1-54 魔王軍職人魂
このフォミオ、さっそく意外な才能を発揮している。
昔は馬にでも引かせていたのではないかというサイズの、その大きな荷馬車といってもいいような四輪台車をひょいっと持ち上げて、重さをものともせずにくるりっと回して裏側まで真剣な顔で検分した。
日本だと車を丸ごと持ち上げるような油圧ジャッキでなければできない芸当だ。
あとは車載クレーンあたりで持ち上げるかだ。
すべての傷み具合を速攻で把握したかと思うと、傷んだ部分を指のみで綺麗に分解して外し、俺が並べてやった材料からそれに合うように手持ちの刃物だけで、まるで工作マシンであるかのように切り出し始めた。
まるで動画サイトに上げられた凄い職人技を早送りで見ているかのようだ。
うーむ、これは馬鹿にできないな、魔王軍も。
もしかしたら、こういった軍では大きな支えとなる整備保守担当の力で、人間側が太刀打ちできていないんじゃあないのか?
「こいつはまた器用なものだな」
チラっと覗きに来たカイザも感心して眺めていた。
それには確かに同意するなあ。
俺には絶対に無理な芸当だ。
その他の雑用も何かあったらやらせてみるか。
カイザも子育てしながら仕事をしているから、あれこれと手が回っていないところも多いだろう。
子供達も、そのフォミオの職人ぶりにもう夢中で齧り付きだった。
後でおやつタイムはチョコにでもするか。
今日は残っていたチョコを纏めてスキルで増やしておいたので。
またあの精霊軍団がチョコ目当てに大挙してやってくると大変だからな。
当日その場でスキルが使える状態とは限らないのだから。
「これだと車輪と軸が弱いので新しくしやしょう。
この辺は道がよくないので、車軸が折れたり車輪が割れたりしそうでやすので。
今度、道具を作って近辺の道も整備しやしょう」
そう言うや、車輪に嵌っていた鉄の輪をはずし、たわしを使って高速で錆をすり落とし、そして叩き直した。
そして新しい木の板で厚手の物を選び、一枚板を丸く削りだして見事な真円を作り出し鉄の輪を締め直す。
どういう具合にしているものか、見事にぴっちりと嵌まって、まるでプレスしたリングを精密にはめ込んだかのようだった。
板は厚いし、きちんと工作されているので簡単には壊れないだろう。
カイザもそれに手を触れながら唸った。
「こいつは見事なものだ。
お前の従者は超一級の職人だな」
「ふふ、思わぬ掘り出し物だぜ。
ネームドの魔物は人間と違って絶対に主を裏切ったりしないそうだしなあ」
しかも、ほぼ天然で子守り上手と来たもんだ。
「しかし、お前って子供を扱い慣れているよな」
「ええ、子守りも雑用のうちなんで。
魔物の子も人間の子もそう変わりはしやせんですしねえ」
「そういうものなのか⁉」
どうやら意外な事に魔物にも子供がいたらしい。
どこかから湧いてくるばかりじゃないんだなあ。
俺がそんな事を考えているうちに、あっという間に新品同様にリビルドされた荷馬車が完成した。
「おいおい、仕事はええなあ。
いや、たいしたもんだ」
「おそれいりやす」
いっそ、こいつには執事服でも仕立てて着せてみるか。
作業服もあったら……邪魔かもしれんなあ。
そうして人間っぽく服を着せておけば魔物扱いされる事もあるまい。
今は裸だから……うはっ、そいつはマズイな。
一応人間扱いという事で隣村へ連れていく予定なのだ。
何か着せないとなあ。
「おい、このあたりの布で自分の服を仕立てられるか。
あと狼魔物の毛皮も穴だらけの物でいいのならあるが。
大熊の毛皮は……お前に着せるとえらい事になりそうだ」
バーサーカー戦士(格好だけで実は最弱)が出来上がってしまいそうだ。
どうせなら子供達が喜ぶから熊の尾頭付きで被ってほしいな。
まあその辺の雑魚な人間相手なら、それでも十分にハッタリが効きそうだ。
冒険者が相手だと通用しないだろうから、あっというまに畳まれてしまいそうだが。
「そんな事はお手の物でやす。
これは実にいい布地ですな。
普通の布地もたくさんありやすし。
よろしければ、これでお嬢様方のお洋服を」
「当座のチビ達の洋服は間に合っているから、こいつを見本にしてまず自分の服を作ってくれ。
さすがにお前が着られるサイズの服は超特注品になっちまう」
俺は自分が着ていた服を見せ、自分もモデルとして着込んでみた。
「あっしは服を着る習慣がないんでやすがね。
まあ、なんとか頑張りやす」
自分の指や手で一生懸命に自分の体を採寸しているフォミオ。
お洋服を作ってもらえなかったので、ちょっと幼女様方が不満そうだったが、軽く頭を撫でて宥めておいた。
そしてフォミオは縫製においても見事な腕前を見せつけた。
まるでマシンのように、目に見えないほどの動きで布地を型紙無しで切り出し、そして縫い合わせていく。
ミシン糸はスキルで増やした服から分離して、それを増やしたものだ。
こいつのパワーは工業用の縫製ミシンを上回る縫製力で、丈夫にスーツやカッター・ネクタイなどを縫い上げていた。
縫い目は撚れたりもせずに真っ直ぐに見栄えよく縫われていった。
お子様方の眼が吸い付いていき、次々と完成されていく服達にもう釘付けだ。
そして何を思ったか、奴は次にカイザや幼女達の分まで同じ服を作り上げたので彼女達はもう大喜びだ。
そして、奴が生まれて初めて扱う服装のくせに、子供達にピシっと黒いスーツを着せてネクタイまで締めてみせた。
カイザの奴がピシっとされてしまったので俺は大笑いだ。
だって異世界の砦村の監視員が日本のサラリーマンスタイルなのだからなあ。
子供達は気取ってポーズをつけていたりする。
ちょっと腕まくりさせてみたり、襟元を着崩させてみたりとお洒落なコーディネートにも余念のないフォミオ。
そいつの主である俺としては、ただただ感心するばかりだった。




