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第8話 猟奇姫への警戒

「あの者らに教育を始めてから一週間だが、どれ程の期間で使い物になりそうか見立てを聞こう。」


 王の謁見室で国王一家と居並ぶ要人達の前でイーバル国王からの質問を受けたのは竜也たちの教育を担当する講師達だ。


「はい、申し上げます。本日を以って知識の面では必要な事は教え終わったと判断いたします。後は技能面なのですが、さすが対魔王召喚の勇者および聖女と私共一同感嘆する成長の早さであります。ただ、実戦に送り込むには今暫くの猶予をいただきたく存じます。」


「具体的にはどれ程かかりそうか?」


「十日は必要かと見積もっております。」


「お父様、文献に残されている記録を見る限り、過去の魔王は全て出現してから本格的に活動を始めるまで2~3カ月というところです。今はまだ慌てる必要は無いと思いますわ。ここは彼らが確実に力を付けるのを待ちましょう。」


 エリス王女が父王に意見すると、イーバル国王は少しの間を置いてから「そうだな」と答えた。

 ちなみにこの世界は一年十六カ月で一カ月は二十四日(一月のみ二十五日)である。


「それで彼らの今後の教育方針は?」


 エリス王女は続けて講師陣に質問した。


「はい。明日から城外に出て実地での教育に移行していきます。とりあえずは城下町を実際に見て市井の雰囲気や生活習慣を肌で知ってもらいます。」


「町へ下りるんですか? “猟奇姫”対策は? それに市井には“危険思想者”もいます。余計な知識を吹き込まれる事への予防策は?」


「“無着衣文化”の事は教えておりますから、万が一“猟奇姫”と遭遇するような事があったとしても、表立って失礼な態度を取る事は無いと信じます。一人を除けば、まだ若者たちですので心配ではありますが、だからといって本番までずっと城内に閉じ込めておく訳にもまいりません。

 そして無論、従者として見張り役を付けます。」


「ふん! “猟奇姫”か…まったく忌々しい! 魔族の分際で見た目だけは一見しただけでは我々と変わらぬから始末が悪い。

 おまけに下賤文化の無着衣文化者である事を馬鹿にされたからと、折角我々が召喚した十年召喚勇者を五人惨殺、六人を廃人にする蛮行。あのチビの変態魔女めが!」


「お父様! 公の場です! その様な汚い言葉使いはお慎みください!」


 エリス姫が憤怒の形相で父王を睨み付け怒鳴った。


「う、うむ…そうだな。つい興奮してしまってな。」


 先日の廊下での発言といい、まったくこの父親は警戒心が無さ過ぎて困るわ! “五大災厄”には“世界を覗く瞳”もいる事くらい知っているでしょうに。そもそも“猟奇姫”自身も“空間操作”と“時間操作”を使って何処へでも入り込める隠密のエキスパート、加えてその好奇心旺盛ぶりも有名。そんな発言をした事をどこで知られるか、聞かれるか分かったものでは無いというのに!


 エリス姫は困り顔で溜息を吐く。


「お父様、対魔王戦に専念してもらう為に余計な事は教えない事にしていましたが、“五大災厄”の事は追加知識として対魔王勇者様たちに教えてあげてもいいのではないでしょうか?

 魔族を攻撃するのは一向に構いませんが、同じ魔族というだけで“五大災厄”を魔王側と誤解して手を出してしまったらそれこそ一大事、一国を相手に戦争をするよりも厄介です。過去の記録を見ても、少なくとも対魔王召喚者と魔王の戦いに“五大災厄”が直接介入した例は見当たらない事ですし。」


