1-42 待ちに待った日
翌日は大事な儀式があった。
そう、待ちに待ったお菓子その他の万倍化だ。
鞄ごと万倍化するため、かなりぶち広がる事が想定されているので、広い場所が欲しかったから森の中へ行ってきた。
例の魔物穴跡の広場である。
俺が準備を整えている間に、もう既にエレの奴が正座待機している。
俺の頭の中からそのイメージを、今日の心境に合わせて持ってきたらしい。
まあその気持ちもわからんでもないのだが。
例のお菓子などがいっぱい入った鞄の中に、瓶に入った飴とロッシェ、それにポーション二種類とパン五種類、パテとカナッペを包んだ物を入れて、ついでにお金もいくらか隙間に詰めておいた。
これで鞄ごと増やせるはずだ。
おっと、この前拾った魔物の魔核も入れておくか。
実験実験。
もう鞄がかなりパンパンなので、お菓子や料理が潰れたりしないように少し詰め方に気をつかった。
俺は元々、ぺたっとしたタイプの親父臭いビジネスバッグが嫌いで、大きめで肩掛けにもできるゆったりした、革製の割とお洒落系のバッグを使っていた。
最近はサラリーマンでも、昔ほど作法というか流儀というかガチガチに拘っていないので、こういうスタイルも許される。
「スキル本日万倍日よ、この鞄を万倍化してくれ」
そしてスキルで見事に万倍化され、予想通り大量に広がった鞄を全て目視収納で回収すると、あれこれと蓋を開けてみて確認してみたが、魔核も含めてすべて中身は見事に増えていた。
このスキルって一体なんなんだろうなあ。
こんな風に物体が増えてしまうという事に対して、非常に違和感を覚えてしまう。
鞄が一面に並んでいるのを見ると実に壮観だ。
デパートの鞄売り場に展示されているのを見たって、一軒でせいぜい百個くらいのものじゃないだろうか。
鞄だけで一つのデパートの中に百軒も店はない。
同じく物理的な効果も万倍化するのだ。
爆発エネルギーが何故万倍化するのだろう。
さっき収納の中での万倍化は試してみたが無理だった。
これはもしかして収納の中にはない、この世界の中で物質やエネルギーへと変化する何かを対価にして増やしているのかもしれないな。
まあその辺はあまり考えても仕方がないので、俺は朝食のためにカイザの家を目指した。
もうこれはスキルだからとしか言いようがない。
どこかに仕組み的なタネがありそうなものだが、俺にはよくわからないし、ここでは小難しく考えても仕方がない。
最初の水が十分になければ、俺は困窮していたかもしれないし、スキルがなければ魔物達と戦っても勝てなかっただろう。
そして、何一つ守る事もできなかったのだから。
「ねえ、何から食べようか。
目移りするー」
俺の記憶からお菓子の味をイメージしているらしく、エレの奴は半ば涎が垂れ加減だ。
食卓として俺の肩は使用禁止だな。
「おやつの時間までに考えておけよ」
「あら、まだ待たせる気なのー」
「お前が食べているとアリシャ達も食べたがるからな。
子供は朝御飯を食べる時間さ」
「そうか、じゃあ仕方がないわね」
そして朝御飯に出てきたのは、例の御土産の女将さんのパンだった。
うーん、朝っぱらから景気がいいねえ。
いや何かがおかしいぞ。
この世界でも、割と普通っぽいだろうはずのパンが食卓に並んでいるだけで、凄く贅沢な気がする。
俺は女将さんの宿で贅沢に慣れてしまったのだろうか。
いやいや、自分を見失うんじゃない。
俺は元々飽食日本から来た贅沢人間なのだ。
どうも、あの王様やカイザに洗脳されて、重度の粗食推進派に傾いていたようだ。
成人病の予防にはいいのかもしれないが、ともすれば食事が貧しくなり加減のこの世界では、生きる意欲の減退に繋がってしまうわ。
生きる事とは、まず食う事なり!
「なあ、カイザ。
今日は子供達を森へ連れていっては駄目かな」
「うーむ、森の安全はもう確認できただろうか」
「もう大丈夫だと思うんだけどな。
俺が一緒なんだし。
もし魔物が出ても、あの穴から先に出ていたような奴なんで、そうたいした奴じゃないはずだ。
いたら精霊のエレが見つけてくれるはずだし。
エレの話では、魔物穴自体はもう機能しないらしいんだ。
あれから特に魔物も見かけないしなあ。
あんたや村の人間も魔物は見ていないんだろう?」
エレがいてくれるのが、俺がこの話を切り出した一番の理由だ。
精霊には魔物なんかがいるとわかるそうなのだ。
俺のウイークポイントを上手くカバーしてくれる素敵な相棒なのだ。
そして、エレといえばおやつ、おやつといえばピクニックだ。
このアリシャ達はまだ小さい。
あんな事はあった直後なのだが、本当は森へ行って遊びたいのだ。
あそこくらいしか子供が行けるいい遊び場が近所にないしな。
「そうか、じゃあ今日は俺も一緒に行こう。
どうせ森の見回りをしなければならん」
「わーい、お父さんと森だ」
「今日は薪拾いの仕事じゃないんだねー」
「「やったー!」」
呆れた俺はジト目でカイザを見たが、奴は咳を連発していただけだった。
生真面目に任務に邁進もいいけれど、母親がいないんだからさ、ちゃんと娘達は構ってやれよな。
まだ子供が小さいんだし、たまには一緒にお出かけして遊ぼうぜ。
本日は子供達が待ちに待った森の解禁日となった。




