2-17 ビトーの街にて
そして、幸いな事に道中さしてトラブルなどもなく、無事にビトーの街へと辿り着いた。
「へえ、これはまた」
別に大きな壁に街が覆われているというわけではない。
ただ、今まで見た村とは比べようもない一番大きな集落だと思う。
街の入り口に立つだけで、そのように感じられるほど賑わい、また華やかな気配だ。
近郊の交通量も多く、街道も広めに作られており賑やかだ。
建物も大きい物が多く、ここにユーモ村の村長の家を置いたとしても、まったく目立たない感じになってしまうだろう。
そこは大都会であった。
あかん、もはや俺の脳にはすっかり『村文化』なる物が刷り込まれていた。
しかし騙されるな。
こんな街は日本でいったら小規模市町村みたいな物じゃないか。
だが、華やかな馬車が街中を走り賑やかな音を奏で、なんと舗装された道路よりも高い歩道なんてものまでありやがる。
そのあたりの発展ぶりは、まるでローマ帝国じゃないか。
この世界も案外と侮れねえ。
少々大きくても、村はやっぱり村でしかなかったのだ。
これはチビ達が泣いてついてきたがるわけだ。
へたに連れてきたりすると、次はいつ行くんだとか言われてせっつかれそうな未来しか見えてこないがなあ。
「ふう、やっと着けましたね。
フォミオ、お疲れ様です」
「いえ、お役に立ててフォミオも嬉しいでやんすよ」
「いやいや、御苦労様。
お前がいてくれなかったら、こんなところまで絶対に来られなかったわ。
ベンリ村で一泊コースくらいしか俺には絶対に歩けない」
ここまで推定で約二百キロメートルだものな。
それを荷馬車に人間を二人も乗せて、僅か四日で踏破したのだから実にたいしたものだ。
俺だったら十メートルか二十メートルごとに休憩して、それがだんだんと頻繁に短い距離になっていき、百メートルも持たずにすぐにギブアップだ。
俺が馬車を引いてフォミオなんかを載せた日には馬車が一ミリだって動かないよ。
フォミオの図体は人間社会では持て余す事も多いのだろうが、こういう時は本当に頼りになる。
しかし王都までは、ここまでの道のりの三倍は残っている。
これでも王都までのやっと四分の一を消化したのに過ぎないのだ。
旅行用の馬車というものは中で車中泊を考えて作られているはずで、まだそれならいいのだがこの荷馬車ではな。
まあ寝れない事はないのだ、あめが降ったら一発でアウトだし、朝露にも濡れてしまう。
宿屋の文化のある世界で本当によかったことだ。
これが地球の中世ヨーロッパだったら、森で野宿か馬小屋コースじゃないのか?
アルフ村では羨ましがられるこの荷馬車も、ここではただただ見窄らしいだけだろう。
当然、サスペンションなんてものはついていない。
あの王様の馬車には板バネのサスペンションがついていたようだ。
まあ少々サスがついていたって、道が極悪ならまったくといっていいほど意味はないのだが。
街中を行くが、やはりというか奇異の視線が荷馬車を引くフォリオを射た。
まあ目立つのはしゃあねえなあ。
何しろこの図体だし、少し人間離れした容貌なのだから。
だが事態はそれだけでは済まなかったのだ。
何か馬が何頭か走ってくる気配がしたかと思うと、俺達の荷馬車に横付けした。
「停まれ、そこの荷馬車停まれー!」
おや、これは街の兵士か。
何かこうマズイ事になったようだ。
とりあえずは相手の出方を見るしかないな。
「おや、衛兵さんかな。
うちの荷馬車がどうかしましたかな」
「魔物が街に入ったと通報が入った。
お前は何者……」
相手は途中で沈黙した。
何故なら俺が帽子を取って髪を露出し、黒い目で真っ直ぐに奴の瞳を射抜いたからだ。
「おいおい、勇者様に向かって失礼な奴だな、
ちょっと頭が高いぞ」
ハズレ勇者の分際で堂々と言ってやりましたがな。
こんなシーンでもあったら絶対に言ってやろうと、ずっと前から心に決めていた決め台詞なのだ。
エレの奴は面白そうにそれを眺めていた。
「こ、これは勇者様、大変失礼をば。
しかし」
「えっへん。
フォミオ、隊長さんにご挨拶をしなさい」
「こんにちは、勇者様の従者をしておりやす、フォミオでございやす。
隊長様、よろしくお願いしやす」
その隊長は軽く息を吐きだすと思わず呟いた。
「おお、これは!
勇者様が名付けをされたネームドの魔物ですか、それなら納得物ですな。
さすがは勇者様です。
いやあ、しかし勇者様、何の表示も無しで使役する魔物に街を歩かせては困ります。
街の者が怯えますゆえ。
実際に通報が入っておりますので、是非とも警備所にて従魔証を発行させていただきたいと存じます。
お手数ですが、御足労願いたいのでありますが」
「へえ、そいつはありがたいな。
ぜひともお願いしたい」
この憧れの地で堂々とフォミオを連れ歩けるというのであれば、こちらとしても言う事は無い。
必ずトラブると思っていたからな。
一騎が連絡のために走り、やがて駆け付けた部隊は実に三十騎を数えた。
俺達はこの街の治安部隊精鋭三十騎の警護を受けて、悠々と街を凱旋した。
いくらハズレ勇者とはいえ、さすがにこのパレードは気持ちがいいな。
まあ大小ネストを二個に魔物多数、そして何よりもあの強敵ザムザの野郎を片付けてやったんだから、これくらいの待遇はあってもいいさ。
まあザムザに関しては、俺なんかただの囮の役だったんだけどね。




