2-9 蜂退治
「くそ、間に合え」
だが慎重に戦わねばならない。
相手はとんでもない飛び道具付き、しかも強力な毒針を飛ばしてきやがるのだから。
また再生能力も持つ手強い相手であり、まるで信長の鉄砲隊を至近距離で相手にするかのような戦いなのだ。
そして林の中を駆けた俺の眼に映ったものは、無数の胸が悪くなるようなハム音を鳴り響かせた巨大蜂の群れが埋め尽くした空間と、絶望の表情を浮かべた子供達だった。
その前に年長の男の子二人が棒きれを持って立ち塞がるが、おそらく何の役にも立たないだろう。
だが、その蛮勇とも言える勇気ある姿は、俺の闘争本能に熱く火を点けてくれた。
畜生め、やってやるぜ!
気合の乗った俺は大きな声で叫ぶ。
「おーい子供達、今からお前達を穴に落とすから、心構えをしろ」
「え?」
「は?」
いきなり見ず知らずの男からそのように言われて、皆一様に鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔で、一瞬蜂の事も忘れてしまったかのようだったが、次の瞬間に悲鳴が響いた。
俺が瞬刻の間に収納で掘った穴へに落としたからだ。
そして、その上を巨大な鉄板で瞬時に何枚も覆った。
例の黄鉄鉱から硫黄を取った残りから鉄を取り出して、こういう退避シーン用に収納を用いて分厚く板状に切り取って作ったものなのだ。
ステーキと一緒で、防御用鉄板は分厚い方がありがたい。
ザムザ戦で自分の防御の薄さに懲りたからな。
蜂の針の凶悪さがどれほどのものかわからないので、今度は厚さ十センチの鉄板の蓋を奢ってみたのだ。
こいつに空気穴はつけていない。
そこから針を撃ち込まれては困るからな。
早く決着を付けないと子供達が息苦しくなってしまうだろう。
蜂どもは今すぐに食い殺せるはずだった獲物を見失い、見事なほど右往左往して騒々しい羽音を奏でている。
「それ、蜂ども。あばよ」
そう言って俺は、手の先を奴らに向けてヒラヒラさせながら足元から落下した。
得意の収納スキルによる、穴掘り型高速地下エレベーターだ。
俺が落ちている訳ではなく、足元の土を収納していくので、俺の体が自然と沈み込んでいくだけなのだ。
当然上には同様の厚い鉄板の蓋をしてある。
そして怒り狂った蜂がそこに集まっているのをいい事に収納で穴を掘り進み、五十メートルほど降りたあたりで竪穴から横穴へ切り替え、そして今度はまた竪穴を通って地上付近まで出た。
まるで大昔の国産家庭用ゲーム機が始まったばかりの頃の、地中で怪獣と戦うアーケードゲームの一つみたいだな。
あれは家庭用ゲーム機にも移植されて大人気だった。
生憎な事にそのゲームとは違って、怪獣は土の中じゃあなくって地面の上以上の場所にいるんだが。
「なあ、エレ。
この上に奴らはいるかい?」
「大丈夫だ、今はここにはいないよ。
それが奴らの習性なんだ。
そっと頭を出して見てごらんよ。
さっきの場所が物凄い事になっているから」
そして地面の上に小さな穴を開けて様子を伺い、大丈夫そうだったので穴を広げてそっと頭を出した。
そして五十メートルほど先のさっき俺が地面に潜りだした場所では、それはもうエレの言うように凄い光景が広がっていた。
奴らはもう子供達には目もくれずに、俺が籠った穴目掛けて機関銃のように弾ならぬ毒針を凄まじい速度で打ち込んでおり、分厚い鉄板がハリネズミのようになっていた。
いや針の絨毯といった方がいいか。
下まで貫通していないようなのでよかったな。
「うへっ」
昔、蜂の巣退治をやらされて、ちょっと失敗してかなりの数の足長蜂に取り囲まれて閉口した嫌な思い出が湧き上がってきたが、そっと心の中でそいつにも鉄板の蓋をしておいた。
「あいつらはね、自分達を攻撃してきた奴を絶対に許さないから、むやみに手を出しちゃいけないのさ。
あんな感じに総攻撃してきて、他の事には目もくれなくなる。
