第3話 王室一家
───世界暦900年5月。
王城の廊下をイーバル王、ジンジャー王妃、シェーン王子、エリス王女の四人が歩く。
この廊下が王城にしては質素に見えるのは外壁に近い為、賊対策で頑強な造りを重視し、侵入者が身を隠すような大きな調度品や高価な装飾品も配置していないせいだ。
「完璧とは言い切れませんが素晴らしい召喚でしたね、お父様。」
「ああ、そうだな。不足していると思われる人材は”十年召喚者”の中から選抜して揃えるとしよう。」
「そうですね…。しかし、“対魔王戦”ですから“魔族”どもも召喚者を用意しているでしょう。」
安堵の笑みを浮かべるイーバル王とエリス王女の会話にシェーン王子が心配気に口を挟んだ。
「だろうな。だが今回の我らの召喚者の内容ならば心配なかろう。もう長きに渡り…四百年前の魔王戦から奴らには出し抜かれておるが、今回はそうはいかん。」
「ですが父上、奴らは各種族連合で効率の良い編成のパーティーを複数、あるいはそれらを纏めた中・大規模チームを繰り出せます。油断は禁物です。」
「はっはっはっ! おまえは心配性だな、シェーン。」
「そうですわ、お兄様。私たちは神に選ばれし高貴なる種族。あんな汚らわしい劣等種族や異端者たちに負ける理由などありませんもの。」
「その通りだ、エリス! 何なら今回の対魔王召喚者に十年召喚者、それに全軍総動員で“五大災厄”に攻勢をかけてもいいくらいだ。」
その瞬間、シェーンの顔が一気に青ざめた。
「! なりませんっ! それはなりません、父上! “コレーダの悲劇”を再現なさるおつもりですか!?」
「“コレーダの悲劇”と同じ結果になるとは限らんだろう? 奴らを全員生かしておく事は我らにとって脅威でしかない。特に“不死王”と“剛力の一角”なんぞは一つも利するものは無いし、他の連中だってその中の一匹から“秘法”を聞き出す事さえ出来ればもう用は無い。」
この発言にエリスも顔を曇らせる。
「お父様、私もそれには賛同できません。きっと藪蛇です。」
「む、そうか? おまえが言うならやめておくとするか。」
またこれか、とシェーンは思った。
いつもそうなのだ。妹であるエリスの意見を絶対的に尊重する両親にシェーンはやり場の無い不満を溜め込んでいた。
確かに優秀な事は認める。大人に取り入る要領の良さも長けている。
そして、国の為、王室の為と言葉を飾るこいつの言う通りに動けば、最終的に得をするのは自分だけになるのだ。そういう結果が出ても尚、周囲に搾取されている事を悟らせない。
だが俺が父上を継いで戴冠した暁には、もうそれは通用させないからな。
「それにしてもキハスーエ様も理不尽な悪戯をされますわ。あの様な者たちに力を与えるなんて…。」
「エリス、それは違いますよ。キハスーエ様は、神は、信仰心の無い者にも汚らわしい者にも平等に愛と慈悲を与える尊き存在なのです。」
愚痴を言ったエリスをジンジャーが諫めた。
「はいっ! 申し訳ありませんでした、お母様。そうなんですね! 私は浅はかでした。キハスーエ様、どうかこの愚かな私をお許しください。」
エリスはその場で跪き、両手を頭の上で結んで祈りの姿勢をとった。
そしてシェーンは「そういうところだよ、そういうところが上手いんだ、こいつは」と苦々しく感じるのであった。