第6話 ギフト訓練
竜也がギフトの練習場になっている中庭園に着いた頃には既に他の面々はそれぞれのギフトの練習に勤しんでいた。
講師を務めているのはいずれもギフト持ちの先輩転移者たちだ。
竜也はその中の舞美を担当している講師を捕まえて尋ねた。
「俺を担当してくれる講師はどこですかね?」
「あなたはタツヤさんですね? あそこにいらっしゃいますマージ・デ・スーカさんですよ。」
名前…いや、いい。舞美担当講師が指差した先にはベンチに座ってコックリコックリと船を漕いでいる老人がいた。
「御老体、遅くなってすまない。俺が相馬竜也、あなたの担当だ。」
スーカは気怠そうに頭を上げて竜也を見上げる。
「ああ、うん。よろしくな。」
この爺さん、大丈夫かな? と、不安な竜也を他所にスーカは杖で地面に円を二つ描き始めた。そしてベンチ横に置いてあった籠を手にすると、片方の円の中にリンゴに似た果実をダーツの的状に並べていく。これから何をやらせようと考えているのか、誰だって大方の予想はつく。
「ほい、その真ん中にあるクールパの実を隣の円に転送してみい。やり方は簡単、頭ん中で『こっちがパっと消えてそっちにパッと出る』現象をイメージするんじゃ。」
召喚されて判定を受けた時にも言われたが、そんなに簡単に出来るものなのか?
「空間操作はお主が考えている程に簡単な能力ではないぞ? 時間が勿体無いから早うせい。」
「わかったよ、御老体。」
竜也は頭の中で円の中の中心に置かれた果物が瞬間移動するのをイメージする。
それがパッと消えてそっちにパッと出る…パッと出る…。
…。
……。
うおっ! 消えた!
そんでそっち出た!
成功である。…ただし真ん中では無く右に大きくずれた端っこ、それも六個だ。そして現れたのは転送先に指定された円より5メートル以上は外れている。
「わっはっはっ! とんだノーコンじゃ!」
「初回チャレンジなんですけど? ジj・・・御老体。転送しただけでも上出来じゃないか。」
竜也がムッとするとスーカは申し訳無さそうに頭を掻いた。
「そうじゃったな、すまんすまん、笑って悪かった。何、現時点でどれだけ誤差が出るのか知りたかったんじゃ。
実を言うとな、クールパの実一個だけを正確に狙い撃ちするなどという高精度な転送が出来る術士など…うん、世界に一人だけしかおらんのよ。ああ、あの者ならクールパどころではないな。アリンコ一匹でも狙い撃ち出来るじゃろうな…。」
「『その一人が儂じゃ!』なんてオチか?」
「とんでもない! 儂なんぞ空間操作ギフト自体を持っておらぬわ。」
「はあっ!? それで何で俺の担当講師なんだよ!?」
気が付いたら竜也はスーカの胸倉を掴んでいた。
「お、落ち着かんかい! 空間操作なんて超レアギフトを持っとる奴なんぞ、そうそう居るわけ無いじゃろうが。」
「じゃあ何でその世界に一人のスゲー奴を講師に付けない? いや、それ以前に俺たちみたいな初心者じゃなくて、そいつに魔王討伐をやらせりゃいいじゃないか。」
「それが出来んのじゃよ。その者はこの国の者では無い。それどころか、この国では亜人種と呼ばれ魔族に属する者じゃ。ん? …はて、これは教えてもいいと言われておったかな…。」
魔族に? それは…ちょっとヤバくないか? いよいよ“逃亡もアリ”が現実味を増してきた。それに今の口ぶり、何か俺たちに教えてはいけないと口止めされている事があるようだ。
「で? あんたはどういう理由で俺の担当になったんだ? 何かこのギフトに関する知識があるんだろ? 『誤差を知りたい』と、こんなチェックをするなんて昨日今日で思いつかないよな。」
「昔なぁ、儂と一緒にこの世界に召喚された親友が空間操作のギフト持ちだったんじゃよ。修練に散々付き合わされたから練習方法だけは知っとる。何故そいつがお主の担当にならず、儂が選ばれたのか…理由は察しがつくじゃろ? 老いて尚、日々魔獣相手に戦い続けてな…。」
スーカは寂しげな表情を浮かべた。
「御老体…。」
「やりたい放題やって去年、大往生で逝きおったわ。ちなみに魔獣とやりあっておったのは要請でも依頼でも素材目的でも無くて本人の趣味な。ただの戦闘狂。」
このジジイにはもう同情しない。
