1-60 双月の慈愛
ここのところ、俺もすっかりお気楽になってしまっていて、この世界に来た時のあの絶望などすっかり忘れ切っていた。
必殺の兵器なんか作っていたって、なんだかんだ言っても半分は遊びみたいなものだったかもしれない。
魔王と人間が戦争していたって、ハズレ勇者の自分にはもう何の関係もないんだ。
みんなそれぞれ、好きにすればいいさとか思っていた。
元々、まだ若くて独身だったのもある。
家族や両親は家に残してきてしまったが、別に彼らが危険な目に遭っているわけじゃあないのだから、自分が難儀なのは別にそう構わない。
そういや王都へ向かった、おそらく妻子持ちだろうあのおっさん達は、毎晩あの夜空に輝く二つの月でも眺めながら、今も日本と、そこに予期せぬトラブルで残してきちまった家族の事を考えているんだろうな。
宗篤さんだって、妹が一緒にいるから、あんな脱走なんて事をしたんだ。
きっと高校生の妹の方が完全にへこたれているはずだ。
大体、無理なんだよ。
あんな平和な日本で暮らしていた普通の女の子に、いきなり魔王と戦えだなんて。
殺すの殺されるのだなんて騒ぎに耐えられるわけがない。
俺なんか、いきなり狼と赤ずきんちゃんの世界で、猟師のおじさんの配役だったからなあ。
あれは男としてやらざるを得んわ。
会社の仕事でもそうだったけど、それなりにアグレシッブな性格なのだ。
そうでなかったら狼軍団だの熊だのに喧嘩を売ったりはしない。
その後も魔物穴なんか害虫駆除感覚で吹き飛ばしてやったし。
あれなんか実に爽快だった。
ショウが言う通り、俺は魔王に喧嘩を売ったのも同然なんだろうな。
まあお蔭で、それまでの陰鬱なムードが一撃で吹き飛んだし、その前も地元の役人のおっさんと熊狩りモードだったしなあ。
精霊達と出会って、やっとなんだかファンタジーな気分が取り戻せたと言うか。
多少は日本の食い物もあったし、使い勝手のいい便利なスキルがあって、あと便利過ぎる従者までできたし。
何よりも、カイザの一家とも家族みたいに付き合ってもらっていたのは嬉しかった。
「どうしたもんかな」
そんな俺のボヤキを聞いていたのは、レモンとピンクの二つの異世界ムーンだけだった。
ああ、そういや月の満ち欠けも地球とは違って、なんかこう違和感があるよなあ。
夜空を彩るカラフルな二つの月の形が、それぞれ異なるのだから。
二つの月は文字通りに天文学的な距離を保っており、太陽光の反射角が大きく異なるのだから、そんな事は当り前の現象なのだろうけれど。
だが彼らは地球の月と等しく、慈愛を持って彼らに縋るちっぽけな人間を見守ってくれていた。
翌朝、朝食時に俺はカイザに言った。
「俺もあの子達を捜してみるよ。
でもこっちには来ているとは限らないし、もし見つかったとしても王国に引き渡すかどうかはまた別だ。
あの子達は王や勇者の元に戻りたがらないだろうし、俺としては彼女達を戦争に行かせる気もない」
「そうか。
ならどうする」
俺はニヤっと笑ってこう言ってやった。
「何だったら、俺ら二人で魔王をやっちまうか?」
「な、お前!」
「冗談だよ、バーカ。
そんな顔すんない。
苟もこの俺はハズレ勇者なんだぜ。
そんなもん、俺になんとかできるわけがないぜ」
カイザの慌てた顔が見れただけでも気が晴れたな。
少なくとも、この俺は宗篤姉妹の味方をする。
それだけは伝えたかった。
それでカイザが敵に回っちまうんならしょうがない。
この家での暮らしは俺に幸せな気持ちをくれたが、あの子達を見捨てないといけないというのであれば、それも無しでいい。
さすがに俺なんかに魔王は殺れないがな。
魔王は大昔の人間、勇者という事だから、どうやら日本人らしいのだが、英雄だとか言っていたな。
そんなに長く生きている、さぞかし不死身そうな化け物を、戦闘スキルのない俺のようなハズレ野郎が倒せるわけがない。
それこそ、宗篤姉妹のような爆裂なチートでもない限りはね。
まったくどうしたもんかね。
堂々巡りの迷路に嵌り込んだような思考回廊に見切りをつけて、俺は椅子から立ち上がった。
「どうだ、子供達。
今日はいっちょう隣村まで行ってみるか」
「本当⁉」
「やったー」
「あ、連れて行ってもいいよな、カイザ」
「ああ、俺も久しぶりに隣村まで行ってみるか」
「わあ、お父さんも一緒だあ。
一家みんなでお出かけだあ。
こんなのって生まれて初めてだあ」
その父の何気ないような台詞を聞いたアリシャが踊り狂い、くるりと回ってタンっとジャンプしてパワー全開で喜びを露わにした。
な、な、なんて不憫な!
「カイザ……」
「わかった、わかった。
そんな怖い顔をして睨むな、カズホ。
ちゃんと反省しているから!
ええい、お前も本当に子煩悩な奴だな」
なんか人の事を言っている奴がいるな。
だから家族サービスは怠るなというのに。
俺なんか他所の子まで預かってマダガスカルまで行っちまったんだぞ。
可愛いキツネザルにまで気を使わせちゃったんだからな。




