1-71 魔将軍ザムザの最期
ザムザの奴は本性丸出しでその目を真っ赤に光らせて、肉食昆虫独特の表情で高笑いを響かせ、己の無敵さに酔いしれていた。
俺は絶望の只中でそれと対峙し、奴相手に無謀な覚悟を決めた、まさにその瞬間。
何かが光った。
そして奴が放した鉄板が大音響を放ち、竪穴の中を急遽絶望の闇に閉ざした。
「なんだ今の光は!
くそ、もしかして奴のなんらかのスキルが使われたのか」
俺は無駄と知りつつ、穴の底から足元に高速で土を盛り、奴との決死の戦いのために上へと急速上昇した。
そして蓋の鉄板を収納してから地上に上がり、自爆覚悟の超大型メテオレインの攻撃を仕掛けようとした時、そこで俺が見た物とは。
『縦に真っ二つになったまま、まだ笑いを止められなかったザムザ』の姿だった。
「はああ!?
お前、一体何がやりたいんだ!」
俺は混乱して叫んだのだが、よく見ると笑いを張り付けたまま表情を変える事すらできなくなっていて、その中で奴の眼だけは恐慌に陥っていた。
どうやら遊んでいる訳ではないらしい。
そして次の瞬間に、奴の体はまるで一筆書きのサインのように横に斜めに切り裂かれていき、その軌跡はすべて真っ白といっていいほどに輝いていた。
「これは、まさか!」
もしや、空間ごと奴の体を切り裂いたのか。
そのような事ができる人間といったら!
「ごめんなさい」
上空から声をかけられて仰ぎ見れば、采女ちゃんが空中に浮かんでいた。
その手に大事そうに抱えた佳人ちゃんが、まるでその手で今まさに何かを切ってみせましたと言わんばかりのポーズで、前に両手を差し出していた。
姉に抱かれて空から気配を隠してザムザの後ろに忍び寄って、彼女がスキルで不意打ちを食らわせたらしい。
そして、後ろの采女ちゃんが前に片手をピシっと掌を前に向けて差し出した。
う、そのポーズは~!
多分間違って食らおうものなら絶対にアカン奴だ。
「お願い。
早くそこから離れて、麦野さん」
俺は采女さんの言葉を聞く前から、大慌てでくるりと回って全力疾走していた。
お姉ちゃんの方が何かやるという事は、きっとアレだ!
「三つのスキルのうちのもう一つの奴」に決まっている。
そして案の定、凄まじい地上での雷鳴が大地を劈いた。
俺は走るだけ走ってから蹲って耳を抑えていたが、そんな物は無駄な努力だった。
どうやらそのまま無様に転がって失神していたようで、気が付くと誰かに揺り動かされていた。
「ごめんなさい、少し雷撃の威力が大きかったかしら。
でもザムザが復活しないように焼くならあれくらいしないといけなくて。
本当の怪物なの、あいつは。
それにもう一つごめん。
麦野さんを思いっきり囮にしちゃった。
麦野さんを見つけたけど、しばらく声をかけずに監視していたのよ。
あいつが来るまでの間、ずっとね。
あいつ、ザムザは本当に用心深くて。
奴が獲物を追い詰めて油断しきったところしか倒すチャンスはないと思ったの。
もう隠蔽の魔道具を最大出力で使って息を潜めていたわ。
失敗したら今度こそやられてしまいそうだったし。
もう精神状態がギリギリだったわ。
今までも何度もやりあったけど倒せなくて、あちこちを追い回されながら、ようやくここまで来れたの。
もうこっちの精神も体も疲労困憊して持たないと思っていたところで、まさかの千載一遇の大チャンスに出会えて本当によかった」
まだふらつく頭を抑えながら振り向けば、未だ抱き合ったまま震えている宗篤姉妹が済まなそうに、半分泣きそうな顔でこちらを見ていた。
この二人は王国に追われ魔王軍にも追われ、今もあの不死身に近い化け物に追われていたのだ。
可哀想に。
囮になるくらい安いもんだ。
おかげで子供達やフォミオも助かったのだし。
「そんな顔をするなよ。
君達は正しい。
俺達に魔王軍なんかとやりあう義理なんざねえ。
まあ今日のところは、向こうから喧嘩を売られたんだから仕方がねえが。
いやー、魔王軍の幹部って物凄いな。
やりあって勝てる気がまったくしねえわ。
ありゃあ反則だろう。
なんで必殺の奥の手である、本物の隕石ぶちかましのメテオレインが通用しねえんだよ。
マジでパネエわー」
だが、そんな俺のボヤキを聞いて、二人はようやく少し笑ってくれたようだった。
「麦野さんも結構頑張っているのね。
あれは結構な威力だったわよ」
「ああ、ああいうのが通用するのは、魔王軍に合流する魔物を生み出す歴史的大きさの魔物穴くらいのもんだわ。
そいつだけは派手に粉々にしてやったけど」
すると二人は目を丸くして言った。
「えー、凄い功績じゃない。
よっ、勇者麦野様」
「よしてくれよ。
そういや、あの高校生勇者の小僧はどうしてた?
