなギョッとする。彼もその反応に気づいたようで、その声はまた低く小さくなった。
「……似合っているし、着こなせている。キャラにも合っていると思うし、おそらく性能も戦闘スタイルに合わせたものなのだろう? ならば俺の意見などどうでもいい。自分の道を貫くべきだ」
良い言葉なんだけど、また私が強固な意志で露出してる人にされちゃってる……! 一応性能の良さと軽くて動きやすいことを評価して選んでるだけなんだけどね!
「……俺はそろそろ行く。まあ、頑張るといい」
ゼトさんは壁から離れ、向こうへと歩いていく……と思いきや、くるりと振り返った。
「……そういえば『月読山』に『惨堕亞暴琉斗』の連中がいたぞ」
「え!? 『惨堕亞暴琉斗』が!?」
サンダーボルトってなんだ? リュカさんの反応的に良いものではなさそうだけど。
それとゼトさん、絶対これを伝えたくて待ってたよね? 偶然思い出したみたいに言ったけど、今までのすべての会話がこの情報を言うためのフリだよね? 本当にシャイというか……妙なかわいげのある人だ。
「……偶然出くわした分隊は返り討ちにしておいたが、総長を含めた本隊の居場所は掴めなかった。より一層気をつけて山に入ることだ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
ゼトさんは今度こそ颯爽と去っていった。
とりあえず、今わかってる情報は……ゼトさんが面白いってことと、私たちがさらに厄介事を抱え込んだってことだ!