2-20 意外な関係
支配人室というかオーナー室というか、おそらくは特別な顧客を招くためだけにあると思われる部屋の中へ案内されて、ショウは少し緊張気味だ。
その様子を見るにつけ、この間はここで話をしたのではなさそうだ。
本来ならショウのような行商人はこの部屋に入れるどころか、店の中にさえ足を踏み入る事は許されないはずなのだが、一体どうやって伝手を作ったものだか。
「まずはザムザを討伐していただき、ありがとうございました。
このビトーを代表して御礼申し上げます」
あれ?
まさか俺がザムザを討伐した事になってしまっている?
変な風に噂が広まっちゃっているのかな。
それだと困るのだが。
「あのう、俺がザムザを直接倒した訳ではないのですが」
「わかっております。
おそらくは脱走勇者と知己で彼女達を庇う意味合いと、ザムザの奸計により王国側が不利になる事を恐れたので、あのように言われたのでございましょう。
実に感銘を受けました。
ザムザの魔核をお持ちだそうですので、すべて自分の手柄と吹聴する事も出来たものを」
おっと全部読まれていましたか。
その噂はさっき聞いたばかりだよね。
さすがは切れ者だ。
まああの王様だって結構出来た人だし、その辺は苦笑しながらでも俺の意を汲んで乗ってくれると思うのだが。
ここはとりあえず、俺が苦笑しておいた。
「もしよろしければ、ザムザの魔核とやらを見せていただけないでしょうか」
「ええ、よろしいですよ」
俺はもしかするとザムザ討伐を信用されていないのかと思い、さっと魔核を出して見せてやった。
「これが、あの……」
彼は、その真っ赤に血塗られたような禍々しい魔核を見て、そっと目を閉じた。
あれ、なんか訳ありだったのかな。
「彼奴めはこの街にも現れ、多くの罪もない街の人を虐殺いたしました。
そして、たまたまその場に居合わせただけの、店の一つを任せていたうちの娘婿の一人も、その犠牲になりました。
本当に誠実で仕事熱心で家族想いのいい男でした。
仇を取ってくださって本当にありがとうございます」
彼はそう言って、二筋の涙を流していた。
うわあ、あいつめ。
こんなところでも暴れていたのか。
まあこの界隈では一番大きな街なので、奴にしてみれば当然といやあ当然なのだろうが。
「まあ気を落とさないでください。
彼女達には私からお願い事をして仕事してもらってあります。
それに敵と出会えば、迷いなく殲滅してくれるでしょう。
向こうも最強勇者の彼女達を狙ってくるでしょうから。
中でも異常に防御の固いザムザを倒しましたので、彼女達も有利に戦える事でしょう。
まあ私のところへも飛び火してきたら、その時は片付けておきますよ。
まあ俺なんか辺境警備担当勇者ですがね」
それはあくまで自主的活動に留まるわけなのだが。
何しろ、へたすると王都に行った連中よりさえ魔物との戦闘との経験が豊富なんじゃないかと思えるほど、俺は魔物とやりあっているからなあ。
だがもう魔王軍幹部とは特にやりあいたくないね。
そういう場合に備えて一応の保険は用意してあるのだが。
備えあれば憂いなしは、営業社員にとっては必須な座右の命だ。
お取引様からいつ何時、どんな爆弾が贈られるかわかったもんじゃないのだから。
「いや心強い。
辺境というと、騎士カイザをご存知で?」
「ああ、知っているも何も、今は彼のところに厄介になっておりますが、彼を知っておられるのですか?」
「ええ、ええ、知っておりますとも。
彼は名門貴族家の出で、跡取りであったにも関わらず王命を受けて家督は弟に譲り、あえて王都から辺境の地に赴いた方なのです。
王都出身のうちの娘婿達もが若い頃には懇意にしておったそうで。
そうですか、彼も勇者様の御世話をなさっておられるのですな」
ああいや、彼に思いっきり世話になっているのは確かなのだが、それは特に勇者だからというわけではないのですが。
しかし、あのワイルドな感じのカイザが名門貴族家の出身ねえ。
でもここで意外な伝手を手に入れたので、やっぱりここまでの街道は是非とも整備したいかな~。
「ところで収納袋の件なのですが」
「ああ、お待ちください」
そして席を外し、部屋の奥の豪奢な作りの高級戸棚の開き戸の中からいくつかの品を並べた。
それは三つのいろいろな形をした袋というか鞄というか、そういう物であった。
「あれ、これが収納袋という物ですか。
確かお頼みしたものは二つだったと思うのですが」
「ええ、あれからもう一つ偶然にも中サイズの物が手に入りましてね。
これもお持ちください。
これはこの店を倉庫も込みで一軒分収納できる容量があります。
そして、これらの代金は一切要りませぬ」
「えっ、これって小さいものでも凄まじく高価な物なのでは。
そっちの大きい物は相当高いんじゃないですか」
プレミアを計算に入れると、多分金貨千枚くらいするんじゃないか?
ちょっと、そのように高価な物をただで貰うというのは、さすがに。
俺のせいで勇者の評判が落ちそうだ。
カツアゲ勇者とか呼ばれて。
「いえ、よいのです。
勇者様は素晴らしい収納のスキルをお持ちですのに、これが必要だという事は勇者のサポートを行う者に持たせたいのでしょう?」
「あ、ああ。その通りです。
一つはそこの勇者御用達商人ショウに与えて、必要な装備や物品を買い集めさせるため。
一つは私が世話になっている騎士カイザに訳ありで持たせないといけないため。
もう一つは私の従者のために欲しかったのです。
私がいない時は荷物のやり取りが困難でして、そういう時が一番荷物を必要とするのですが。
本当にありがたい。
実はもう一つ収納袋が手に入らないか申し入れようとしていたところなのです」
そして彼は、その苦労と経験を刻み込んだ顔に晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、こう言ってくれた。
「勇者様の御役に立てまして、彼も本望だったでしょう。
その収納袋を入手してくれた彼は不幸にもザムザの手にかかり、今は墓地にて眠っております。
これで心置きなく、婿の魂は安らかに天に召される事でしょう」




