1-62 子供達、初めての村へ
やがて子供達は目を覚まし、むっくりと起き上がって来た。
おチビさんの本能が告げているのだ。
これから未曽有のお楽しみが始まるのだと。
『アウトオブ辺境の砦村』行きの荒れはてた道は、あの村の人間や、今回のような召喚儀式の関係者でもない限りは隣村より先に進まないため、あまり整備もされていない道だった。
その焼き締めパン村から、うって変わった文明地域、それがこの隣村であったのだ。
そこを人生で初めて訪れる経験なのだ。
二人の子供達の興奮の熱気が大気を震わせているのが感じられる。
ああ、あのモールスさんは、お仕事で近隣の街からアルフ村まで馬を飛ばして来ていたっけな。
そして入り口に打ち込まれた丸太には、こう書かれた看板が打ち付けられていた。
『ベンリ村へようこそ』
……これ絶対に日本人召喚勇者の誰かが名前を付けたのだろう。
焼き締めパン村の正式名よりも、この村の名前がアレというのは、これまた輪をかけてアレな状相だった。
この前は歩きだったので疲れ切っていて、俺もこの看板が目に入っていなかったみたいだな。
あの村の住人は誰もが、この村の事を隣村と呼ぶ。
ここ以外に、あの焼き締めパン村の隣にある村はどこをどう探してもないからだ。
まあ確かにこの村って便利ではあるのだがなあ。
そういや、あの靴屋の親父はアルフっていったなあ。
以前は絶対に焼き締めパン村ことアルフ村の住人だったに違いない。
あの村で靴屋をやっても誰も靴を買ってくれないかもしれないので、こっちで店を開いたんだろう。
きっと幼少の頃は靴に不自由していたものに違いない。
ここなら、あの最果ての村でも靴が欲しい人は、ここまで徒歩で買いに来てくれるから特に問題ないしなあ。
うちの子供達は目を輝かせて辺りを見回し、そしてベンリ村の子供達は、うちの従者を追いかけるように韋駄天壱号と一緒に走り出していた。
いやあ、やっぱりうちのフォミオは面白いよね。
彼らもフォミオも、みんな楽しそうなのでよかった事だ。
何しろフォミオが子供に嫌われちゃうとなあ、後々が辛い。
この韋駄天壱号を運行できないと、俺がここまでやってこれなくなるじゃないか。
せっかくこんないい物があるのに、もう片道二十キロも自分の足で歩くのは嫌なのだ。
「とまーれー」
まるで競馬のパドックの号令みたいな俺の掛け声と共に、韋駄天壱号は隣村のメインストリートの商店街前に停車した。
「終点、終点~。
終点ベンリ村メインストリート前です。
お降りの方は、お足元にご注意してお降りください」
などと言ってみたが、全員まったく聞いていなくて軽やかに次々と飛び降りていった。
これだから村人はよ。
もう、せっかちだなあ。
バスの運転士ごっこも碌に楽しめやしねえ。
せっかく滅多にいないほど乗客がいっぱいいたので、日本気分を味わおうと思ったのにさ。
いっそここで村間乗り合い荷馬車でも経営するか。
料金は物納でもオッケーよ。
「ねえ、お父さん。早くー」
「はやくー」
せっかちな娘達に両側から腕を引っ張られて、カイザがガクガクと体を揺すられていた。
「はは、わかった、わかった。
じゃあゲイル、また村の食堂でなあ」
「ああ、ありがとう。
早めに着けたのでゆっくりできそうだ」
そしてまた、フォミオも隣村の子供達に大人気だ。
もう彼らが周りにまとわりついてきていて、そしてそのフォミオの長くて大きな手は子供達の頭を撫でるのに似つかわしいものだ。
なんで、こんな奴が魔王軍なんかにいるのか。
こういう体の大きなおっとりした感じのキャラって子供に大人気だよな。
子供は正直さ。
はっきり言って、フォミオは大きな犬みたいなオーラを丸出しなのだ。
とりあえず、目指すのはまず靴屋だ。
そして俺は気になっていた事を口に出した。
実は村へやってきたのには、この要件もあったのだ。
「なあ、カイザ。
子供達の靴を見てもらわないか。
もう古くなって、そろそろきつくなってきていないかな。
子供の足は靴が傷むよりも早く育つ」
「そういえば、前に買ったのはしばらく前だなあ」
「俺が買ってやるから見ていこうぜ」
「わあい、新しいお靴ー?
超嬉しい」
「前はもういつ買ってもらったのか覚えてないや」
俺は例によって溜息を一つ吐いて、奴の方をジト目で見ながら簡潔に文句をつけた。
「カイザ」
「わかっているよ!
本当に至りませんでしたー。
フローレシア、許しておくれ。
俺は駄目な父親だー」
もう、こういうやり取りが定番の儀式になりつつあるな。
まあ仕事熱心な男が幼い子供を残して奥さんに先立たれると、こんなものなのかな。
とりあえず外でカイザを弄っていても仕方がないので店に入った。
「よお、親父さん。
ブーツの方はどうだい」
「おお、お前さんか。
全部できておるよ。
久しぶりに金貨で買い物してもらったからな、張り切って作ってしまったよ。
おお、お前はカイザじゃないか。
これは久しいのう。
ようきた、ようきた」
「ああ、ブートンさん。
お久しぶりです、大変ご無沙汰しています」
「ほお、その子達がフローレシアの忘れ形見か。
おーおー、大きくなった。
前に見たのは下の子が一歳になった時だったかのう。
あれは、あの子の葬式の時じゃった。
うんうん、あの子によー似とるのー」
するとアリシャが不思議そうな顔で訊いた。
「おじちゃん、お母さんを知っているの?」
「ああ、わしはな。
お前達のお母さんの一番上のお兄さんじゃよ」
「えー、すると!」
マーシャがお姉さんぶって言ってみたが、その後はピタっと沈黙した。
単に言ってみたかっただけらしい。
幼児・幼女にはありがちな事だよな。
「えーと、お母さんのお兄さんは何だったっけ」
「叔父さんだよ。
この人はブートン叔父さん」
俺がこっそりと耳打ちすると、二人で元気よく挨拶した。
「「こんにちは、ブートン叔父さん」」
「おうおう、こんにちは。
いやあ、あの子の小さい頃を思い出すのお」
そう言って靴屋の親父さんは目を細めるのだった。




