1-40 御土産
「お帰りー、カズホ」
「お帰りなのー」
帰った俺を出迎えてくれたのは、丸太小屋の入り口にある手すり付きのデッキに齧りついていた、御土産の期待に目を輝かせているお子様達だった。
もしかして、ずっと待っていたのか?
まあ俺も村で似たような事をやっていたけどな。
こうやって本職のやっている事を見させていただくと、実に子供みたいな真似だから、これは女将さんにも笑われるわけだな。
「ただいまー」
だが、彼女達はさっそく俺の肩口に注目していた。
そしてアリシャが叫んでパタパタと足音を立てながら、ドップラー効果を伴って駆けていき、大はしゃぎで父親を呼びに行った。
「お父さんー、カズホおじちゃんが羽虫の人を連れてきたよー」
「羽虫の人……」
あまりといえばあまりの言われ様に、憮然とした表情でそれを見送ったエレ。
「ははは、言い得て妙だなあ」
「えー。ひどいな、カズホ」
だが幼女様はもう一人いらっしゃったので質問が飛んできた。
「森の妖精さん?」
「ああごめん、うちらってそういうメルヘンなものじゃあなくって、一介の精霊なんですわ」
「えーと、それはどう違うんだ?」
幼女のメルヘンな質問に対して、我々はメルヘンな存在ではないと無茶な主張する精霊さんに訊いてみた。
「なんというか、うちらのようなフェアリースタイルの精霊は確かに存在するものだけど、同じように羽根を生やした人型の妖精は童話の中に出てくる想像上の存在だから」
「似たようなものだろ!
それ、どう見たってモデルはお前らだ」
その童話とやらの挿絵は見た事がないが、どうせこいつに瓜二つなのに決まっている。
「いやいや、森の妖精さんは君の世界で言うところのネッシーや雪男と同じ架空のものだから。
精霊はなんというのかなあ。
コモドオオトカゲとか化石が残っている恐竜とかそういう確かな証拠のある実在の存在なの。
うーん、そういう異世界地球風の表現もなんだなあ」
「まあいいんだけどさ。
ネッシーだろうがティラノザウルスだろうが、どっちみちそういう奴らは俺に加護をくれないだろうからなあ。
俺としてはこの世界の精霊の方がずっといいよ」
「あんた、実利一本で可愛くないわね」
「しょうがないだろ。
こんな世界で生きるなら、精霊の加護の一つくらい欲しいわい。
呼び出した本人である王様の加護はないんだからよ」
「もう、それを言うなら王様の庇護でしょうに」
そんな俺達のやりとりを、何かの作業中だったとみえて厚地の布でできたエプロンをしたまま末娘に引っ張ってこられていたカイザが見ていた。
なんだかマイホームパパさんみたいで可愛いよな。
カイザは俺よりも少し年上なだけのはずなのだが。
「おいおい、今度は何を連れてきたんだ。
何かおかしな者と関わっているんじゃないんだろうな」
「おかしな者ねえ。
その目で確かめてみなよ。
今日一番の御土産さ」
そう言って俺は、掌に載せたエレを奴の目の前に突き出してやった。
だが、奴は大きく眼を見開いて言った。
「その空の掌がどうかしたのか?」
「あらっ」
俺とエレ、それに子供達が全員ずっこけた。
「お父さん、森の妖精さんが見えないの⁉」
「羽虫の人、とっても可愛いのーっ」
「いや、私こう見えましても一応はありがたい精霊なるものなのですがね~」
「へー、カイザって見張りのためにいる役人なのに、そいつらの姿が見えないんだ」
それを聞いて焦りまくるカイザ。
もはや裸の王様と化しているな。
よし、弄ろう。
「知ってるか? カイザ。
俺の国では聖なる精霊が見えないのは正直でない者、不信心な人間とかなんだぜー」
「きゃあ、お父さん。
それはすっごく大変」
「大変なのー」
上の奴は父親弄りなのがわかっていて参加しているな。
下の方はよくわかっていないが、なんか楽しいので参加しているだけだ。
困惑したカイザが狼狽えて叫ぶ。
「い、いるのか、そこに精霊が」
そして、つかつか歩くとというか、単に飛んでいってカイザのおでこにデコピンを食らわすエレ。
そしてデコピン連打。
必要な時だけ一方的に物理効果を与えられるなんて反則だなあ。
だが一見ヘナチョコに見えるそれはピンポイントで効いているようだ。
さては精密に痛点を狙って突いているな。
さすがは神秘の力を持つ精霊の仕事だぜ。
「あいたっ、いたたっ。
なんだ、虫か⁉
なんか知らんが絶妙に痛いぞ」
「やれやれ、お父さんったら」
「あははは」
アリシャは、その普段は絶対に見せてくれないだろう父親のユーモラスな姿を見て、ケタケタと大笑いしている。
エレの奴もなんだか非常に楽しそうだった。