なんかショボイような奴だったが」
「ああ、あの子ね。
それがもう魔王軍相手にブルっちゃってさ。
まあ本人が戦う訳じゃあないんだけど、護衛のおじさんに『しゃんとしろ、お前がそんなだと味方の士気にかかわる』って、いつも叱られていたわよ」
「あっはっはっは。
相変わらずだな、あのおっさんも小僧もよ。
まあ本家勇者がそうなんだから、このはずれ勇者の麦野様なんか、このくらいヘタレで十分なのさ。
そうでないと勇者の価値そのものが下がる」
そしてエレがふらふらと寄って来た。
「いやあ、今回ばかりはもう駄目かと思ったわー。
勇者の姉妹、あんた達もなかなかやるじゃない」
だが彼女達には聞こえていないようだったので、エレは首を竦めて俺の肩に止まった。
「なあ、君達はこれからどうするんだ?」
「あの神殿を切ってみたいの。
そうすれば空間を切った事により、私達の世界へのゲートが開くかもと思って」
「うーん、そいつは難しい。
あの王様は嘘を言っていないんだ。
あの俺達が呼ばれた通路はな、大昔に異世界、おそらく俺達の世界から軍勢が攻めてきた時に向こう側からこじ開けた古い亀裂なんだ。
そういう通路は一方通行なのさ。
そいつを儀式の力で開放して召喚を行っているんだ。
あの砦はその軍勢と戦った後だから、それが出来る。
内部にはその時に付けられた無数の戦いの傷跡が今でも残っているよ。
あそこからは、理論上帰れないはずなんだ」
「そんな……それだけが頼りだったというのに。
じゃあ私達はどうしたらいいの」
「まあ、方法は必ずしもないわけじゃあないんだ。
俺が知るところによると帰還のための可能性は二つあるし、他にもまだ方法はあるかもしれない。
一つは、この世界には精霊というものがいてな、その中に大精霊という奴がいるんだそうだ。
精霊にも彼らがどこにいるのかわからないそうなのだが、彼らならあるいは何か知っているかもと。
俺も知り合いの精霊に頼んで訊いてもらっているんだが、今のところ望みは薄い」
真剣な表情で聞いていた彼女達も難しい顔をしている。
そうだな、精霊が見えないんじゃどうしようもないよな。
「もう一つは、こちら側から開けたゲートが世界のどこかにないか探す事だ。
こいつはまるっきり根拠がない話だが、向こうから開いたんだからこっちから開けない事もないだろうという事さ。
こちらから攻めた事がもしかするとあったかもしれないし、誰か勇者がスキルで帰り道を開いた跡が残っているかもしれないという、何の確証もない、あくまで想像上の希望だ」
「うっわあ……考えただけで気が遠くなるような道ねえ」
俺は彼女の溜息に同調して頷きつつ言った。
「それでも可能性がゼロよりはずっといいさ」




