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1-70 対決

 そして俺達が大神殿への山道に辿り着く前に、そいつは腕組みをしたまま、すーっとすぐ目の前に降りてきた。


 フォミオが観念したかのように止まった。

 もとより逃げ切れるはずもないのだが、それでも諦めて殺されるわけにはいかなかった。


 冷えた時間が空気をも凍らせそうな、激しく拡張する時間の中、俺は奴を必死で観察してみた。


 滞空中のその体躯は人間サイズで、人の体の上に蟷螂の不気味な頭が戴冠している。

 むしろ、その評判の割には細身とも言えるその体だったが、そんな見かけに騙されるもんか。


 その禍々しい身骨から垂れ流される夥しい妖気は、まさしく禍つ神がその姿を取ったかのようだった。


 腰に下げた、まるで邪神でも崇めている連中が持っていそうな感じの、妙な邪悪な感じの装飾のついた剣は何か強力そうな武器だった。


 刀身も、邪悪そうにくねった感じに波打つかのようで、どう見ても真面な剣ではない。

 何か相手を苦しめるような効果を持つ特殊な剣に違いない。


 死んでも、あんな物で切られたくねえぜ。

 あの世に行っても魂の安息が得られないほど呪われちまいそうだ。


「ほお、あの二人の女を捜して追ってきて、あの神殿が怪しいと思い召喚の地までやってきたが、見つかったのはこのようなハズレ勇者と薄汚い裏切り者の下っ端だけか。

 俺とした事がとんだ無駄足だった」


「そいつは御愁傷様だったな、勤勉な魔王軍大幹部様。

 御苦労様な事だ。

 早くうちへ帰って一杯やってくれ」


 だが返って来たのは、やや昆虫質の耳障りな甲高い哄笑と侮蔑の籠った『笑顔』だった。

 蟷螂顔のくせに人間っぽく笑うなよ、超不気味だぜ。


 フォミオの奴は可哀想なほど震えており、縮こまってそのでかい図体で荷馬車の蔭に隠れようとしている。


「そうだな、それは人間にしては気の利いたナイスな提案だ。

 だが、そいつはお前らを嬲り殺した後にするとしよう。

 その後で、生意気にもここで監視などしているらしい目障りな村も消していこう。


 自己紹介が遅れたな。

 俺はザムザ・キール。

 今でこそ魔王様の直命を受け諜報などの部署に甘んじておるが、元々は強大な魔物軍団を率いる魔将軍の座にある。


 またの名を残虐王ザムザ。

 これはお前達人間がつけてくれた陳腐な二つ名だが、それすらも我ら魔人としてはなかなか誉なものよ」


 くっ、もう俺には守れないのか、あの大事な人達を。

 俺の脳裏にチラチラと、あの子達や村のみんなの顔が浮かんだ。


 だが、やれることはやっておくか。

 一人だけ逃げるわけじゃないが、俺は走った。


 フォミオは震えながらもついてこようとするが、俺は走りながら軽く手で制した。


 それで彼には理解できただろう。

 俺が奴と決死の戦闘を始める覚悟を決めたという事を。


 奴ときたら余裕綽々で、俺が奴の宣戦布告に対してどんな反撃をしてくるのか高みの見物をするらしくて、のんびりと宙をゆっくりとついてくる。


 簡単に嬲り殺しにできる相手には飽いているのだろう。

 あっさり殺そうとはしてこない。


 目論見通りだ。

 こいつが残虐と評判な奴で助かった。


 相手の攻撃をあっさりと往なして心をへし折り、絶望のどん底に追い込んでから痛めつけるつもりなのだ。


 それだけが俺のつけいる事が可能な唯一の隙だった。

 俺は奴と十分な距離が空いているのを確認してから反撃に出た。


 そう、ザムザの脳天を大量の『隕石』が直撃したのだ。


『メテオレイン』


 そう、魔法でもなんでもない、夜空に輝く『流れ星』をぶちかました。


 毎晩目視で大量にそれを採集していたのだ。

 燃え尽きる前の真っ赤に燃える大気圏に突入中の隕石の雨を。


 俺は自分の足元を収納で削り取り、いわゆる軍隊で言うところのタコツボを一瞬にして深く掘り、その衝撃の余波である災禍を免れた。


 フォミオは、多分特技で姿を隠して山の上の神殿にでも逃げただろう。

 あいつは足が速いからもう離れてくれたはずだ。


 自分がいると俺の足手纏いになるのはわかり過ぎるほどわかっているからだ。

 俺は足元に土を少しずつ盛って、エレベーターのように穴の外にそっと頭を出して絶望した。


 あいつめ、湯気が立ちまくる小クレーター群の間からむっくりと体を起こして立ち上がり、ニヤアっと笑いやがった。


 ちくしょう、人間じゃあねえ!

