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1-59 お母さん

 俺は新しく仕入れた酒を傾け、フォミオ謹製の美味しい鳥のシチューに舌鼓を打ちながら、ちょっと難しい顔をしているカイザに話しかけた。


 子供達は御飯に夢中で、そんな父親の様子に気付いていないようだった。


「なあ、さっきは何の話だったの?

 あ、仕事の話だったか。

 訊いちゃいけなかったかな、わりい」


 だがカイザは俺の方を真剣な表情で見つめ、話を切り出した。


「いや、お前にも大いに関係がある事だ。

 いずれわかるだろう事だから、今言っておこう。

 お前の仲間だった勇者が二人脱走した」


「なんだと!」


「それも対魔王で決め手になると期待されておった者だからな。

 本命勇者の少年も動揺してしまっているようだ。


 王も沈痛な思いでおられるようで、異世界へ戻るためにこの砦方面へ向かった可能性もあるから見つけたら報告し、また彼女達を城へ戻るように説得せよと。


 名前はサイメ・ムネアツとカジン・ムネアツの二名だ。

 少女二人だけで、この勝手のわからぬ世界でどうしようというのか。

 何でもありのお前じゃあるまいしなあ」


「うるさいな。

 俺だって最初は絶望していたんだよ」


 やはり、あの子達だったか。

 別れた時のあの様子では、いつこうなってもおかしくはない感じだった。


 自分の娘とあの姉妹を重ね合わせているのか、カイザも重い顔つきをしている。


「可哀想に。

 だが俺の立場では国から言われて探さないわけにもいかないのだが、正直なところ無理に連れ戻してもと思うのだ。

 それで問題は解決せんのだろうしな」


「そうか、あの二人が。

 あの子達はここから帰れないって知らないからなあ。

 なんとかしてここから帰ろうと思っているかもしれないから、こっちへ来るかもしれないな」


「帰れない?」


「ああ、ここは向こうの世界からこちら側へしか来られない一方通行のゲートなのさ。

 それだって儀式でもやらないと入り口は開かない。


 でも、あの子達の気持ちはわかるよ。

 俺だって帰れるものなら帰りたい。


 まあ俺は徴兵検査で撥ねられちまった不良品なんだから、王国から見ても俺の事なんかどうでもいいんだろうがなあ」


「まあそう拗ねるな。

 お前は、あの二人とは親しかったのか?」


「正確に言えば、お姉ちゃんの方と親しかっただけで、後の奴らなんか元々誰も知らねえ。

 単にたまたま召喚された時に、その場に居合わせただけの行きずりの関係だ。

 妹さんも会ったのは、あの城でだけだからなあ」


「新しくお姉ちゃんが二人来るの?」


 あ、アリシャ様は『新しいお友達、今度はお姉ちゃんをゲット』とか思っていそう。


「ん? そういう訳じゃないのさ。

 なんだよ、アリシャはお姉ちゃんが欲しいのか?

 お姉ちゃんならそこにいるじゃないか」


「あはは、アリシャは『お母さんになってくれるお姉ちゃん』が欲しいのよ。

 かくいうあたしもお母さんになってくれる方は大歓迎ですよ?

 まだまだ人肌恋しい幼女でございますので」


 その大人びているのか子供丸出しなのかよくわからない娘の物言いに、思わずぶふっと酒に咽たカイザ。


 おっさん、愛娘から新お母さんのリクエストが来てるよ。

 今日までそういう話は出ていなかったんだな。


「そうなると俺達はお邪魔だなあ。

 そうだ、フォミオ。

 お前のための頑丈な小屋を建てないといけなかったよな。

 お嫁さんが来たら、俺もそっちへ行こうかな」


「そうっすかあ、じゃあそのうちに建てやしょうねー。

 でもこの家の家事はもうしばらく、あっしが担当した方がいい按排でございますが」


「じゃあ、もうしばらくはフォミオがお母さんだね!」


「はい、そうでやすよ~。

 フォミママと呼んでください」


「そうだったのか。

 じゃあ、フォミママ。

 シチューお替り」


「あたしもー」

「アリシャも~」


「うーん」


『お母さん』を囲む家族の団欒の中で、お父さんだけが便秘みたいな声を出して唸っていましたとさ。



 子供達が寝付いてから、薄明るい感じのランプの灯りに横顔を揺らめかせながら、自家製の歪な形を呈した盃を片手にカイザがしみじみと言った。


「あの子達がそんな事を考えていたとはなあ」


「そりゃあ、寂しいぜ。

 こんな辺境な村で、お父さんは王様のための仕事に熱中しているしさ」


「う、返す言葉もない。

 面目ない。

 またしても亡き妻には聞かせられないような話だった」


「まだ姉妹で二人いるから寂しくなくていいけどな。

 他の家の子も、子供といえども家のお手伝いしている子が多いだろうし。


 まあ、あの子達も本当のお母さんの事は忘れられないんだろうが、まだまだお母さんに甘えたい盛りなんだからよ。

 下の子なんか、実の母親の顔も覚えちゃいまい。

 どうだ、あんたもそろそろ再婚でも考えてみちゃあよ」


「ま、まあな。

 実を言うとそれも考えないではなかったのだが、そういう物も難しいのだ。

 こんな辺境ではな」


 確かに、なかなか相手は見つからないよなあ。

 みんな、若いうちから農家同士でくっついてそのままだものね。

 後家さんは歳がちょっと合わないだろうし。


 俺もそういう興味がないわけじゃあないんで周りを見回したけど、若いフリーの女の子なんてパッと見ていないんだよな。


 俺は余所者だから、お付き合いなんかも敬遠されるし。

 それにもし、ここの女の子と付き合ったら一生ここで農民コースだしなあ。


 俺も女日照りで少々欲求不満気味なんだよ。

 まあ日本でもほぼ仕事ばかりの毎日で、大概こんなもんだったから、どうでもいいんだけどな。


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