第7話 上原弥生
竜也は王城内の浴場で湯に浸かっていた。
この中世ヨーロッパ程度の文明レベルを考えると身体を洗うのは濡れタオルで拭くだけ、良くても水浴び程度を予想していたが、元いた世界でも古代ローマでは入浴文化があった。
そもそも大前提としてここは異世界だ。文明水準を基にして文化・習慣を元の世界と照らし合わせて測るのが間違いだった。
さて、メンバーの持つギフトがどれだけ使えるシロモノなのかの見当はついた。
健とオッサンに妙に懐かれたのは誤算だ。どこかで一線引いておかないと、逃亡を決定した時に足枷になりかねない。誰か一人を連れて一緒に逃げるなら断然、上原嬢だな。彼女といい仲になれるシチュエーションを何とか作りたいものだ。
いっそ三人共食ってハーレムとか? フィクションだとこういう考えを起こす奴ってのは大体真っ先に死ぬフラグなんだが、現実ではそういう奴がのさばって真面目な奴が貧乏くじを引くんだよな、残念ながら。
…。
そういえば…。
あの五人は転移前からつるんでいたが、上原嬢以外は名前で呼び合っているのに上原嬢だけ苗字呼びだな。上原嬢本人も他の四人を苗字呼びだし。
もしかして彼女だけそれ程親しくなかったのに、あの時だけたまたま一緒にいただけなのかな? もしそうなら災難だったな。
果たして竜也の予想通り、上原弥生は他の四人とは同じクラスではあったが、普段からつるむ程に親しい間柄では無かった。本当に偶々、あの日初めて一緒に学校を抜け出して遊びに行こうと誘われ、憂さ晴らしに誘いに乗っかっただけであった。
ただ竜也の予想とは違い、彼女は異世界転移を災難だとは思っていない。むしろ元の世界と縁が切れて清々したと思っている。
上原弥生は元ヤンの所謂モンスターペアレントの両親の元に生まれた。幼い頃はそんな親も、それに甘える自分も当たり前だと思っていたが、小学校も高学年になるとさすがに「ウチの親はオカシイ」と感じ始め、反面教師と見なすようになる。
中学生になり、両親の愚行を咎めると二人は暴力親へと変貌した。
学校生活ではその整った容姿が仇になった。男子からの人気を知った女子から一斉に不興を買い、妬まれ、孤立した。事実無根の風説を流布されて傷付きもした。
高校に進学して周囲の人間が刷新されると人間関係もリセットされたが、それも一時のもの、1年生一学期の終わりには同じ状況になった。弥生は勉学に没頭する事で現実逃避した。
まったくクソみたいな奴ばっかりのクソみたいな世の中だ。
校内で問題児扱いされている四人組から声を掛けられたのは、弥生がそう思っていた2年生二学期の事であった。
この際だから違う世界も見てみようかな? この四人組にはきっと自分とは違う景色が見えているわよね。少々気分を変えるくらいにはなるかしら?
その誘いは弥生にとって甘い蜜の様な物であった。
そして本当に違う世界に来てしまった。
「どうにも…違和感があると言うか、居心地が悪いわね…。」
弥生は自室の机に向かい、一緒に転移してきた鞄に入れていたノートにコバヤシから聞いた講義、自分を担当するギフト練習講師ギジャ・ソーンから聞いた話、そして食堂で他のメンバーから聞いた報告を記入し終えて呟いた。
弥生が疑問に感じたのはソーンから聞いた話だ。
彼は転移者だが、この世界に召喚されたのは27年前だという。おかしいのだ、彼女たちが召喚された時、召喚した異世界人たちは召喚に必要な水晶玉を使えるのは十年毎だと言った。単純に計算が合わないではないか。
その事をソーンに問い質すと「魔王が出現した年だけ十年周期を無視して、十年毎に召喚する勇者・聖女より優秀な能力を付与された者を召喚できるんだ」という。
「都合が良過ぎるんじゃないかしら?」
コバヤシ先生は空間天穴の出現する時間と場所は予測不可能なランダムと言っていたわ。なのに魔王はきっかり百年周期で出現?
確かに自然というのは偶発的な事ばかりではないわ。逆に神の様な何者かが設計したかルールを決めたかのようなルーティーンの方が多い。その法則や規則性を見つけ出す事でわたしたちが元いた世界は科学を発展させたんですもの。
これらの現象もそういう類の“自然界の法則”だから仕方が無い、そういうものだ、と片付けるのは簡単だけど…。
「この世界は魔法がある分、神とか霊とかいう存在を身近に感じ取れる世界…だと思う、思いたい。それなら、もしかしたら単に規則性を見つけるだけでは無く、何故そんなルールが作り出されたのか、その理由、神の真意に辿り着けるかも知れない! これは面白そうだわ!」
どうしようもない興奮を覚え、あれこれ詮索と推測を口にする弥生の様子を窓際で一匹の蜘蛛が見ていた。