Data.4 無の国のいろはに町
町の中には人、人、人!
誰かと談笑する人、急いでどこかに駆けてく人、ぼんやり歩いている人、立ち止まって考え事をしている人など多種多様な人がいる!
あぁ、この雑多な感じこそ人間が操作している証……。この世界には『VR居合』が失った生きている人間が存在しているんだ!
「これ、全部斬っていいの!?」
思わず刀の柄に手をかけたところで、刀が鞘から抜けないことに気づいた。そして、目の前に表示される『町中での戦闘行為は禁止です』の文字。
危ない危ない……。これがなかったら衝動的に人を斬っていたかもしれない。そもそも、戦う意思がない人を斬っても楽しくないってね。私ったらそんなことも忘れてしまうくらい人を斬ることに飢えてたんだなぁ~。
「えっと、町の中での戦闘行為が禁止ってことは、町の外に出てれば戦いたがってる人がたくさんいるかも?」
ということで町の外を目指す!
それにしても、とてもゲームとは思えないほどリアルな町並みだなぁ~。すれ違うプレイヤーたちもみんな個性的で、それを眺めながら歩くだけでも結構楽しい。
でも、今の私の渇きを潤せるやっぱり……。
「そろそろ町の出口かな?」
家屋が少なくなった町の果てには、ポツンと1つの看板が立っていた。その看板によると、この町は『無の国』に属している『いろはに町』という場所らしい。
『無の国』ってなんか国の名前としては寂しい感じがするなぁ。それにこの街に関しては無なんてことなまったくなく、非常に活気にあふれていた。
『ここから先は原野となります。魔物が出現するので十分に装備を整えてから向かいましょう』
看板から数歩先に進むと、そんなメッセージウィンドウが表示された。でも、テンションが高かった私は深く考えずに町を出た。
「うわぁ~! すっごいなぁ~!!」
町の外には今の現実世界ではなかなかお目にかかれない大自然が広がっていた。遠くにはおっきな山も見える。きっとあそこだって行こうと思えば行ける場所なんだろうなぁ~。
仮想と現実が融合する広大な世界……VRMMOというジャンルもなかなかやるものだ。でも、私の体は観光じゃなくて戦いを求めている。
町中に人が多かっただけあって、町の外にも結構な数の人がいる。みんな2人から4人で固まっているから、1人でいる私が浮いている。しかし、そんなことはどうでもいいんだ。町の外なら刀を振っても問題ないはず……!
「試しに抜刀……!」
刀は鞘からするりと抜けた。日の光を受けて輝く刃はどこか艶めかしい。じっくりと刀を眺めていると、突然目の前に何かが表示された。
◆見習いの刀
種類:刀 評価:一つ星 血闘値:0.00
武具技能:なし
〈見習いの刀鍛冶が作った刀。悪くない出来だが過度の期待は禁物〉
これはどうやらこの刀の説明のようだ。見習いの刀ってなんだか弱そうだなぁ。評価の一つ星も良いのか悪いのか……。レストランだと星があるだけですごいって感じだけどね。
あと血闘値とかいう健康のために上げてはいけなそうな数値は何を意味してるんだろう? こういう謎の数値がある割に『攻撃力』みたいなわかりやすい情報が表示されていないのも気になるなぁ。
「まっ、ゲームっていうのはやりながら覚えるもんだし、そのうちわかるでしょう!」
刀を鞘にしまい、斬るべき獲物を探してさまよい歩く。しかし、見つかるのは特に戦う意思もなさそうなプレイヤーばかり。彼らを襲っても私がただの悪者だし面白くない。
『VR居合』を遊んでいたプレイヤーはみんな戦う覚悟が出来ていた。だからこそ気持ちよく斬れたし、勝利は格別なものだったんだ。
「あー、誰か凶器を振り回しながら私に襲いかかってきてくれないかなー」
もっと人気のない、危なそうなところに行ってみようか。このゲームにも気持ちよく斬れる暴漢の1人くらいいるはずだ。
多くのプレイヤーが歩く道を外れ、深い森の中へと足を踏み入れる。森特有のひんやりとした空気が火照った頬を撫でる。
抑えきれない興奮を感知してほっぺたが熱くなるなんてすごい技術だなぁ~。なんてことを考えながら歩いていると、不意に木の陰から何かが現れた。
牡鹿だ。頭には人の体くらい簡単に貫けそうな角が生えている。しかも、鹿は明らかに私を敵と認識している……。だが、あいにく私に動物を斬る趣味はない。
《ピィィィィィィーーーーーーッ!!》
鹿はそんなことはお構いなしと言わんばかりに突進してきた!
「案外動きが速いじゃないの……!」
でも、決して反応できないスピードじゃない。鹿が途中で方向転換できないようにギリギリまで引きつけてから……かわす!
「あれ!?」
私の体は思うように動かなかった。そのせいで凶悪な角が横腹をかすめ、ほんのりとした刺激が接触部分から伝わってくる。そのまま私はよろけて転んでしまった。
そして、目の前には謎のゲージが表示される。
体力:■■■■□
体力って書いてあるし、これは体力ゲージか。角がかすっただけで全体の5分の1を持っていかれたとなれば、直撃だと即死もあり得る……!
動物を斬る趣味はないとはいえ、流石にこの状況で刀を抜かないわけにはいかない。あちらの方が足が速いし、斬らずして逃げるという選択肢もない!
「致し方なく斬り捨てる!」
再び突進してきた鹿を今度は余裕を持って回避し、すれ違いざまに刀を振る。その刃は確実に鹿の首を捉え、スパッと小気味よく斬り裂いたかに思えた。
しかし、鹿はまだ生きている……!
首を斬ったら勝ちじゃないの!?
「いや、これはRPGだったか……!」
あまりにもリアルな世界だからすっかり忘れていた。『電脳戦国絵巻』は『VR居合』のような対戦アクションゲームではない。ロールプレイングゲームなんだ。魔物が一撃で倒せないのも当然なんだと思う。あんまり詳しくないけど……。
でも、さっきから感じている体の鈍さは何なんだろう……。腕も全然振れていない。あんなノロい斬撃……鹿には通用しても『VR居合』では通用しない!
「わかんないことだらけだなぁ。でも、今やるべきことだけはハッキリしている」
目の前の鹿のバケモノを斬り捨てる。まずはそれで十分だ!