2-8 蜂の巣はいろいろ美味しいのです。ハチミツや蜂の子でいっぱいの山の幸(食べません)
俺は過ぎゆく風景に心を任せながら、ゆったりとペットボトルの御茶を口にした。
ショウの奴も、同じように御茶のペットボトルを持っている。
スポーツドリンクはよいものだが、飲み過ぎると体によくないと言ってやったので。
それにスッキリとした日本茶の飲み味が、優秀な商人の心の琴線に触れたようだ。
ここの夏は日本のように殺人的に蒸し暑くないのでいいのだが、やはり夏が暑いのは変わりない。
空に月は二個なのだが、太陽は一個だけで助かったな。
あれは空に浮かぶというか、この星系の中心に鎮座ましましている巨大な核融合炉なのだから、あれで連星だったら堪った物ではない。
夜は幾千の彼方に輝く命の煌めきと、二つの暖かく見守ってくれる眼を持つが、昼の父なる溶鉱炉はただ一つ。
冬にはそれも愛おしい命の暖炉でもあるのだが、今は夏なんで溶鉱炉の季節かな。
何が言いたいかと言うと、要するに屋根がない荷馬車なので暑いというか、思いっきり熱い。
エアコン付きのオフロード車が欲しいぜ。
ついでに、助手席のすこぶるつきの涼し気な美貌の美女もオプションでお願い。
今度は馬車用に幌でも作ってもらうとするか。
「ショウ、次に止まる村はどこなんだい?」
「そうですねえ。
昼食を一回、休憩を昼前と昼から一回ずつのペースで行く予定です。
フォミオが頑張ってくれていますから時間に余裕がありますが、どこでもそう変わりませんし、今回は僕がいつも馴染みのところなんかを中心に行きましょう。
商売で回っていますので定期で回ったり一回おきに行ったりするところもありますが、まああなた方にとっては慣れない旅なので、比較的僕の顔の利く感じのところで滞在するようにします。
ペースによっては先に進んでしまうのもよいですし、その辺は道の状態や混み具合などもあります。
それによって、この馬車の性能がどれだけ引き出せるかにもよりますので」
「ああ、任せた」
いやあ、ガイド付きの旅行はいいねえ。
気ままな自由旅行というのも悪くはないのだが、それは僅かな金で世界中を楽しく旅できる、快適な地球世界でやるに限る。
こっちでは交通機関さえ自前で用意しないといけないんだから、優秀なガイドがいてくれるなら言う事なしさ。
やる事もない俺は暇なので、道中の道行きを観察していく事にした。
確かにこのベンリ村の周辺は森や山が少ない。
しかし、それは裏返せば平地が多く、有効利用可能な土地を十分持っているという事だ。
付近に比較的大きめな川も有り、畑も多く作られ、村を広げる余地もある。
その代わりに村を支えてくれる燃料となる薪は少なかったりするので、その需要が周辺の小村を潤したりもするのだ。
穏やかで長閑で、時折近くの村の人間なのか何かの作業をしているのが見受けられる。
手を振ってあげると、気付いたら手を振り返してくれる。
いいねえ、田舎って奴は人も風景ものんびりしていてさ。
この世界のどこかに本当に魔王なんて者がいるものなのか、俄かには信じられない。
でも、あの宗篤姉妹が逃げ出すような現状が、そしてあのザムザのような奴が俺を殺そうとした事態が、この世界の紛うことなき現実なのだった。
やだやだ、殺伐としちゃってさ。
日本へ帰れないと言うのなら、せめてのんびりと生きたいものだ。
せっかく社畜の身分から解放されたのだからな。
俺の場合は、それが必ずしも幸せというわけでもないのだが。
そして一回小さめの村で休憩した後で御昼御飯を食べる村へ向けて出発した。
それなりにいいペースで来られたので、ゆっくりできるだろう。
そこがショウのお勧めの昼食スポットだ。
そこからはしばらく行かないと大きな村がないらしいし、そっちには夕方までには着けるようだ。
やがて緩やかな起伏を越えると、少し先に大きめの林が見えてきた。
「あの林を越えると村がありますので、そこで休憩にしますか」
「そうだな」
だが俺の頭の上でのんびりしていたエレが、突然飛び上がって叫んだ。
「魔物だ」
「何ー」
またかよ!
