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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あらしどり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「武士の風上にもおけない」


 よく下劣で卑怯なやつを罵って、この手の言い回しをすることがある。

 だが風上って、良いポジションとして話にあがることが多いよな? どうして下劣な野郎を良い場所においてやることを考えてやるんだろう?


 ――もともと、風上に置いたりしたら、そいつから流れてくる臭気に耐えられない、というところから来ている? 「も」は「気にもとめない」とかで使う、強調の「も」?


 ほーん、じゃあ「風上におけない」って言い方も間違いじゃないんだな。いやはや日本語って難しいもんだ。


 風は空気が移動することによって起こる、と今は誰もがその仕組みを知っているだろう。

 温度によって温まったり、冷えたりして空気は動く。そのもとあった場所へ、別の空気が流れ込んでくる。そして風が起こる。すげえざっくばらんだが、理屈はこんなもんだな。

 だが、中にはこういったことにあてはまらない風のケースが、いくつも伝えられている。

 そのうちにひとつなんだが、聞いてみないか?

 


「『あらしどり』が鳴く日には、しっかり家へこもるといい。外へ出ていてこもれぬときは、風を背にして大樹にもたれ、じっとその場で待つがいい」


 俺の地元に伝わる、わらべうたの一節だ。本来はもっと長いものらしいが、年月を経るうちに大半は失伝してしまったらしい。

 あらしどりというのは、生き物ではあるがその姿は見せず。ただ響く鳴き声と、その直後に吹きすさぶ風をもって、その存在を知らしめるのだとか。

 あらしどりの声は、はじめは高い口笛の音に聞こえるのだそうだ。誰かが鳴らしているのかと聞き入っているうちに、音は不意にがぼがぼと、顔を水に突っ込んだかのごとく、濁った音へと変ずる。

 それがしばらく続いた後、今度はこっこっこっと、くちばしで何度も木の幹をつつく音が混じり出し、最後には海の潮騒を思わせる響きが、風に乗ってゆっくりと、雄大に中空にたゆとうのだという。


 途中までは他の動物の鳴き声に思われても、最後の音で一気に「あらしどり」の仕業だと気づくことができる。

 あらしどりが現れるのは、海より遠く離れた山の中。そこで波の音が聞こえるわけがないからだ。人々はそれを耳にすると、昼夜を問わずにすぐさま仕事を中断し、家の中へこもって、次にお天道様が姿を見せるまで外へ出なかったと伝わる。


 ならば、家屋がそばにない場所にいる者はどうなるのか。

 あらしどりを知る旅人は、急ぎ故郷へ引き返す途中、山中であらしどりの潮騒を耳にしたんだ。

 彼はぱっと立ち止まると、自分の指を一本しゃぶって、空へかざしてみる。風向きをはかるためだ。

 やがて北西からのかすかな風と分かると、あたりを見回して自分がよりかかることができそうな、太い幹へと背中を預けて座り込む。

 腰を下ろすや、たちどころに眠気が尻から顔へと昇ってくるが、寝入ってしまうのは危ない。もちろん山中の獣のこともあるが、それ以上にあらしどりの起こす風の方が恐ろしかった。その危害から遠のくためにも、うっかり身体がよろけて、幹から外れてしまうような真似は避けたかったんだ。


 やがて強まる風が、大樹のこずえをじわじわ騒がし始めたころ。

 かさかさと、旅人の足元近くの草が揺れたかと思うと、一匹のバッタが姿を見せたんだ。

 この時期、たいていは草に紛れて声を出し、つがいを探すものが多いはず。場所が悪いと思ったか、飛んでは跳ねて、飛んでは跳ねてを繰り返し、まっすぐ旅人の元へ近づいてくる。


「俺に寄るぶんには構わんが、幹のおさえるところから外れるなよ。まだあらしどりがいるからな」


 旅人の呼びかけも、それこそバッタにとってはどこ吹く風か。

 旅人の脇の真下まで来ると、バッタはついと頭をよそへ向けて、幹を外れるように飛び出していったんだ。


 そうして一歩、地面についたとたん。バッタの頭がにわかに膨れ上がったんだ。

 ただ小さいものが大きくなったわけじゃない。一気に指二本ぶんほどに増したその顔は、田畑に姿を見せがちな、カエルのものだったのさ。

 バッタは気づいているのかいないのか、その顔のままでもう一度跳ねた。

 今度はついた足が膨らむ。バッタ本来の、上へ「く」の字に曲がった後ろ足が、すっくと真っすぐ伸び、イヌを思わせる太さへ変わってしまう。

 カエルとなったその声は、もはや仲間を呼ぶことかなわず。すっかり伸びたイヌの足は、先ほどまでなじんでいたような跳躍をさせてくれない。はた目にも動かし方が分からないようで、ずるずると足を引きずり、オロオロとあたりを見回すばかり。

 その間も、旅人は「早くどこかへ隠れろ」と元バッタへ声をかけ続けていた。

 じかに助けへはいけない。あの元バッタの二の舞になりかねないから。そして人の声を、人でないものに、すぐさま理解しろなどできるはずがなく。


 もたついているバッタに、やがて新たな変化が起こる。

 カエルの頭、犬の足。そこをつなぐ不自然なほどに小さな、バッタのままの胴体にだ。

 上にも下にも盛り上がる胴体は、やがて上に連なった毛を生やし、下にはたっぽり肉をつけ、羽は見る間に姿を消して、代わりに栗毛の肌が増す。

 ごくごく小さな馬の胴が、カエルの頭とイヌの足をつないでしまった。図体そのものも、もはや旅人の腕へ劣らぬ大きさへと変わったバッタは、のどを潰したようなカエルの声を漏らしながら、いまだ止まない風に吹かれて、とぼとぼと山の中へ姿を消していったという。


 浴びた動物の姿を、著しく混乱せしめるこの風は、あらしどりの息吹だという話だよ。


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