1-51 新入りよ、嫌な情報をありがとう
俺はそいつの姿を検分してみた。
一言でいえば、思いっきりアホ面だ。
いや、むしろ親しみがわく顔だというかなんというか、威厳というかそういう物がまったくない。
人間の言葉を喋るんだから結構高等な奴なんだと思うのに、そういう気配がまったく感じられない。
魔王軍では、知性なんかよりも力がすべてという事なんだろうか。
「それで、お前はどうしたい」
「はあ、できればあなたの従者として置いていただければなと。
食べ物だけいただければよろしいので」
「何を食うんだ?」
「そうっすね。
焼き締めパンとか割と大好きですよ。
何しろ、あの歯ごたえが堪りませぬ」
俺は、ぶふっと咽てしまい、エレの奴は俺の頭の上でケラケラと笑っていた。
「お前なあ。
まあ人間が好物とか言われても困るのだが。
それで何ができるんだ?」
「そうですねー。
魔王軍の事には詳しいですし、向こうの動向も少し前の事ならわかりますよ。
あと掃除洗濯なんかの雑用なんかは大の得意です」
「うーん」
た、確かに従者向きの能力かもしれないが、いいのかそれで。
一応はこいつも魔王軍の魔物のくせによ。
「ああ、そうそう。
割と力と持久力はあるんで、車とかを引くのは得意ですよ。
実はそれしか取り柄がなくって。
魔物なんですけど魔法も使えませんし、まったく戦闘向きではないので」
「む」
そいつは魅力だなあ。
今はその手の、『足になってくれる奴』が一番必要な時期なのだ。
焼き締めパン動力車が手に入るなら、それも考えてもいいのだが、しかし。
「お前が裏切らないという保証はどこにある。
それに村の人間が許さないのではないか」
「それでは村の方に面接をしていただくというのはいかがでやしょう。
あと、そこの精霊様ならきっと、あっしが嘘を言っていないと証明してくださいますよ」
俺は肩に移動していたエレに視線を走らせた。
この魔物の思考は読めるのかと。
奴は俺の耳元に飛んできて言った。
「今までの話は本当で、そいつは嘘を言っていない。
だが先の事はわからないね。
そのあたりがどうかだ。
まあそいつも魔王軍には今更帰れないだろうよ。
あいつらは裏切り者には容赦ないからな。
おい、お前の上司は誰だ」
「へえ、諜報部のザムザ・キールでごぜえやす。
あいつは魔王軍でも有数の残忍な男で、あたしゃ本当にあの男が苦手でして、逃げ出すチャンスを待ってたんでごぜえやす。
もう、ちょっと機嫌が悪いだけで仲間が何人殺されたかしれやせん。
あのー、そちらの姐さんはあの男を御存知なんで?」
だが、その名を聞いてエレは爆笑した。
「あっはっは。
そいつは魔王軍の中では精霊の間でも有名な奴だ。
そいつは災難だな。
なあカズホ、そいつはもうお前を簡単には裏切れないぞ。
例えハズレ勇者といえども、召喚勇者の手下になった奴が向こうへ戻ったら、思いっきり残忍にぶち殺される事請け合いだ。
ことにあのザムザの手下ならなあ。
『上から読んでもザムザ、下から読んでもザムザ、どこから見てもこれ残忍なり』とまで言われた札付きの男で、魔王軍きっての問題児だ。
ザムザっていうのは、この世界では残忍という意味で、魔王から直接名をもらった特別なネームドの一人だからなあ。
そいつを見かけたら、カズホも絶対に逃げた方がいい。
お前も純戦闘スキルの持ち主じゃあないんだからな。
奴は蟷螂頭の人型モンスターだが、蟷螂以上に残酷でしつこいぞ。
体はほぼ人間サイズと小さいが、それであいつを舐めたら絶対に死ぬ」
「うっへえ……」
とんでもない奴らがいるんだな、魔王軍。
手下が任務にかこつけて、嫌がって脱走しているんじゃねえかよ。
敵ながら呆れたもんだ。
しかし、魔物にも外観が人間みたいな感じの奴もいるんだなあ。
こいつは無理を通せば、人間と言い張っても許されるかもしれない。
なんというか、くしゃみをすると壺から出てくるあんこ型の『アレ』みたいな感じなのだが。
まあ役職はアレとは違って魔王じゃないけど。
「なあ、お前。
魔王って会った事はあるのか?」
「ありやせんが、魔王様は元人間でやすよ」
「何ー!」
「しかも昔の勇者だったそうで、今でも魔王軍で一番強いと言われていますんで」
「なんてこった」
それでカイザの野郎が言葉を濁してやがったのか。
こんな世界に無理やり呼ばれたのを怒ったものか、魔物を従えて人間と戦う事を決心したのか。
あるいは昔の魔王を倒すも、その後で王国が勇者を裏切ったかなんかで、こうなっているのか。
くそ、それなら俺達は!
しかし、そいつはいつの時代の人間なのかな。
ヤベエな、近代の人間だと俺が作るくらいの兵器なんか作っていてもよさそうなものだが。
鉄砲なんて、いつからあったと思うのだ?
火薬なんて、もっと大昔から存在しているぞ。
魔王軍がそんなもんを持っていたら人間の王国に勝ち目はねえ。
だが俺の思考を読んだエレは言った。
「その心配はないんじゃないかな。
なんだか大昔の英雄みたいな人らしいよ。
だから昔気質で、王国の裏切りとかを許せなくて魔王になってしまったんじゃないかとも言われている。
実際のところはわからないけどね。
魔王は君と同じ黒髪黒目の男だ。
そう、君のような人間は勇者関係だけじゃなくって、今代の魔王その人にも似ているって事さ。
魔王の手下を連れていると、魔王に間違えられるかもしれないね。
何しろ、君と来た日には」
「うるせーよ」
そして、俺の足元では正座して揉み手をしながら俺の回答を待っている魔王の元手下がいたのであった。




