第4話 講義開始
竜也たちの異世界世界生活がスタートして三日が経過した。とりあえず精神的に落ち着くのと“転移時差ボケ”と呼ばれる状態の回復を待ってくれると言われ、王城内で自由にさせてもらった。
街へ出るのも自由だが、この世界の習慣も知らずに街に出てはトラブルの元になりかねないので、今のところはまだ控えるのが望ましいとの事。それはもっともだと竜也たちも了承した。
竜也が初日に驚いたのはまず食事だ。どんなゲテモノが出てくるのかと内心ビクビクしていたのだが、色や見た目はともかく味はなかなかイケたのだ。これは異世界転移した先人たちの努力の結晶なのだろうか。中にはどう見ても元いた世界と同じ食材や料理もあった。
続いてこの世界の文明水準だが、基本的には元の世界の中世ヨーロッパだ。しかし、生活の中において照明や炊事、食品保存、暖房などにおいて魔法の力が如何無く発揮されており、歪な文明発達をしている。いや、魔法がある世界なのだから“魔法文明”としては正常と言えるだろう。
そして今日から講義と鍛錬が始まる。
午前中はこの世界の地理・歴史・生物・生活習慣についての講義、午後からはギフトを使いこなす練習である。
何か習得したいスキルが有るなら専門の講師を付けてくれるという。ただし、どの程度まで練度を上げられるかは本人の努力と適性次第だ。
「僕は君たちの座学講師を担当するライザハード・コバヤシです。本業は教育省所属の役人兼研究員ですが教諭経験はあります。僕なりに君たちに向けて考案した速成カリキュラムで講義を進めていくのでよろしく頼みますね。」
オールバックに丸眼鏡、細身の学者肌風の男だ。
竜也も他のメンバーも“コバヤシ”という苗字が気になった。
「は~い、質問~。先生は転移者ですかぁ~?」
麗華が唐突に挙手して、指される事も無く質問した。
「僕は生まれも育ちもこの世界の生粋のレハラント人ですよ。君はおそらく苗字が元いた世界線でありがち、という類の疑問を感じたのでしょう。僕の先祖の“始祖世代”が君と同じか近い世界線からの転移者だったと思います。」
「シソ世代~?」
「ええ。まあ、その辺りについては歴史の勉強で教えてあげる予定ですから、今は気にしないでください。」
この世界の歴史を知る事も、将来的な身の振り方を決める上で重要なファクターになるかも知れないな、と竜也は考えた。だが竜也が優先的に知りたいのはこの世界における自分の立ち位置であった。
この世界において自分はどこまで法的に保護されるのか、どこまで衣食住と金銭が保障されるのか、どこまで自由に行動できるのか、何より自分の強さはどこまで通用するのか、である。
「君たちのいた世界線にどういう野生の生物がいたのかは知り得ません。だから我々の主観でこの世界の野生の生物について、特に遭遇すると危険な生物について説明させてもらいます。」
コバヤシ先生はまずそこから斬り込んできた。確かに生き残るには必要不可欠な知識、優先度は高い。
コバヤシは次々に動物の名前と容姿、性質、生息地を挙げていく。説明を聞く限り、どうやら竜也たちの元の世界とこの世界に共通するのは虎くらいで、後は大半が想像のつかないような生物ばかりだ。
それでも半分近くはイメージする事が出来た。巨大ムカデ、巨大ゴキブリ、巨大ワーム…。
「遭遇したくねえ…特に巨大Gは…。」
竜也が呟くと召喚者は全員同意の意思表示を見せた。
元いた世界に実在はしていなかったが空想上において見られたものに近い生物として“ブロブ”というのがあった。竜也たちには“スライム”の名称でお馴染みの物だ。
「ブロブは生物の分類では動物より植物に近いと思われています。しかし、察知が困難は上に物理攻撃を全く受け付けません。だから危険な魔獣に分類されますが、魔法を使えば容易く斃せます。
ただ、ブロブの素材価値は細胞質にあるのですが、加熱すると変質して使い物にならなくなります。ですから狩りで生計を立てている方々はもっぱら凍結魔法を使ってますね。」
「先生! ドラゴンとかオークとかゴブリンとかはいないんですか?」
「? 君が今挙げたのは野生動物ではなくて異形種や獣人種の魔族ですよ?」
瞳を輝かせて質問した礼二にコバヤシはあっさり答えた。
ここまで説明を受けて竜也は『危険』と言われてもピンと来なかった。
何か基準が欲しい。
「あー、コバヤシ先生、今まで挙げた危険生物の中で虎はヒエラルキーのどの辺に属するんだ?」
「今まで挙げた中では底辺、雑魚です♥」
コバヤシのニッコリ微笑みながらの返答に全員の目が点になった。
「おいおいおいおい! 冗談じゃないぞ! 虎が雑魚とか!」
オッサンが立ち上がって叫んだ。
「ふむ、さては君たちが元いた世界線で虎は強者だったんですね?