お蔭で子供達も君も完全に安泰さ。
あれはこの蜂相手には、なかなかいい対応だったと思うよ」
「俺は蜂さんが苦手なんだよねっと。
そら魔物どもめ、これでも食らいな」
蜂達は風切り音と共に降りかかる、無数の小型槍の雨に貫かれて、地面に槍もろとも突き刺さった。
無数というか、ほんの十万本だ。
蜂も這い出る隙間もないとは、まさにこの事。
まあ蜂とはいえ、あれだけ大きな図体していれば槍でも刺せてしまうな。
槍なんかは、こういう使い捨ての物量戦にていつでも使えるように大量に用意してあったのだ。
そして蜂どもは貫かれながらも、まだ毒針を放っていた。
俺はそれらのあちこちに突き立った毒針を全部収納しておいた。
また何かに使える事もあるのではないだろうか。
さすがにザムザレベルの相手には効かないのだろうがな。
死んだ蜂も次々に回収できたので、見たところ数は約半分に減ったようだ。
さすがに再生力が強い魔物も、あれだけ密度高く槍を撃ち込まれてしまえばな。
残りは槍の集中豪雨の射程外に逃れたものらしい。
しかし連中ときたらまたそこへ集まって来たのだ。
これはもう奴らの本能としか言いようが無いのだが、本日はそれが奴らにとっての致命傷となった模様だ。
俺はもう一度物騒な雨を一頻り降らせ、その数をさらに半分に減らしてみせた。
そして気がついたのだ。
例の物騒なハム音を立てて、今にも蜂の大集団のお替りを出そうとしていたそれ、蜂の巣の存在に。
「これが蜂の巣タイプのネスト!?
もしかしてあの魔物穴の時も、地下にこんなような物があったというのだろうか」
それはなんというかSF的な外観を持つものだった。
暗黒の宇宙と繋がっているかのような深淵の貌。
本物の蜂の巣とは異なり、木にはくっついているものの薄っぺらく、直径はニメートルほどの小さいもので、暗黒朝顔とでもいった趣だろうかか。
あるいは平たいパラボラアンテナみたいな形状をした前衛芸術。
何かこう、映画なんかでワープに入る宇宙船の周りがグルグル回るかのような感じに、この世の光と魔物界の闇が混ざり合って風車のように回っているかのように感じる。
実際にその光と闇のコントラストは回ってはいなかったのだが、見ていると何故かこっちの意識が回ってしまいそうな気がするのだ。
そして試してみた。
そうあの大型ネストの時と同じように。
「収納」
そして、それはくっついていた木から引き剥がされるかのような感じに、俺の収納に取り込まれた。
収納できてしまったので、少なくともアレは魔物を生み出す生き物ではないようだ。
どこかの世界から魔物を呼び込むゲートであるものか、あるいはやはりダンジョンのように魔物を生むポップ・スポットであるものか。
「あれま、出ようとしていたらしい奴らも収納できちまった。
あの時収納して土の間から零れ落ちていた奴らは、もうネストから出てきちまった後の奴なのかな。
すると、あの俺の収納で回収した土の中にまだ内部で魔物が蠢いているネストがまだ存在するのかもしれない」
あの時、あの土で埋め直さなくてやっぱり正解だったか。
これで奴ら蜂の援軍はもう来ない。
俺は器用に、奴らを串刺しにしていない槍のみを回収し、更に密度高く槍の雨を降らせ、残りの奴らをズグズグにしてやった。
そして俺は無事にすべての蜂を回収する事ができた。
なんと、この蜂にも魔核が入っていた。
魔核のある魔物は簡単に倒せないとは、こういう風に再生する機能があるって事かな。
もっと格上そうな狼には入っていなかったから、魔物の魔核のあるなしの基準がよくわからないな。
まあ手強い連中ではあったが。
「どうだい、エレ」
「ああ、お見事だ。
奴らは見事に全滅したよ。
お疲れ様、君には我ら精霊からモグラの勇者の称号を与えるよ」
「へ、そいつはまた悪くねえな」
そして俺は同じくモグラ状態の子供達を救出しにいくために、モグラ穴から這い出した。




