イタ告から始まる恋 4/4
自転車置き場裏に辿り着くと、そこにいたのは千野ではなかった。
すらっとした細い体に、そこそこ豊かな胸。
黒髪ロングが似合う、『ザ・清楚』、『ザ・学校のマドンナ』の名をほしいままにしているその人は、俺も見覚えがあった。
そこにいたのは、三年一組で生徒会長の姉羽楓だった。
彼女は俺に向かって、鋭い眼光を向けながらこう放った。
「あなたは二年四組学級委員長の春日優君よね?」
俺は長年培ってきた人間不信と彼女の強烈な圧に体がすくんでしまっていた。
「え…あ、はい…。春日です…」
すると彼女はしかめっ面をさらにしかめさせてこう言った。
「あなた、女の子を泣かせるなんてどういうつもり?」
この言葉の意味をすぐに理解できなかったが、彼女が続けた言葉で、その意味がすぐに分かった。
そして俺の愚かさを再確認させられる事となった。
「あなた昨日、一年二組の千野美沙さんに『クソビッチ』だの『ヤリマン女』だの罵声を浴びせてたじゃない」
あぁ、やっぱ聞いてた奴いたんじゃん…。
それもよりによって生徒会長の姉羽楓とは、とことんツイてない。
「えっと、そ、それはご…誤解というかなんというか…」
苦し紛れの言い訳に聞く耳を持たない彼女は、とうとう俺にしびれを切らしたのか、どうしようもない俺に一言言って去っていった。
「あなた男の子なんだから、弱い立場の下級生、しかも女の子にあんな事言っちゃダメよ。今日中にちゃんと彼女に謝ることね」
彼女の去っていく後ろ姿を見て、俺は今までの出来事を思い返した。
―「このクソビッチがよ!」
―「マジでとっとと失せろよ、このヤリマン女がよ」
幼気な少女にこんな罵声、ちょっと酷すぎるよな。
高一だから幼気かどうか怪しい歳ではあるが…。
彼女がもしも俺の事を本気で貶めようと企んでいたのであれば、俺の抵抗にすらなってもいない罵詈雑言などに涙するはずがない。
彼女は間違いなく、俺に好意的な意味で関わってくれようとしていたのだ。
俺はそうやって人から言われる謗りや罵倒を何より嫌っていたにも関わらず、その嫌いな罵詈雑言を、自分よりも立場の明らかに低い下級生の女の子にぶつけていたという事に気が付き、己の弱さを知ると共に、謝ろうという踏ん切りがついた。
そうと決まれば後はアクションを起こすのみ。
さて、千野はいずこへやらと昼休み中探したが、彼女の姿は見当たらなかった。
結局昨日に引き続き、昼飯は食えずじまい。
五限、六限と授業が続き、放課後。
このチャンスを逃すと今日中には謝罪できずに終わるだろう。
俺は自転車置き場で彼女が現れるのをひたすら待った。
待つ事五〇分。彼女はとうとう姿を現した。
いやマジ何してたらこんなに遅くなるんだよ。
そんな下らない愚痴は置いといて、俺は一世一代の勇気を振り絞って、彼女に話しかけた。
「あ、あの…千野!」
その声に驚いたかのように、彼女はこちらを振り返る。
彼女は俺を目を真っ直ぐ見て応えた。
「せ…せんぱい…」
何故か彼女の目は少し潤んでいるように見えた。
俺はそのまま続けた。
「き、昨日の事なんだけどさ…ホントごめん! 急に取り乱して心にもない事言っちゃって…」
そう告げると、彼女は困惑したような表情で言った。
「そんな! あれは私が無神経だったばかりに起こってしまった出来事ですから…先輩は何も悪くありませんよ!」
優しいな、千野は。
でも俺はケジメをつけなきゃいけない。
「いや、それでも俺がしたことは到底許される行為ではない。すごく身勝手だと重々承知ではあるが、俺にこの罪滅ぼしをさせてほしい」
自分で言ってて「は?」ってなるくらい馬鹿げた発言だと、言った直後に気付いたが、言ってしまったものは仕方ない。
「先輩…。罪滅ぼししたいのは私のほうなんです…」
「え、今なんか言った…?」
小声すぎて一文字たりとも聞き取れんかったわい。
「い、いや! 何でもないですから!」
取り乱す千野に、俺は尋ねる気にもなれなかった。
すぐに千野は俯いて、かと思った瞬間俺を真っ直ぐ見つめると、俺に言った。
「じゃあ、せっかくなんで先輩にお願い一つ聞いてもらおうかな」
そう言って、俺に笑顔を見せる彼女。
「あぁ、何でも言ってくれ」
何を言われても請ける覚悟だったが、その依頼は予想の斜め上だった。
「明日から、私と一緒にお昼ご飯食べましょ!」
いたずらな笑顔を俺に向ける彼女。
一瞬マジで意味が分からなかった。
どう考えたって俺に損ありませんやん。
「そ…そんなことでいいのか…?」
困惑する俺に、千野は再び笑顔で答える。
「はい! そんなことがいいです!」
―何かが始まった気がした。
俺はまだぎこちない笑顔を見せることしかできなかった。
しかし、この高揚感は間違いなく、この二文字に尽きると思った。
これが『青春』なのだ。
「じゃあそれで決まりですね! あ、あと私のコトは『千野』じゃなくて『美沙』って呼んでくださいね! お願いしますよ!」
「え、おい! それじゃあ頼み事二つになるじゃねぇか!」
「ふふふ…何でもって言ったじゃないですか」
「いや、そうだけど…何個でもとは言ってない!」
なんて、こんな何気ない会話がこれほどまでに楽しかったなんて事、十六歳にして思い出すとは思わなかった。
俺はこいつに感謝しなきゃいけない。
一筋の光に導き出してくれた、彼女に。
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