1-41 愛されて
「そうか、お前が精霊の加護を貰えたのか。
そいつはちょっといいニュースだな」
そして彼はそう言いながらも、猫の飼い主が自分の愛猫が何もないはずの場所をじっと見つめていたり、何もいないはずの空中を目で真剣に追っていたりする様子を見せつけられてビビっているかのような感じに、飛んでいる精霊を目で追っている自分の愛娘達の挙動をチラチラと横目で追っていた。
「ははは、この一家であんただけが精霊を見られないんだなあ」
「あ、ああ。
この子達は母親似なんだ。
死んだ妻もそういうものが、珍しく大人になってからも視える性質でな。
子供がお腹にいる時はいつも笑顔で、『見て、あなた。精霊さん達がいっぱい祝福に来てくれているわ。みんな、たくさんお祝いに来てくれてありがとう』とか言っていたんだよ。
もちろん俺には何も見えなかったのだが、こうしてみるとやっぱりあの時も精霊が群がっていたんだなあ」
「へえ、この子達は、お腹の中にいる時から精霊とお友達だったわけだな」
「本当だ。
この子達は精霊の加護が幾つも幾つも、それはもう数えきれないくらいついているわよ。
お腹の中ですでにもらっているんだな。
お母さんはよっぽど精霊から好かれていたのねえ。
いやいるのよ、そういう人って。
特に理由はないんだけどさ。
ほら、あんたの知識で言うとねえ、特に何するわけでもないのに猫に好かれる人とか、あっという間に猫塗れになっちゃう人なんかがいるでしょ。
そういう感じなのかなあ。
あ、あたしも二人に加護をつけておこう。
いや特に理由はないんだけどさ、なんとなく」
エレも理由はわからなくても、つい彼女達に加護をつけてしまいたくなるらしい。
「いや、カイザ。
お前の娘達は本当に凄いぞ。
今日来たばかりの精霊が、お前の娘達にもうメロメロだ。
この子達って一生精霊達から愛されまくって生きるんじゃないのか?
これ、最強の勇者にだって真似ができない、すげえ特技だからな」
「そ、そうなのか。
まあ母親がそういう人間だったからなあ」
いい事さ。
精霊の加護なんてあったって困るものじゃないし、多分ありがたい物なんだろうからな。
突然に湧いた狼魔物の群れに襲われたって、何故か異世界の勇者が救援に来てくれるくらいなのだ。
「それより、御土産があるんだぜ。
明日じゃないと出せない物もあるけどさ。
まずはこれ、焼き締めパンじゃない普通の美味しいパンだあ!」
俺はドヤ顔をして演出をし、手品のように収納からパンを出して、覆いの布をとっぱらってみせた。
バスケットいっぱいのそれを見て、子供達が何故か激しくはしゃいで踊り出した。
二人でパンっパンっと左右の手で交互にハイタッチして、それからララララランっといった感じに二人で両手を繋いで輪になって踊っている。
ついでに何故かエレも一緒になって混ざっているし。
「おお、これは伝説の」
「すてき柔らかパンだ」
「一口食べれば天にも昇る」
「まさに天上の味!」
「「隣村パン、バンザーイ」」
これまでに散々焼き締めパンには悩まされてきた俺は、その様子を見て思わず少し胸に来るものがあったので、一応父親の方にも声はかけておいた。
「なあ、カイザ」
「皆まで言うな、カズホ。
俺は今、一人の父親として猛省しているのだから。
任務に邁進するため、保存の利く焼き締めパンを齧りながら奮闘する日々。
子供達のための真面なパンにさえ思いが至らなかった。
今はただ、育児半ばで子供達を遺して世を去らねばならなかった愛する妻に申し訳がない気持ちでいっぱいだ」
同じや。
こいつ、あの王様と同じや。
こういうのって、この国の人間の特質みたいな物なのかねえ。
質実剛健で立派な気質だと思うし、そう悪い事じゃないのかもしれないが、おかげで子供達とか召喚勇者達とかが割を食ってしまうのだから本当に困ったものだ。
かくして、このカイザの家ではパンは今後隣村から購入される事となり、めでたく幼女様方は伝説の? 隣村パンを毎日食べられる事となった。
別に貧乏していて食べられなかった訳じゃないからな。
何せ国のお役人なのだから、ちゃんといいお給料はいただいている。
しばらくの間は俺がパンを供給する約束だ。
何故か予定外に、最初のパンだけで凄く盛り上がってしまった。
あんな物、御土産のうちにも入らなかった物のはずだったのだが、一体何故だ。
さすがは焼き締めパン村だけの事はあるな。
さて、次は待望のお洋服だ。
「おー、これ可愛い」
「かわいー」
二人には胸元に赤いリボンの付いた、白地に襟や裾を鮮やかな藍色に染めた可愛いお揃いのワンピースのような洋服などだ。
なんとなくセーラー服とイメージが少し被るな。
これならゆったりしているから、多少のサイズのズレはなんとかなるので丁度いい。
可愛らしい、これまたお揃いの女の子らしいハットも仕入れたのだ。
その他の可愛らしい服を手で掲げ、またしてもはしゃいでいる子供達を見て、カイザがまた腕組みをして唸っている。
「妻が生きていたら、きっとこんな可愛い格好をさせてくれていたろう。
俺が選ぶと、どうしても地味な普段着とか森へ出かけるのに相応しい格好なんかを選んでしまうからなあ」
「あはは、俺だって女将さん任せだったんだから、そう気にするなよ。
あの子達はお前の事が大好きさ。
本当にいい子達だ。
あの子達を助けられて本当によかった。
あの子達が今笑っていられるこの家も守れてよかった」
「ああ、本当にな。
ありがとう、勇者カズホ。
少なくとも我が家にとって、お前は本物の勇者の中の勇者だ」
そのように王国の役人から称えられた俺は、いつもよりは少し笑顔増量で、造形こそ武骨だが暖かい木の温もりに包まれた食卓に、カイザの分の御土産である酒を並べてやるのだった。




