2-13 焼き締めパンの勇者のお話
お昼はみんなで村長と一緒に家で食べた。
なかなか趣味のいいテーブルに、布製のシンプルな白いテーブルクロスがかけられている。
レース編みとかは一般に普及していないのだろうか。
もしかしたら、今回の勇者グループの女の子が伝えるかもしれないな。
采女ちゃんもレース編みなんかは得意だと言っていたが、今は離脱しちゃっているからなあ。
彼女が行く先々で、コスプレっぽい衣裳が布教されていくかもしれない。
俺が作った化学繊維なんかの布地も持たせてやっておけばよかったな。
あとゴムとかがあれば。
あの子達の服なんかも増やしてあげられるとよかったのだが、生憎な事にあの時はスキルを使えなかったタイミングだったから。
あ、朝になんとかしてやれば間に合ったのか。
いやいや、それをやったら、もし魔人が続けてやってきた場合なんかに、また前日の二の舞になるだろ。
食事のメニューは隣村パン同様の美味しいパンと野菜メインのスープ、それに焼いた鳥料理を振る舞ってくれた。
おお、初めてこの世界で胡椒を味わったな。
辺境の端っこ村には存在しない物なのか。
隣村では味付けが素晴らしいから、なにがしかのスパイスなんかは使っているんじゃないかと思うのだが、あの時は塩すら不自由していたしなあ。
その辺りは経済力や経済規模にもよるのだろう。
胡椒は輸入品とかで高いのかもしれないな。
当初は地球でも多くの国でそうだったのだし。
給仕をしてくれているフローラさんは、どうやら村長の娘さんらしい。
体の大きなフォミオが気になるらしくて、その娘さんの子供だと思われるおチビさんが奴の周りをうろうろしている。
「はは、孫のフォリナです。
こっちへおいで、一緒に食べよう」
「こんにちは、勇者様と大きなお友達」
そういう表現は日本人的には少し微妙だなと思ったが、フォミオはにっこりと挨拶する。
「はい、こんにちは。
お嬢ちゃん、あっしはフォミオでやんす」
「わあ、おっきいんだね」
「ええ、焼き締めパンをたくさん食べましたので」
「うわあ。
あれ食べるとそんなに大きくなれるんだ」
何か微妙に間違った知識が伝えられているが、まあそれはいいとして。
村長は勇者について聞きたがった。
「今回は非常に大勢の勇者様がいらっしゃったとお聞きしましたが、実際にそれで魔王に勝てるものなのでしょうか」
「ああ、今度の勇者は王様達が号泣して喜ぶほどいいスキル持ちですから期待は持てますね。
実際に招かれた勇者は一人だけなのですが、他の一緒に来てしまった勇者も素晴らしいスキルを持っていますよ。
でもそれだけの数の勇者が来てしまったという事は、それだけの人数がいないと魔王に勝てないという事を意味しているのかもしれません。
しかし実際のところは勇者本人にもわからないのでしょうし、やってみないとわからないというのが本当でしょうね」
何しろ、あの実際の戦闘力は持たないへたれ勇者がメインな上に、魔王を倒せそうな最強戦力らしい宗篤姉妹が現場から離脱しちゃっているからな。
実際には向こうの現場が一体どうなっているものやら、辺境で暮らす俺にはさっぱりだ。
せっかくインターネットの時代に生まれたというのに、ここまで情報弱者としての生活を強いられる事は想定していなかった。
「そうですか、そうなのかもしれませんね」
村長もそう言って難しい顔をした。
今さっき、村の近辺に魔物が出現したばかりだからな。
あの蜂だけだったからまだいいものの、もっと凄い奴らが湧く強力なネストが湧いて、そいつが既に完全に機能していたら、この俺とて逃げるより他に手はない。
やはり、ここにネストが湧いた原因も儀式の影響なのだろう。
ここはアルフェイムの地からは相当離れているから、その影響力も弱く、また時間差で出現したのだろう。
となれば、もうこの界隈にネストは湧いてこないはずだと思うのだが。
「まあ、一つ言える事は向こうの強力な幹部も、こちらの戦力で倒せない事もないという事ですよ。
ほらこれなんか、魔王軍のザムザ・キールという強力な幹部でしたが、御覧の通りの末路です」
俺はそう言ってザムザの魔核を取り出して見せた。
「ザ、ザムザですとー!」
「おや、ご存知で」
「御存知も何も、魔王軍最強とも謳われた大幹部ではないですか!
それをあなた様がお倒しになったというのですか⁉」
最強ねえ。
奴も体自体は小さい奴だったのだが。
でもあの防御の硬さは確かに反則的だ。
そういう意味でなら最強といってもいいだろうな。
攻撃が通らねば倒せないし、しまいに攻撃していた側がやられてしまうだろう。
あいつには勇者最強クラスの宗篤姉妹でさえ苦しめられたのだ。
はたして王国にあれを倒せる兵士なんているものだろうか。
いや、いないからこそ俺達が招かれたのだ。
俺は悲しそうに首を振って、その禍々しい色に染まった魔核を収納に仕舞い込んだ。
「残念ながら、逆に仕留められかけていたのは私の方でして。
しかし、上手い事私が囮の役を務められまして、そこを仲間が駆けつけてくれて倒してくれました。
そういう訳で、この魔核は私が彼らから譲り受けたものなのです。
いやー、あの戦いは本当に辛かったですね」
冗談抜きで今思い出しても顔が歪むような経験だった。
しばらくの間は夜になると魘されたものだが、エレの話だとフォミオが優しくポンポンと布団の上から叩いて子守歌を歌ってくれると安らかな顔になり、すやすやと寝ていたそうだ。
それから数日して悪夢は見なくなった。
優しくて主思いの、いい従者に恵まれて俺は世界一の幸せ者だね。
「そ、そうですか。
すると劣勢だった戦況はぐっとよくなったとみていいのでしょうか」
「さあ、ザムザが最強と呼ばれていたのは絶対防御というスキルを持っていて簡単には負けなかったからではないでしょうか。
うちで最強と思われる勇者が奴に追われながら、何度も戦って勝てなかったと言っていました。
そして俺が奴に追い詰められて、ザムザが勝ち誇って油断しきった瞬間に強力なスキルで倒したのです。
そういう意味では、まさに私が殊勲賞でしたわ。
いやあ、二度とあれはやりたくないですねー」
「そうですか。
しかし実際に、あの噂に聞こえた怪物と直に対決なされたのですから、実に立派なものです」
「いやあ、本当は対決したくなかったなー。
冗談抜きで。
な、フォミオ」
若干体をガクガクさせながら、ぶんぶんと頷くフォミオ。
そういうお話も目をキラキラさせて聞いているフォリナちゃん。
「もっと別のお話も聞かせてえ」
「そうかあ、じゃあ焼き締めパンと辺境の勇者のお話でもしようか。
昔々、ある朽ち果てた城に、水樽と幾らかの焼き締めパンしか持たずに置き去りにされた哀れな男がいました……」




