1-5 巻き込まれ勇者達 IN タコ部屋
この王様、今何かとんでもない事を言っていやがる!
日本に帰れないのだと!
ふざけるなよな。
途端に部屋中に沸き起こる怒号と悲鳴の嵐。
もちろん、俺も叫んでいた。
おいおいおい、冗談じゃないぜ。
そんな馬鹿な、慰謝料や損害賠償を要求するぞ!
もう一回日本から召喚を行なって弁護士を呼べ。
「お、お姉ちゃん、どうしよう。
日本へ帰れないんだって!」
「佳人ちゃん、落ち着いて。
もう少し様子を見ようね。
まだあの王様って人がそう言っているだけでしょう。
もしかしたら勇者の子から家に帰らせろとか文句を言われないように、全員に嘘をついているのかもしれないし、まだ本当に帰れないのかどうかなんてわからないわよ」
「いや宗篤君、君は本当に冷静だねえ」
「うん、だって慌てたって仕方がないもの。
とにかく今は事態の推移を冷静に見守らなくっちゃ」
やっぱり、この子って肝が太いよな。
だが、そうでないような奴らもたくさんいたのだった。
怒号を沸かせているのは、主におっさん達だな。
若い人達は大人しくしているのだが、特に肝が太いからというわけでもなく、もれなく蒼白な顔をしている。
もちろん、例の勇者の子も彼らと同様の有様だった。
何しろ、ここにいる全員に自分が巻き添えを食わせた形になっているわけだから、あの怒り狂っているおっさん達に何をされるかわからない状態なのだ。
そういう意味合いでは、今はその長身を縮めて大人しくしている彼が一番の被害者といってもいい。
今のところ、怒りの全ては王様に向けられているのだが。
うん、みんな正しい行動だよ。
さすがに、いくら不満があったって、同じ被害者のこの子に文句を言うのはお門違いも甚だしい。
「ふざけるな!」
「いきなり、こんなところへ勝手に連れてきておいて帰せないんだと」
「いやあ、おうちに帰してー」
スカートタイプの紺のスーツで決めたOL風の美人さんも泣き喚いていた。
可愛い顔が台無しだぜ。
でもこの人ってちょっと俺の好みかなあ。
などと、俺も傍からみたら余裕ありそうにも見える事を考えているのだが、まったくその反対の気分だった。
まあ女の子にしてみたら無理もない話だ。
男の俺だって本当は泣きたいくらいだぜ。
ああ、俺は結婚していなくて本当によかった。
それだけが今の俺にとって心の救いだ。
おっさん達は、女房子供を日本に残してきているから、あんなに怒っているのかもしれないな。
だが王様はそのような俺達の様子は歯牙にもかけず、お構いなしに話を続けた。
さすがは王様だけあって肝が太いな。
もしかして宗篤君と凄く気が合うんじゃないのか。
「諸君らは、はるばると世界を越えてやってきたのだ。
お前達、勇者以外の他の者達も、おそらくは勇者ほどではなくとも有用なスキルなどを持っているのに違いあるまい。
過去にもそのような事例は幾多もあった。
こんなにも一度に勇者がやってくるのは歴史開闢以来の出来事であろうがな。
今この世界は魔王の手により、大いなる危機に晒されている。
多くの者の力を必要としているのだ。
お前達が大挙してこの世界へとやってきたのも、神の御心に導かれての事であるのやもしれん。
明日、その具合を見て褒美を取らせ、召し抱えるように取り計らおう。
諸君らの扱いも非常に丁重な物になる事であろう」
「げ、魔王だってよ」
「嘘だろう。
そんな物騒なもんの相手は御免被るぜ」
「おい、みんなで逃げようぜ」
「逃げてどうするんだ!?
こんな勝手のわからないような、月が二個もあるような世界で」
「その前に武装兵があんなにいるんだから、絶対に逃げられっこない」
皆は日本に帰れないのに加えて、魔王との戦と聞いて腰抜け加減にざわめいていたものの、徐々に現実という物を考えて冷静になっていったようだ。
少なくとも、あの王様は責任を取ると言ってくれているようだった。
「いらない奴はこの場で殺せ」と言われてもおかしくない状況なのだから、まだマシな状況と言えない事もない。
面子を見回すとほとんどが大人だった。
数えてみたが、俺を含めて総勢六十人の大所帯だ。
現場は駅が近かったので、学校帰りの男女高校生なんかもそれなりに混じっていたが、そもそもメインターゲットたる勇者自体がまだ高校生の少年なのだ。
そして各自部屋をもらったのだが、勇者はいいんだ、勇者の彼は。
あの少年は一人だけちゃんとした部屋を貰えたようなのだったが、俺達は非常にぞんざいな扱いだった。
冷たい石の床に質の悪い毛布を一枚敷いて、その上に寝るだけという。
しかも、まるで刑務所の雑居房のようなタコ部屋だ。
へたをすると、ここの住人である兵士って、士官などを除けば皆このような生活なのかもしれない。
本来は居住するような本格的な施設ではなくて、いつ放棄してもいいような使い捨ての戦争用の施設だとか。
なんだか非常に嫌な予感がするなあ。
「くそー、あの王様め。
なんて待遇だ、畜生め」
その境遇に対して俺は悪態を吐いたが、俺よりもかなり年配である人生経験豊かそうなおじさんは笑いながら言った。
「何しろ封建社会っぽい感じのところのトップだからなあ。
お前らも気をつけないと、あまり反抗すると打ち首とかにされるんじゃあないのか?
あの兵士達も、何かこう粗暴そうな様子だったしなあ」
確かにそいつは言えている。
俺は首を竦めて返事に代えると毛布にくるまった。
とにかく元の世界に戻れないという事は、ここで生きていかねばならないという事なんだからさ。
長い物には巻かれておくのも必要なのかもしれないという事くらいは、まだ若い俺だって会社生活でたっぷりと学んできたのだ。
それは多分、他の大概の人達も同じはずだ。
皆、明日に備えて大人しく毛布にくるまっていた。