「奴は鍛錬の鬼でもあったが、対象物転送の精度が最も高くなったのはこっちの世界に召喚されてから十年以上経った三十歳台前半からじゃ。それでも平均誤差は1/5セルぺはあったからな。つまりそれだけ修練を重ねても、どうしてもそれだけの誤差は出る。そして、どんなに頑張ってもそれ以上精度の向上は見られなかった。」
1セルべは元の世界で2メートルに換算される。1/5セルべって事は40センチか、微妙だな。しかも十年以上修練を積んでそれか。せめて誤差1/2セルべ以内で安定出来るようになるまで実戦投入は勘弁してもらいたいな。
ちなみにこの世界は例外もあるが基本的に十進法である。倍量・分量単位の接頭辞は無い。
それにしても魔族側にそんなトンデモチート級のバケモノがいるってのはあまりよろしくないニュースだ。ただの魔族にそんなのがいるなら魔王はどれほどのものなのか…ん? 待てよ? (一方的にだが)俺たちに課せられたのはあくまで“魔王討伐”、魔王以外は与り知らぬで通るよな。よし、そのバケモノとの直接交戦は回避、不意遭遇した場合は全力で逃げる。責められたって「魔王戦に万全な状態で臨む為」と言えば筋が通るだろう。召喚勇者としてこの国に留まる限り、衣食住は保障される。ぎりぎりまで粘って脱出逃亡は魔王の実力を見極めてからでも遅くはない…か。
竜也が今後の展望について思案していると、その様子を見ていたスーカは何かを察したのだろう、いや、空間操作の練習に集中して欲しかったのか、竜也に話し掛けた。
「のう、お主の心配は解るが、多分さっき話した“世界に一人”は敵対してこんよ。」
「何でだ? 魔族なんだろ?」
「…う~む、その魔族云々についてもお主は間違った解釈をしとるな。…まあ、事情があって儂からは言えん。」
そして「ふぅっ」と溜息をついて小声で続けた。
「遅かれ早かれ知る事になるのは、今までの召喚者全員同じなのじゃから分かり切っとるのに困った連中じゃわい…やれやれ。」
ギフトの練習を終えた竜也たちはまず王城内に与えられた個室に戻る。八畳間程の広さの部屋に備え付けのベッドと机と椅子が一つずつ有るだけだ。身一つでこの世界へ召喚されたのだから、今はまだ私物は知れている。
食事は竜也たちの為に用意された専用の食堂兼娯楽室で全員揃って摂る。
「俺のギフトの空間操作系ってのは<対象物転送>と<瞬間移動>、それに<亜空間収納>って事が出来るそうだ。<対象物転送>と<瞬間移動>はあまり精度には期待しないでくれ。<亜空間収納>についてはまだ実践していないが、話を聞く限りでは1-1/2セルべ、つまり3メートル立方体くらいの収容量らしい。
<気配察知>の有効範囲は5セルべってところだ。これは訓練しても伸びないそうだ。ただし確実に察知できる。」
食事を終えた竜也が唐突に自分のギフトについて語り出した。
「どうしたんスか? 相馬の兄貴、唐突に。」
健が馴れ馴れしく言った。健はギフト判定の際に真っ先に判定に臨み、更に異世界人たちの圧に負けずに掛け合いを演じた竜也を格好いいと感じ、竜也を『兄貴』と呼んで懐いていた。
「魔王討伐はどうせこのメンバーで行く事になるんだろう。誰が何をどこまで出来るのか、情報の共有は大事だ。」
「確かにそうですね。相馬君の言う通りです。」
オッサンこと角田正則(36歳)、離婚歴あり独身が竜也に同意した。オッサンも竜也にリーダー性を感じ取り、ひっつき虫になっていた。元々指示待ち傾向が強く、長い物に巻かれる主義という事もある。竜也にしてみれば、あまり好きではないタイプなのだが。
「じゃあ、俺、とにかく早く動ける!」
健はあまり頭のいい方ではなかった。
「わたしの測距は文字通り目標までの距離は分かるものです。目標にする物が認識できれば距離は無制限です。そちら(弥生)の超視力の亜種能力みたいですね。
<毒耐性>もそのまんまでどんな種類の毒も無効な身体ですが、毒があるかどうかの判定は出来ないので毒見役やカナリア役は出来ないですね。」
「わたしの治癒系魔法は<止血>、<病巣特定>、<体力回復>それから傷口の癒着や接骨の早さを自然治癒の半分くらいに出来る<治癒促進>です。麻酔・鎮痛の類は別系統になるそうですが、魔法で習得できるから先生にお願いして身に付けようと思っています。そんなに難しい魔法じゃないらしいですから。
