1-8 追放処分
「おい、あいつランクレスなんだってよ。
とんだ落ちこぼれだあ」
「一粒万倍日って一体なんだよ、ププっ」
「いるんだよな、どこにでもハズレ者って奴はよ」
そのような俺よりも若い、ヤンキーのような格好をした連中の露骨な嘲り声が幾つも聞こえてくるので、ついチラっとそいつらを見たが、やはり見なければよかった。
嘲り、見下し、小馬鹿にした奴らの表情が、一転して真っ暗になった俺の心に突き刺さる。
くそう、お前らだって勇者や宗篤姉妹に比べたら、どうってことないような格下スキルだろうに。
日本に帰れば、まともな生活もしておらず、ただのチンピラに過ぎないような連中だった。
他にも俺を蔑んだ目で見ている、偉そうなおっさんなんかがいた。
日頃、役職や社会的地位なんかを鼻にかけているような人達だ。
うちの会社にもそういう人間は一定の数がいたし、学生時代のバイトをしていた店なんかにも必ずいた人種だ。
だが王は彼らを有用な人間として連れて行くだろうし、俺は見捨てられてしまうかもしれない。
全部で六十人もいる中で、よりにもよってこの俺だけが、スーパースキルの持ち主どころではない、ただのランクレスなのだから。
もしかしたら王城に居場所すらないかもしれない。
俺は顔から血の気が引いていく音を聞いたような気がしていた。
ここは俺も、例のスライディング膝着きで王様にすり寄っておくべきシーンではないだろうか。
だが運命は非常だった。
そのような事を実行に移す余裕さえなく、王様は向こうから近寄り、俺に静かに話しかけてきた。
うわ、こいつは緊張するなあ。
リストラのために人事部長に呼び出された窓際族のおじさんみたいな気分だぜ。
「お前、名は?」
「ははっ。
麦野一穂と申します!」
直接こんな権力者と正面切って対峙したならば、やたらとへりくだる自分を止められない。
まるで見た事すら一度もない、自分の会社のオーナーか誰かに会うような異様な感覚だ。
体が段々と冷たくなっていくのを感じる。
俺がこの国の国民なのだったら、この人と真面に会う事すら出来ないほどの雑魚にあたるだろう。
今の俺の立場はそれくらい、いや余所者だからもっと悪いのだろうな。
「お主のスキル、何かに使えるものなのかのう」
「あ、えーと。
そのう、よくわかりません」
よくわからない内容を迂闊にハッタリかましたら、後でバレたら死刑になるかもと思うと先程の胡乱な考えも虚空に消し飛んだので、ここは正直に伝えておいた。
彼は両の目を瞑り、軽く面を伏せがちにして静かに判定を下した。
「そうか。
やはり使い道がないような役に立たないものなのじゃな。
麦野よ。
このスキルというものはな、実はそれを持つ当の本人には使い道がよくわかるものなのじゃ。
それがわからぬという事はじゃな、そのつまり」
王様も俺に同情するかのように言葉を途中で切って、再び目を伏せた。
俺は思わず苦痛に顔を歪めて他の日本人の方も見たのだが、皆悲しそうに頷いて王様の言葉を肯定してくれた。
むろん、俺を見下している三分の一ほどの連中は、にやにやと楽しそうにその様子を見ていた。
ええー、待って。
それちょっと待って、お願い!