 いやいや魔物、しかも魔王軍の大幹部なのだった。


「やべえ」


 俺はすかさず、地中に巣を作る種類の蜂の徳利型の蜂の巣を思い浮かべて奴の足元に大穴を作って落とし、奴に飛んで逃げられないように大量の黒色火薬と大量の導火線とパチンコ玉をぶち込んで重しにした。


 足元のエレベーターを収納で下げながら、その徳利に点火してやったので、おおよそ二千トンにも上る膨大な量の黒色火薬が地中で大爆発した。

 そして、すぐに破裂して地上へも閃光を放った。


 あれで倒せないんなら、今の俺にはもう万策が尽きた。


 超分厚い鉄板を二枚重ねにして蓋をして引き籠った俺の体を、地中を伝わる超振動と大音響が駆け抜けていき、俺はその波動の直撃に身動きも取れないまま、息も碌にできていなかったので軽くジタバタしつつ、全ての感覚を失って金縛りに遭っていた。


 よく爆圧で俺のいる穴が潰れなかったもんだ。

 一応は奴の徳利の周囲には大岩を配置しておいたのだが。

 その方が爆発もよく籠るだろうし。


 そして今俺がいる穴の上にある重厚そのものである、余裕でトン単位の重量を保持している蓋を、なんと誰かが剥がそうとしていた。


 まさか!


 フォミオの可能性もあったのだが、そのあっさりとかなりの重量物をどけてのける手際で、そうでない事を俺は、まるで現実のそれであるかのように耳朶を打つ絶望のマーチの中ではっきりと感じていた。


 それを打っているのは、たぶん俺の心臓だ。


 後は、あの硫鉄鉱から硫黄を抜いて、収納の能力で尖らせた鉄の塊をぶちかますくらいしか手がないが、それもきっとこの化け物には通じないだろう。


 絶対防御のスキルか。

 まさかこれほどまでの力であったとは。


 次の瞬間には片手で鉄板を軽々とこじ開けて天井の穴から覗く蟷螂が笑い、そしてこう(うそぶ)いた。


「残念だったな。

 俺は絶対防御のスキルを持っている。

 俺のスキルを破るのであれば、あの姉妹の妹の方のスキルが必要だが、生憎と奴らは腰抜けにも逃げ出した。


 俺と同じスキル持ちの姉の方が一緒なので少し荷厄介なのだが、なあにやりようはある。

 例えば、お前を人質にとって引き回すと言うのはどうだろうな。

 お前と奴らは知り合いあいだそうじゃないか」


「く、どうしてそれを!」


「忘れたのか、俺が今どこに配属されているのか。

 どうせ、あの間抜けなかくれんぼすのろから聞いているんだろう?

 人間の国にも魔王軍のスパイがいるくらい思い付け、頭の悪い奴め」


 くっそ、裏切り者が敵に情報を流しているのか。

 マズイ。


 こいつの事だから、俺の四肢を切り落とし、見せつけながら引き回すとか十分考えられる。


 もうこうなったら残虐な拷問にかけられて人質にならずに済むように自爆でもするしかないのか。

 でもこいつをそのままにしておけば、あの村が皆殺しになる。


 こいつの事だから、近隣の村も残虐にいたぶりながら皆殺しにした上で、その挙句に焼き払うだろう。


 くそ、そうはさせるかよ、絶対に殺してやるぞ。

 しかし、どうやって。


「くはは、貴様は面白いな。

 ここまで活きのいい人間は久しぶりだ。

 ハズレ勇者にしてはなかなかに立派な物だと、お前らの王に代わり褒めてやろう」


 俺が奴を睨みつける顔を見て、仮にも(残虐)王と呼ばれるお方から過分の御言葉を頂いちまったぜ。


「ありがとうよ、ザムザ。

 皮肉な事だぜ。

 選りにもよって、人でもないお前が初めて会うのにも関わらずそこまで俺を知り、このハズレ勇者たる俺を超絶に評価してくれるとはなあ。


 なんつーか実に感慨深くて、ありがた涙がちょちょぎれるぜ。

 生憎とあれは俺の王様じゃあないんだけどな。


 ついでによお、御褒美として今日のところは見逃してくれたりすると非常にありがたいんだがなあ」


 そして次回はスキル温存の状態で再戦して、なんらかの方法でこいつを地下深くに封じるという手もある。

 五十キロとか六十キロとか地底深くまで埋めてやったらどうだろうか。


 あるいはマントルの底にまで、それとも膨大な物理エネルギーを誇るマグマの海の奔流に放り込むとか。


「よし、それでは褒美としてお前を全身バラバラにした上で生かしておくというのはどうだ。

 魔王城には、私が作り魔王様に捧げた、そのような生きたオブジェで溢れておるぞ」


 駄目だ、エレが魔王に会うのは駄目といった意味がようやくわかった。

 こんな事を言っていやがるような奴が崇拝している『人間』なのだ。


 人間に対してもっとも残酷に振る舞えるものは悪魔でも魔人でもなく人間。

 そいつはもう世界を越えて古来より伝わる習わしなのだから。


 俺は穴の底で歯噛みしながらも、どうあがこうかと想いを巡らせていた。

 自分だけならもう完全に諦めたかもしれないが、あの子達の命をどうにも諦めきれない。


 ええいっ、俺が今まで死に物狂いで培ってきた営業魂を思い出せ。

 仕事は上司や得意先から駄目出しを食らってからが本番なんだぜ。


 魔王軍幹部がなんだあっ。

 こっちは天下のハズレ勇者様なんだからな。


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