1-44 待望の元素 SとMで選ぶなら、どちらかといえばSです
「いやあ、森はいいなあ。
もう最高!」
俺は御機嫌で、埋まっていた大きな黄鉄鉱の塊を収納した。
よくこんな場所に、このような鉱物が埋まっているものだ。
埋まっていた場所には日頃収集しておいた土や岩なんかを、後で崩れて陥没したりしないように岩を落として厳重に打ち付けながら、ぎゅうぎゅうに詰めておいた。
「なんだ、お前。
あんな物が欲しかったのか?」
「ああ、最高の純度の品が手に入ったもんね」
「いいけど、うちは火打石が欲しかったんだがな」
「じゃあ、ちょっと待ってよ」
俺は巨大な黄鉄鉱の塊の岩を取り出した。
地上部分で全長が二十メートル以上はあった大物だが、地下にはもっと埋まっているのかと思っていたが、やはりな。
全長六十メートルの最大幅三十メートルっていうところか。
そのうちの割り易い部分を探して砕くのだ。
それを見た子供達は何事かと駆けてきた。
「これ、なあにー」
「パイライト。
黄鉄鉱だよー」
「何するのー」
「火打ち石にするのさ」
「おっきい」
このでかぶつパイライトは、なぜなに幼女アリシャ様の興味をうっかりと引いてしまったようだな。
「カイザ。
こいつはさ、金鉱に似ているんだぜ。
よく間違われるんだそうだ」
「ほう、確かに言われてみれば、そんなような色をしているな。
別に金を捜していた訳じゃないんで気付かなかったな」
「ああ、俺も違う物を探していた。
まさにこれなんか、火山もないようなこんな場所で探すのならまさに理想な代物さ。
あんたが欲しいだけ石を取ったら加工する」
「何をする気なんだ?」
「まあ、そいつは秘密。
余った鉄はまた何かに使うかな」
火薬の話を王国に報告されちゃうとマズイし。
この錬金術師がいる世界のどこかで、もう火薬が発明されていないなんて誰にも断言はできないわけなのだが。
黒色火薬の材料なんて、ありふれたものだ。
正式な火薬の製法が確立する前に、前段階の組み合わせは散々作られていたのだ。
さて、こいつの硫黄を抜いた鉄のドンガラを万倍にしたら物凄い事になりそうだ。
この場所でも溢れてしまうだろうなあ。
やるんだったら荒野のど真ん中にまで持っていくかな。
俺はカイザと一緒になって石を砕いて収集した。
一応は俺用にも持っておくか。
俺は収納に常に火種を持っているから火打石なんていらないんだけどね。
「さて、では試すか」
そう。
この鉄と硫黄が混ざってできた岩から、収納の力で硫黄分だけを抜き取る事が出来るのかという話なのだ。
俺は化学の授業で使った硫黄のあのイメージを思い出し、それを練り上げた。
そして、分離回収に成功した。
俺の収納の中には、純度百パーセントの莫大な量を誇る硫黄がうなっていた。
これならスキルを使えば、また魔物穴だろうがなんだろうが爆砕レベルの量じゃない?
イヤッホー!
「ようし、気合乗ってきたなあ。
みんなあ、おやつタイムにする?」
そして、ついに異世界のおやつ大公開と相成った。
子供達並びに精霊が車座になって、それを見つめていた。
いろいろ並べられた異世界のお菓子。
「エレ、何からいくんだい?」
「う、まだ心が決まらないのよ」
だが迷わない奴もいました。
アリシャお嬢様は迷うことなく手を伸ばし、チョコを手にとった。
芳しい匂いを嗅ぎ取ったようであった。
だが食べられない。
初めて出会う銀紙が上手く剥けなかったようだった。
「あうー、これ剥いてー」
「はいはい」
とりあえず、チョコを一個剥いて口に放り込んでやった。
「あふうー」
アリシャは、なんだか幸せそうな顔になってほっぺたに両手を当てていた。
「それでは、わたくしめも失礼させていただきまして」
四歳児の嗅覚と食欲に従った躊躇いのない欲望まっしぐらな行動の前に、思わず出遅れた姉のマーシャも妹に倣う。
「思いっきり出遅れましたね。
それじゃあ、あたしもそのチョコとやらを」
エレも小さな図体で果敢に、奴から見たら巨大すぎるチョコに齧りついて、ビーバーのようにそれを削り取っていった。
凄い食いっぷりだ。
昨日から待ちに待っていた待望の品だからな。
「おいしーい」
「あまーい」
「こいつは堪らん。
異世界日本万歳、うひょー」
皆、始めて味わうミルクチョコの虜になっていたようだった。
「ふむ。
子供達がそんなに夢中になるとはな」
おや、チョコが気になるのかな。
国王に続く粗食の帝王二号たるカイザらしくもない。
「じゃあ試食してみろよ。
子供の食べる物くらいはチェックしておくべきだと思うぜ」
「まあ、言われてみればそうだな」
お菓子は子供の食う物だとか思い込んでいるのかね。
そもそも、この村にお菓子なんてほぼ存在してねえだろうが。
この村もまたの名を、というか日頃から、ただの焼き締めパン村としか呼ばれていないからなあ。
そして。
「美味い。こいつは美味いな」
そしてカイザは子供達が呆れるほどの食いっぷりで、全員ハッと気がついた時には、あっという間にチョコの箱は空になってしまった。
「お父さん~」
「ひどーい」
「呆れちゃうわねー」
「うわあ、すまん!」
初夏の風の奏でる優しい息吹に頬を委ねるのが心地よい、元魔物との大戦場跡の『森林公園広場』に家族の団欒が木霊して、俺は笑って御代わりのチョコの箱を置いてやるのだった。




