5
居場所は自分で作るものと言うけれど、
それは、正常だからこそできること。
異常な人にとっては、不可能に近い
お父さんは、普通通り仕事にいかないといけないと言うわけで、仕方なく学校にいくことにした。
お家にいても"あの人"がいるので身の危険を感じるから出るしかない。
祖母の家にはいきたくなかった。
学校に行って、教室の雰囲気が何かおかしいことを感じた。
仲良くしていた人も何か違和感を感じた。
普通に話しては、くれているけど何か違和感を感じた。
移動教室もいつもは一緒だったのにおいていかれることが多かったが気のせいだと自分に言い聞かせた。
それが、明らかになったのは、お昼休みのことだった。
「あのさ、休んでたとき彼氏と一緒に遊びに行ってたのって本当?」
ドクン ドクン
「うん、」
(電話で内緒にしてほしいって言ったのに)
じっとその子を見ると視線を反らした。
「いくらなんでも、行事前にそれはないんじゃないかな?それに、練習途中に抜けたから行事のリーダー一部から責められてたのに遊びに行くのはちょっとね」
頭が真っ白になった。
言い訳をしようとするけど声はでない。
(間違えたんだ……)
ボキッ
心が折れる音がした。
一生懸命平気を装っていた、保っていた部分が壊れた。
涙が流れそうになり、一生懸命我慢した。
その場にいるのが耐えきれなくって逃げた。
その後のことは、よく覚えてない。
でも、その日以降私は保健室登校になった。
学校も私にとっては地獄に変わってしまった。
今思えば、もうあの時から私の心はもう取り替えのつかないほど壊れていたのかなと思う。
勇気を出して、授業に出たこともあったけど、グループ活動で、仲良くしてくれた子達のところの席は私の分はなくって空いてる席に座った。
泣きそうになったけど我慢してひたすら耐えた。
いつからか、仲良しだったこの悪口を言うようになった。
彼は、初めは聞いてくれていたけど、少しずつ態度が変わって言わないようにと注意するようになった。
振り返ってみると、それは、当たり前だろう。
悪口を聞きたい人なんていないはずだ。
それでも、私は、やめることができなかった。
もう既に心が壊れていて正常にはなかったのだから当たり前だろう。
いつしか相談室に入り浸りになった。
回りの声が全て、私への悪口に聞こえ、食欲もなくなり日中眠くなることが増え、体は骨張っていった。
そんな私を見て、声をかけて助けてくれる大人が一人でもいたら今の私は少しは行きやすくなっていたのかなと思う。