俺とショウは慌ててエレが見ている方向を見たが何も見えない。
「どこだ」
「林の中、これはたくさんいるねえ。
ははあ、さてはあの中でも【ネスト】が湧いたね。
勇者召喚の影響なのか、この前のザムザの力なのか、あるいは魔王の影響がここまで及んだものか。
しかもこれは」
「これは?」
「蜂の巣だ」
俺は軽くズルっと荷馬車の上でズッコケた。
「あのなあ、てっきりあの魔物穴が湧いたのかと思ってびっくりしたじゃないか。
エレ、脅かすなよ」
「いや、基本的には同じ物だよ。
君の頭の中に浮かんでいる、君の言うところの『生物学的なハニカム状の蜂の巣』なんかじゃあないんだ。
あれは、あのネストの小型版さ。
特に蜂の巣は、特殊な蜂系の魔物を大量に延々と湧かせる代物なのさ。
あれは結構性質が悪いよ。
こいつは大型のカラス蜂だ。
全長四十センチほどの肉食魔物で超強力な毒を持ち、すぐに再生する厄介な大型の毒針を魔法の力で放ってくるから凄い威力さ。
そいつのせいで、当たり所が悪いと命中しただけで死ぬ人もいる」
「何ー、カラス蜂だと~!」
あの世界凶悪毒持ち生物ベストテンに堂々とランクインしている悪魔のような殺人生物、悪名高い日本国産魔物のオオスズメバチが、名前比べだけでも可愛い蜜蜂みたいに見えてきそうなレベルの凶悪さだな。
なんというか、先の尖った貫通力の高そうな弾に致死性の猛毒を塗った連発式ライフルを装備したような、毒針付きのカラスの群れを相手にするようなものだ。
「切ってもあっさりと体が再生するので、細切れにしてやるか潰すか燃やすかくらいしないと倒せないぞ。
君の有効な武器は槍と火焔武器かな。
だが、へたに強力な奴を使うと、村の生活を支える林が吹き飛んでしまってえらい事になる。
どうする?
ちなみに、更に悪い事に今現在、薪拾いに来ている幼い子供達が十人ほど奴らに囲まれて風前の灯だ。
絶対に逃げられない楽な獲物なので、今は舌なめずりをしてじっくりと取り囲んでいるところさ。
もう一度聞こう。
どうする?
子煩悩な勇者のカズホさん。
子供達を助けるか、それとも見捨てて逃げるか。
カラス蜂の大群、その数およそ八百。
しかも援軍はネストからいくらでも湧いてくるときたもんだ。
そっちの二人は戦えないし、へたに巣を突いてこっちへ向かってきたら、これまた大変な事になるよ」
「げ!」
俺の脳裏には、あのマーシャとアリシャが狼に囲まれていた時の姿が浮かんでいた。
そして魔物の恐怖に震える十人の幼い子供達だと。
本来であれば、連れの二人の命を優先して逃げ出すべきなのだが、俺はもう心を決めていた。
俺はそのまま二人の方に振り向いて目で問うたが、彼らは黙って頷いてくれた。
「行ってください、主。
子供達を助けてやって」
「カズホさん、ご武運を。
我々がいたら足手纏いになってしまうでしょうから村へ退避し、魔物出現を報せに行きます。
村へは歩いてすぐですが、子供達が歩けない状態なら呼びに来てください」
「わかった。
すまんな。
本来なら見捨てて逃げるのが正解なんだが、俺的にはどうにもこうにもな」
「何を仰いますか、我らの勇者カズホ様が。
いってらっしゃい」
ショウは眩しくなるような信頼を込めた笑顔で見送ってくれた。
エレはこっちへ残ってくれた。
戦闘はこいつと組まないと俺が不利になるからな。




