1-9 泥棒勇者
それから頑張って城中を家探しに出かけた。
はっきり言って空き巣みたいなものだが、それくらいしたっていいだろう。
だって無法にこのような世界に拉致されて、こんな辺鄙な場所に置き去りにされて捨てられたんだぞ。
そもそも、この古城には碌な物がないのだ。
古風な城で、いかにも戦のために作られましたというような風情で、優雅さなどどこかに置いてきてしまっているようだ。
組まれた石材も外側の表面は風化しボロボロになり、内部の床も壁も無数の傷で戦化粧されている。
各所に刻み込まれた剣や槍で切り裂かれたような跡は、かつてここの内部で凄惨な戦いがあった事を示している。
まるで血の痕跡が風化したかのような赤黒くなった部分は、誰か無念の死を遂げた勇士の最後を物語る記念碑であったろうか。
その辺の庭に、半ば土に還った人骨とかが普通に埋まっていそうな気配だった。
まるで映画の世界に入り込んだかのような不思議な感覚で、しばしそれらの戦場跡に、ついヨーロッパの古城巡りか何かのように見惚れてしまった。
おっと史跡巡りに心を奪われている場合じゃない。
まったく、どうにもボーっとしているな。
まああんな事の後では無理もない話なんだが。
心が、あるいは俺の全てが死んでいた。
まず急ぎ回収したものは、忘れさられて置きっぱなしになっていた焼き締めパンだ。
樽に入っていただろう多くのパンは無情にも綺麗に持ち去られていたが、例の雑居房に置きっぱなしだった見向きもされずに手付かずにされていた物や、最後の広間での会合で机の上に食われず仕舞いで置かれたままの奴は残っていた。
あと、配給の余り物なのか乱雑に置かれていて、そのまま忘れられているパンが手に入った。
くそ、このパンどもめ。
まるで今の俺みたいだな。
そう思いつつも、俺は使いこなすのに成功した収納に、それらの貴重過ぎる食料を仕舞い込んだ。
この収納も最初はどうやったらいいのかわからなくて焦ったのだが、必死になって起動してみせたのだ。
この力を先に使いこなして見せておけば、荷物持ちくらいの口はあっただろうか。
いや結局駄目だったろうな。
一緒に来た大勢の人間が誰でも同じ能力を持っているわけだし、勇者ではない他の人間でも持てる能力だと王様は言った。
何しろ、こいつがないと水や食料を持ち運べなくて死んでしまいそうだったし、王様が具体的なヒントをくれていたのでなんとかなったのだ。
「この世界と俺達の世界の狭間」
必至になってそれをイメージし、ちゃんと出し入れできるようになったのだ。
焼き締めパン、都合百二十個あまりを、まるで宝物のように大事そうに仕舞い込んだ。
ありがたくて涙が出たが、同時にあまりにも情けなくてへこんでしまった。
こんな犬だって食いそうもない残飯以下の代物に感激しているのだからな。
だがこいつに頼らないと、今はあっという間に餓死してしまいそうだ。
なんとか街まで歩いて行かないといけないのに。
街へ着くまで、一体どれだけの不毛の地が俺を待ち構えているのか。
それを思うだけで、今まで会社が言ってきていた理不尽な事が、ただの優しさにしか思えなくなるほどの絶望に思えてきた。
ああ、残業サボってごめんなさい、課長。
戻れるものなら、あの定時の時間に還りたい。
何しろ、ここは起伏が荒く大きな石もごろごろとした荒野のど真ん中にある。
普段ならば心も踊ったであろう、兵士がたむろするためにか平坦な物見台になっている城の頂上から見渡す広大な風景さえも、俺にとっては只の絶望の追加供給源でしかない。
おそらく、この城は前線基地か何かだったのだろう。
今は使われていないようだが。
ここを通る道も、岩をどけて土を均した程度の、まだ大きな起伏があちこちに残るような良くない道だ。
まさに荒野の中の一本道で、馬車など簡単にスタックしそうだし。
もし車で移動するにしたって、かなり本格的な軍用に用いるようなクロカン4WD車が必要だろう。
しかも、氷雪に包まれたブリザード吹きすさぶ国家の冬季走行のように、単独走行は避けた方が良さそうな按排だ。
また嬉しい事に、樽に入った水が残っており、なんと本式の英国式ビヤ樽サイズもある大きな樽に五樽も残っていた。
勇者一人を連れ帰る予定だったのが、予想外に大勢の人間を運ばなくてはならなくなったので、価値のない普通の水なんかは樽ごと捨てていったとみえる。
この大きな樽だって決して安くはないのだが。
地球では石油時代まで使われていた、それ自体もそれなりに高価な価値のあった物流の王者であった。
石油の量の単位にも使われる、樽を意味するバレルというのはその名残だ。
俺にしてみれば、ありがたい以外の何物でもないのだが。
水容器としての用が済めば、樽だってお金に変えられるだろう。
誰か、勇者に持たせたってよかったろうに。
もしかしたら、残っていた水は王様の温情だったのかもしれない。
今までの態度を見るにつけ、あの王様も決して悪い人ではないのだろう。
むしろ、己を殺し責務を果たそうとする立派な王であるとさえ言える。
あの時、王様は一人だけいい物なんか食べていなかった。
自然体で当り前のように焼き締めパンを齧っていた。
いつも、ああなのだろう。
だが、この俺にとっては無情である事に間違いない。
勇者の収納にも持たせずに水を置いていったところをみると、王の居城ないし補給の可能な近隣の街はそう遠くではあるまい。
はたして、王から捨てられて見事にはぐれ者となった俺を街の中に入れてくれるものなのか若干の不安はあるが、そこは行ってみるしかない。
こんなところにいたって野垂れ死にしかないのだし。
まずは、その王都? にでも行くしか道はないのだ。
こんな、ナビどころか地図さえもないような見知らぬ世界を歩いていくのが不安でしょうがないのだが。