ですが! 何の心配も要りません。君たちは魔王討伐を目的に“特別”に召喚された勇者です。授けられたギフトを駆使して力を合わせれば“災害魔獣”だって斃せます!」
「…おい、何だ? そのサイガイマジューってのは?」
虎が底辺と聞いて思わず机に突っ伏してしまった竜也が訝し気に頭を上げ、コバヤシに問い質した。
「“災害魔獣”というのは通称でね、正式には“特殊指定魔獣”といいます。
この世界で生まれ育った僕にはわからないけど…過去に様々な世界線から、特に魔法技術が存在する世界線からやってきた転移者たちが残した記録を総合すると、この世界は魔素が格別に濃厚なようなのです。
そして魔素というのは大気と同じで常に自然な流れを持っているんですが、それがたまたま一か所に集まって局地的に魔素濃度が臨界点を超えると“空間天穴”という異世界と繋がる天然の転移門が開いて、無作為に繋がった先で最も近接する最も魔素を含有する“モノ”を一方的にこちら側へ放り込んで来るのです。」
「つまりそれがその災害魔獣ってわけだ?」
「はい! 猛烈に強いです! こちら側世界のどんな魔獣よりも! 勇者や軍の優先動員事案です! 魔王もこの空間天穴から転移しして来る者だという噂です、立証はされていませんけれど。」
このヤロウ、魔王だけでも十分なのにそんなてんこ盛り設定を軽~く言ってくれるじゃねえか…と竜也は歯軋りする。
「という事は、その災害魔獣が現れたらあたしたちも駆り出されるって事?」
舞美がおずおずと尋ねる。
「いえ、君たちはあくまで魔王討伐の為に召喚されたのですからそちらが優先、国王も君たちに出動要請は出さないでしょう。でも災害魔獣は対魔王戦の鍛錬と腕試しにもなりますから、機会があれば自主的に参加してみるのもいいかもですよ。あいつらが来る前に…。
それに空間天穴から吐き出されるのは災害魔獣とは限らないのです。とにかく最も近くにある最も魔素を含む物体を一つのようなので、ある時は道具であったり、ある時は鉱石であったり様々です。巨大な岩盤が飛び出してきた記録もあります。」
「面白そうだな、もし災害魔獣ってやつが出てきたらやってみるか。」
「その災害魔獣を倒せない程度の実力なら魔王討伐はまだ無理って事だな。」
健と礼二が盛り上がるが、竜也は違う。
馬鹿ガキどもが。魔王討伐が怪しくなったら山ン中でも…何なら魔族と単独講和してでも俺は逃げるぜ。それともう一つ、ちょっと気になる事を言ったな。
「おい、コバヤシ先生よ、あんたさっき魔王もその何とかいう転移門から出て来るって言ったな?」
「ああ、仮説にすらなっていない噂レベルの話ですよ。本気にしないでください。」
「いや、そうじゃなくてな…魔王っていうのは魔族の中から選ばれるなりする統率者で、魔族を率いて人間と敵対する、そんな感じじゃないのか? 転移門から出て来るのかどうかはさて置いてだな、そんなポッといきなり現れるような存在じゃあるまい?」
「魔王はきっかり百年に一度、ポッと出て来るんですよ。」
「何だ、そりゃ?」
「正直、我々もそこはよく分からないんですよ、魔王の事は。それと魔王は魔王、魔族は魔族です。どちらも人類の敵対者です。」
? ? ?
話が見えない。意味が分からん。いや、まだ授業は始まったばかりだ。俺が急ぎ過ぎか?
そしてこの会話を聞いて考え込んでいる人間がもう一人、上原弥生がいた。彼女も竜也と全く同じ疑念を抱いたのだ。
だが、彼女の出した答えは竜也とは違った。彼女の出した答えは「彼らは必ずしも本当の事を教えてはくれない、決して委ねてはならない」であった。
元女子高生が自分の背後でそんな思案を巡らせているとは露知らず、講義を受けていた部屋から出る竜也を近衛騎士団長のジャスクが待ち構えていた。
「タツヤ殿、ちょっといいかな?」
「何だよ? これからギフトの使い方の実習だ。」
「講師から了解は取ってある。何、そう時間は取らせない。
おまえはスキルに剣術があっただろう。元の世界線でやっていたのだな? 剣術を生業とする者として異世界の剣術には大変興味がある。一試合だけ手合わせ願いたい。」
この世界で自分の剣がどの程度のレベルに位置するのか知りたい竜也にとって願っても無い申し出だった。
相手は有象無象の下っ端剣士とは違う。騎士団長様だ。コネ出世の可能性もあるが、普通に考えればおそらくこの国でトップクラスの腕前と推察する。結果がどうであれ目安にはなるだろう。
「いいぜ。」