「済まぬが、おぬしはここへ、この場に置いてゆく。
わしも大変心苦しいのだが、有用なスキルを持つ者以外を国の税金で養うわけにはいかぬ」
うわあ、王城どころか馬車にさえ居場所がありませんでした~。
「え、だって、だって王様。
『具合を見て褒美を取らせ、召し抱えるように取り計らおう。
扱いも非常に丁重な物になる事であろう』
って」
自分で言っていて虚しいと思いつつも、俺は必死で縋った。
だが、これはもう決まってしまった事なのだ。
この国最高の権力者である王様が決めた事なのだ。
ただ、もう言わずにはいられなかっただけなのだ。
「だから具合を見てと言ったであろう。
それに済まぬと言ったはずじゃ。
王は滅多な事では謝ってはならぬ者、しかしそれでもそう言わねば気が済まなかったのじゃ。
そのようなわしの気持ちも汲んでおくれ。
必要がないからと言って、お前を無下にこの場で殺したりなどはせぬし、ずっとこの国にいてもよい。
あとは頑張って自分の力で生きるがよい。
誠に残念じゃが食い物も金もやれぬ。
力のないわしを許しておくれ。
それでは、さらばじゃ」
そんな、そんな、そんな殺生なあ~。
む、無理でしょ、何の庇護もなくこんな世界で生きていけって。
一文も寄越さずに、こんな荒れ城に放り出していくというのか。
ハロワはどこよ、バイト情報誌やコンビニバイトの口は~⁇
そして、それっきり王は二度と振り返らず、毅然とした態度で胸を張り広間を出て行った。
御付きの騎士? なども皆それに続き、日本人を含めた彼らは無情にも俺にはもうそれ以上構わずにさっさと行ってしまった。
誰一人残ってはいないし、去り際に声もかけてくれなかった。
日本人達も反応は色々であった。
視線だけで同情する者、何と言ったものかという感じで俺を見ながら少し逡巡してくれる者、先程と変わらず嘲りの視線をくれる者、自分のこれからの生活に手いっぱいで俺なんかに無関心の者。
誰一人、「あの人も一緒に連れて行ってあげましょう」と言ってくれる人はいなかった。
彼ら自身も武装した兵士にせっつかれていたのだし。
ここへ来るまでは、比較的親し気に言葉を交わしてくれていたような連中も皆、俺の事を見ないように気まずそうに顔を背けたまま出ていった。
誰だって、この状況でお荷物になる人間なんて背負いたくはないからな。
ただでさえ神託の勇者に比べたら危ういような、些些たる自分の立場が更に悪くなるだけなのだ。
元々、ただその場に居合わせただけの赤の他人同士なのだから、当たり前といえば当り前なのだが、それにしても無情だった。
これが他の人間がそうなったというのであれば、この俺だって必ずそうしただろうから文句も言えない状況だった。
もし助けてくれなんて事を彼らに言えば、罵りや嘲りが具体的な形となって跳ね返り、俺自身が更に傷つく羽目になった事だろう。
それはわかっていたから、俺も大人しく貝のように黙っていた。
あの二人も、もう俺に構ってくれるどころではない。
まだ十代の姉妹二人して、異世界の魔王とやらと戦う最前線に赴かなくてはならなくなったのだ。
さすがの豪傑采女嬢も表情は硬く顔色も悪かった。
もうすべての音も声も彼女達を通り過ぎていってしまっている状態だ。
俺はそっと彼女らの後をついていき、見守る事しかできなかった。
彼女は馬車に乗る時も兵士に無理に引っ張られながら、妹だけは決して離すまいといった感じに強く抱き締めて離さなかった。
俺自身はただ茫然として、連中が退去していくのを見ているだけで、彼らも俺の事を空気か風景のように扱った。
中には苦しそうな顔で、俺から目を背けている人なども少なからずいた。
彼らがそうするしかないのはわかっていたし、俺もまた、ただそれを声もなく見送るだけだった。
四頭立ての、質実剛健な雰囲気だがそれなりに豪奢な馬車も、俺には無縁の物だった。
馬さえも、嘶く事が憚られるとでもいった感じに口数は少なかった。
そして蹄鉄と車輪が奏でるシンフォニーは、ただただ無情に遠ざかっていったのだった。
だが俺は、すべてが過ぎ去り静寂に身を委ねてからも、その場を離れられなかった。
心も体も魂も固まっていた。
その場に立ち尽くしたまま、ショックのあまり彫像になったかのように二時間ほど茫然としていた。
そして、やがてポタリポタリと床に落ち出した雫が、心にかかった石化の呪縛を解いた。
やがて震え出し、小さな子供の用に喚きだした。
「見捨てられた、こんな何もない場所に、たった一人で。
何一つ持たされずに。
畜生、チクショウ、ちくしょう……」