…あ! それとですね、怪我や病気の治療はこの世界でもお医者さんの仕事で、ゲームや漫画みたいに魔法であっという間に治る事は無いみたいですから、皆さんくれぐれも注意してください。あと、普通に死ぬって。死んだらそれまでだって先生が言ってました。
<気配察知>は相馬さんと同じです。」
これは有益な情報だ。これが分かればこいつら、特に男子二人、無謀な挑戦はしなくなるだろう。ありがとう、迫田ちゃん。
「わたしの念動系魔法は召喚の時に重力操作という別称でも呼ばれていましたけど、わたしに言わせれば遠隔操作という方が正しいですね。とりあえず直接触れなくても遠くの物を動かせる魔法ですが、この能力が本領を発揮するのはこれを発展応用させた飛行魔法とゴーレム魔法の様です。」
「マジ!? すげえ! 上原さん、空飛んだりとか、ゴーレム作ったりとか出来るの?」
健が食いついた。
「練度を上げれば、ですどね。飛行魔法は自分自身に念動をかける魔法だそうです。
ちなみにスケルトンとかゾンビはこの世界では元の世界で言う所の死霊魔法などではなく、実は素材に骨や死体を使うだけで原理はゴーレム魔法だそうです。
超視力というのは<望遠>ですね。わたしの経験から言って、おそらく可変倍率で最大30×50くらいの双眼鏡で物を見る感覚でした。遠くなる程、視野は狭まります。練度を上げても変わらないそうです。」
上原嬢って頭良さそうだな。逃亡の選択肢は極秘だが、それ以外の事で何かあれば相談相手は彼女だな。
容姿も女子高生三人組の中じゃ一番可愛いし。
「あたしのは~何か、明かりが点く。」
はいはい。でも重宝しそうな能力だ。
「そんでぇ~練習したら光線を発射できるって!」
マジか!
「光線って何だよ? レーザービームみたいな?」
健が激しく食いつく。
「さあ? 先生がそう言ってたよ?
それとぉ~、ネンワ。考えただけで話が出来るって。スマホよりスゲエじゃん! って思ってたら、相手も同じ力持ってないと無理だって。じゃああんま使えないじゃん、ダメじゃん、それ。」
佐々木ちゃんはアホの子っぽいが、戦力としては有用そうだ。アホの子っぽいけど。照明がどの程度の明るさなのか、光線の効果・射程距離はどれ程なのか聞きたいが、多分分からんだろうな、これ。アホの子っぽいから。
「俺はぁ…説明要らないよね。」
礼二が苦笑いしながら自嘲気味に言った。
「何かあるだろう? 射程とか特性とか。こっちの世界の人が勉強して修練して身に付ける力がタダで手に入って、しかもそんな力が最初からハイスペックが約束されているんだぞ。そんなに不貞るなよ。」
「あ~…うん。まあ、そうだね。」
竜也が諭すと礼二が報告を始めた。
「まず、この手の攻撃魔法ってのはどれもこれも素での最大射程は5セルべがいいとこ…元の世界の単位でいくつ?」
「10メートルだな。」
「杖とか指輪とかで強化して15~20セルべ、それの高性能な物を使って25セルべくらいだってさ。」
「最大で50メートルか…有視界下での近接戦闘直掩なら十分な射程だ。どうせ相手も射程が同じなら弾切れの心配が無いおまえが圧倒的だな。」
「ん!」
竜也の言葉を聞いた途端、礼二の瞳に光が戻った。要はせっかく夢の様な異世界転移をしたのだから無双とまではいかなくとも異世界人相手にマウントを取れる能力が欲しかったのだ。
「火魔法は見た目は派手で面破壊力はあるけど、弾速が遅いから普通の反射神経がある奴なら躱されるって。だから相手がこっちに気付いていない隙を突いての不意打ちか、最後のとどめ的な使い方が望ましいそうだよ。
撃ち合いなら弾速が速い氷魔法の<氷弾>って魔法が向いてるみたい。
<筋力強化>は微妙かな…確かに馬鹿力にはなるけど揺り戻しが激しいから、ほとんど緊急用だね。」
「迫田さんの<体力回復>でループ出来ないのもんかね?」
「御免なさい、言い忘れてましたけどわたしの<体力回復>も揺り戻しがあるそうですから…。」
「揺り戻しの側で堂々巡りになっちまうか…残念。
ああ、それと俺の教官してる爺さんから聞いた話で……。」
例の“世界に一人”の話は伏せておいた方がいいな、と竜也は判断した。
「何スか?」
「魔王討伐に専念しろとさ。」