「ふむ…ではコバヤシ、折を見て彼らに“五大災厄”の事も教えてやれ。」


「御意。しかし、どこまで教えて宜しいのでしょうか?」


 これは国王よりも王女に指示を仰いだ方が良さそうだ、とコバヤシはエリス王女を見た。


「全てです。

 1、『この世の者ならざるとしか思えない常軌を逸した強者』

 2、『遭遇してもこちらから手を出さない限り攻撃してこない』

 3、『しかし味方になることもないので共闘は不可』

 4、『何故そのような立場をとるのか、理由は不明なれども、魔族ではあるが敵対者ではない。よって交戦状態に入るのは不利益でしかない』。」


「よろしいのですか? そんな存在がこの世界線にある、と知る事で下手をすれば士気が萎える危険も御座いますが…。」


 召喚前のブリーフィングでは確かに自分も最初はそう思ったが、実際に召喚者たちを見てみると逆ではないか? とエリス王女は思った。エリス姫は竜也たちのやる気の原動力は『魔王を倒せば元の世界に帰還できる』事だと睨んだ。

 帰れると確約はしていない。保証など与えていない。実際には過去にそんな事例があった記録など皆無なのだから。『神からの褒章』という文言…エリス王女は、あくまで希望的観測を述べたに過ぎない。本当に帰れるかどうかは神に丸投げである。

 だがしかし、それが彼らの心の拠り所になっているのではなかろうか? そこへ更に“五大災厄”の様な存在があると知れば追加の薪になる。彼らの「元の世界に帰りたい」という気持ちは加速するだろう、と読んだのだ。

 ただし、だ。それはエリス王女にとってはあくまでも建前の理屈である。その本心では魔王討伐など、どういう結果に終わっても構わないと思っていた。彼女にとって今回の召喚で成したい目標は別の所に有るのだから。


「いいのです。やりなさい。」


「畏まりました。」


 百年に一度の騒ぎですもの、“五大災厄”は介入こそしなくとも関心を持って見物している可能性が高いわ。もし彼らの不興を買ってこの国が危機に陥ったら…。

 うふふ、なーんてね。

 こんな国も国民もどうでもいいわ。しかし私の目的を叶える為には何としても“五大災厄”と良好な関係を築かなくてはなりません。この魔王出現は彼らと接点を持てるかも知れない好機! 逃す手はありません。

 …それにしても、この父親は危険ね。私の目的達成の障害になるわ。場合によっては早目に御退場も視野に入れなくては。


 エリス王女には幼い頃に書庫で読んだ本で“五大災厄”の存在を知って以来、抑え難い一つの願望があった。それが成就できるのならば国や国民、家族ですら、いくら売っても気にならないと言い切れる程だ。

 その願いを叶えられる力を持つのは“五大災厄”の内の三名、“猟奇姫”“世界を覗く瞳”“消し去る者”だけだ。エリス王女はこの三人と出会ったら躊躇なく靴を舐める。

 最初に訪れたチャンスには失敗した。先程イーバル国王が口にした一件である。この世界の価値観と慣習を理解しきれていなかった召喚者を自由にさせてしまった。

 それから今回の対魔王勇者召喚までにエリス王女は父王や大臣たちの信頼を得て、現場への発言力を強める事に成功した。そして前回の二の轍を踏まない様、召喚した勇者たちには、この世界の文化的価値観と慣習について徹底的に叩き込む事を現場の講師陣に指示したのだった。

 当初、竜也たちに“五大災厄”の存在を教えないと決めたのも、過去の召喚者にありがちな勇み足でこちらから攻め込んだりしない様に、という憂慮からでしかない。士気? そんな物は関係無かった。

 兎に角、何としても“五大災厄”と揉めるのだけは回避したい一心である。


 ちっ!


 コバヤシに指示を出す妹エリスにシェーン王子は心の中で舌打ちする。


 第一王子であるこの俺を差し置いて勝手に話を進めやがって! この木っ端役人もだ。さっきおまえ、目でエリスに指示を仰いだだろう? ふざけやがって。俺が国王になったら、てめえは真っ先にクビだ!


 ではシェーン王子にも竜也たちの勇者教育について何か自分なりの意見があったのか、といえば答えは否である。何も無い。ただ自分の頭越しに話が進むのが面白くなかった。


 ───暗殺。


 この二文字がシェーンの頭を過った。

 国を守るには自分が早急に戴冠する事だ、という結論をシェーンは導き出した。

 こうしてイーバル国王は自意識過剰な長男と私欲優先の長女から命を狙われる身となったのだった。


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