イタ告から始まる恋 2/4
ドアを開けると、正面の演台と並行に並べられた机に、他の学級委員たちが座っていた。
俺がドアを開けたことで、全員が一斉に俺に視線を向けた。それも束の間、すぐに会合は何事もなかったかのように再開され、話し合いは生徒会を中心に進められた。
その中心で話を進めるのは、生徒会長の姉羽楓だ。
彼女は俺の一つ上の学年で、黒髪ロングの似合う『ザ・清楚』、『ザ・学校のマドンナ』的な人で、彼女に好意を寄せる輩も少なくはない。
だがしかし、俺はそんな輩どもにほだされるほど安い男ではない。
二次元ラブコメでこそ美少女黒髪ロング&清楚というものは正ヒロインに相応しいと言えるが、はっきり言ってリアルでその条件を満たす者の性格が良いわけがないに決まっている。
間違いなくそのモテ具合からするに、数多くの男を喰ってきているに違いないし、俺はこの目でそれを見抜いたのだ。
なんて下らない下世話な妄想を頭に思い描いている間に、気が付いたら会合は無事終了していた。
結局昼飯は食えずじまいで、無情にも昼休み終了のチャイムが鳴った。
俺は仕方なく、弁当箱片手に教室へと戻る事にした。
この空腹を満たすことなく、下校時間まで思う存分授業時間を利用して睡眠時間に充てた。
そんなこんなで下校時間になったわけだが、そういえばと思い出したのは千野美沙の事だった。
ふと頭に過ぎる、去り際に言われた一言。
「今日の放課後、私に時間ください! 自転車置き場の裏で待ってますから!」
いやこれ本気で告白なのか? やばくね? 俺今日死ぬのか?
なんて考えていたときに、スッと俺の脳裏に嫌な記憶が過ぎった。
「イタ告だ…」
突然冷静になると、人間恐ろしいもので頭の回転が異常に速くなる。
過去の苦く辛い記憶が、走馬灯のようにフラッシュバックする。
俺が中学時代に、クラス全員から排斥されたあの恐ろしい『いじめ』を。
俺が中学生の頃、俺が当時恋をしていた女の子に告白された事があった。
当時いじめられていた俺にとって、それは本当に嬉しい出来事だった。
俺はもちろんオーケーしたが、すぐにそれがイタ告であると分かった。
俺が「今日一緒に帰らない?」と誘うと拒否。
「デート行こうよ」と誘うもまた拒否。
俺の誘いに乗らない彼女に、再び俺は彼女を誘おうと、放課後彼女の元へと向かうことにした。
しかし話しかけようとした彼女は、教室でクラスの男子と一緒にいた。
その男子は俺の事をいじめる主犯格の奴で、そいつと彼女の会話が聞こえてきた。
俺はその会話を教室の外で聞き、絶望し、憤怒し、戦慄した。
「ねぇ、最近めっちゃ春日に誘われるんだけど」
「ははは! ホント大変だな! お前(笑)」
「でもホント酷くない? いくらなんでも罰ゲームに負けたからって、あの春日にイタ告とか正直キツすぎるわ~」
「いいじゃん、どうせクラス全員俺らが付き合ってんの知ってるわけだし。あくまで罰ゲームじゃんか」
「でも春日は気付いてないんだよね~。相変わらずあんだけしつこく誘ってきてるワケだし(笑)」
「可哀そうな春日(笑) どうせ俺らの株が下がるなんて事無いのに、あいつ一人だけ滑稽だわ(笑)」
…思い出すだけで、背筋が凍る記憶。
俺は、今からあの悍ましい、厭わしい、浅ましい出来事を、再びこの俺の脳に刷り込まれるのかと思うと、震えが止まらなかった。
冷静に考えて、授業中とか文化祭とか林間学校とか除いて、俺があんな可愛い子に話しかけられるなんて、あのイタ告以来だったし、まず彼女から溢れる紛うことなき『スクールカースト上位感』からするに、罰ゲームでイタ告させられているのを俺は容易に想像できた。
イタ告ほど恐ろしいものはない。
俺の中に植え付けられたその畏怖感情は、そう簡単に拭えるものではない。
受け入れてもダメ、断ってもダメ、無視してもダメ。
たとえ俺がどう行動を起こそうとも、必ず社会的デッドエンドを迎えるルートしか待っていない、絶望的な未来しか見えない。
何度も言うが、イタ告ほど恐ろしいものは、無い。
でも俺はあえて行こうと決めた。
もしもイタ告ならば、その元凶に一矢報いたい。
三年前の俺が報われるためには、今、この俺が腹を決めてやらねば。
とはいえ、何も策はない。
ただ、俺は怒りに任せて、そこへ行く外なかった。
三年前の俺に、報いるために。
なんて俺に似つかわしくないカッコいい事を思いながら、俺は自転車置き場裏へと歩を運ぶ。
とにかく、千野美沙という女の正体を暴いて、首謀者に一泡吹かせてやろう。
校庭の脇を真っ直ぐ進み、二つの校舎を繋ぐ渡り廊下の下をくぐり、自転車置き場へと到着した。
しかし、そこに千野はいなかった。
「あぁ、なるほど」と俺は呟き、思った。
あいつはそもそもここへ来る気はなかったのだ。
誘い出すだけ誘い出して、今頃校舎の三階くらいから俺が一人で千野を探す姿を、首謀者と共に、文字通り見下しているのだ。
そう思い、校舎の方に目をやる。
しかし、彼女の姿はなかった。
もう見物は終わったのか、と俯いた途端に後ろで声がした。
「せんぱい! 遅れちゃってすみません!」
その声はまさに、昼休みに俺に話しかけてきた千野美沙本人のものだと確信した。
振り返ると、やはりそこにいたのは千野だった。
「私から誘っておいて、こんな感じになっちゃってごめんなさい」
と、ここで千野は真面目な表情になった。
いよいよイタ告が来るかと思って俺は構えた。
しかし、それは杞憂に終わった。
むしろ、そんな事すら消し飛ばしてしまうような、もっと恐ろしい単語を今ここで聞かされる事になるとは、思っても見なかった。
千野はこう続けたのだ。
「先輩、怒ってますか? 掛川凌に」
手足が震えた。鼓動が速くなって、呼吸が乱れていった。
強烈に逃げたくなった。
その名を聞いて発作が起こるほどに、俺はあいつに怯えていた。
俺は動揺を隠しきれず、心にもない事を言ってしまった。
「何だよ…。まだ俺を苦しめようってか…? なんで俺なんだよ! 何がダメなんだよ⁉ 俺が何したってんだよ⁉ 俺が何かあいつの癪に障るような事一つでもしたってのかよ⁉」
取り乱す俺を、悲しい表情で見つめる千野。
彼女はそんな俺の言葉を遮って言った。
「先輩、違うんです…! 私はただ―」
興奮した俺は、もう既に自分でも制御不能になってしまっていた。
彼女がまだ話し始めたばかりなのにも関わらず、それを遮ってまで、自分の意見をぶつけた。
「うるせえよ! てめぇだってどうせあいつに言われて俺の事冷やかしに来ただけだろーが! てめぇのお陰で嫌な記憶全部蘇ったわ! このクソビッチがよ!」
「そんな…先輩、違うんです…」
消え入るような声で千野は言ったが、聞く耳を持たない俺に、その声は一文字たりとも届かなかった。
「あー、うぜー。こんなだから女は嫌いなんだよ。マジでとっとと失せろよ、このヤリマン女がよ」
こんな捨て台詞を吐いて、俺はチャリに乗って家路に就いた。
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