1-4 帰れません!
そして案内された広間というか、少し広めの会議室くらいの場所に通された。
木で作られた、ざっけない感じの長テーブルと、これまたアルプスの山小屋にでも出て来そうな素朴な木の椅子に、全員がおずおずと腰かけた。
そして俺の隣に座った人は、なんと俺の知り合いだった。
まあ地元の駅の近くにある街の繁華街付近にあの時間にいたので、別に知り合いがいたって特段おかしくはないのだが。
「あれ、君はもしかして、三課にいたバイトの宗篤さんじゃないの」
「あらやだ、一課の麦野さんじゃない。
こんなところで会うなんて奇遇じゃないですか」
「いやいや奇遇って、君なあ。
相変わらず、いい根性をしているよ」
この子は少し前までうちの会社にバイトに来ていた、今は女子大生になった宗篤采女だ。
何か古風な名前だったので、うちの課の子ではなかったが印象に残り、よく覚えている。
親が本当は才女という名前をつけたかったらしいのだが、嫌味になるといけないというので、この一般的には苗字で「うねめ」と読ませる字を宛てたらしい。
才女なのかどうかわからないが、優秀な子で仕事も早く、しかもモデルばりに美人で名の通り巨乳な胸の厚い子なので親父どもに大人気だった。
だが今の様子を見るにつけ、肝の方も太かったようだ。
よく見たらまだ高校一年生くらいの、彼女同様に黒髪ロングの女の子が、蒼白になって彼女の腕にしがみついていた。
「あれ、その子は?」
「ああ、この子は妹の佳人ちゃんだよ」
「またそっちはストレートな名前だねえ」
佳人というのは、単なる美女ではなく立派な才女でもある美しい女性を指す言葉らしい。
彼女達の両親は、よほど娘達に立派な人間になってもらいたかったとみえる。
少なくとも見た目からは十分そのように見えるな。
「二人でカラオケに行っていたんだけど、なんだか知らないけどこんな事になってしまって」
「俺も大人しく残業していたらよかったよ。
天罰が下ったなあ」
「あはは。
麦野さんって残業が嫌いですからね」
それでも知己に、しかも可愛い女の子に会えたのは嬉しく、また心強かったし鬱屈気味だった心も少しは晴れた。
佳人ちゃんは俺に向かってペコリと会釈してくれたので俺も返しておいた。
うん、なかなかの美少女だ。
胸の大きさも姉譲り?
お姉さんと同じような、やや吊り目で切れ長の顔はなかなか好みだ。
まあ俺みたいに一回りは歳が違うおじさんなんかは相手にしてくれないのだろうけど。
そんな少し和やかな雰囲気をこの一角だけで醸し出していたのだが、やがて配給された食べ物は、なんと焼き締めたかのように固いパンと、これまた不細工な木のコップに入った水だけだった。
その素晴らしい『晩餐』に思わず沈黙する一同。
まるでファンタジー小説に出てくる冒険者の携帯糧食のようなものだった。
おいおい、ここって一応は王様のいる城なんだよな。
だが、なんと王様まで俺達と同じメニューの焼き締めパンを齧っているじゃないか。
ああ、よく考えたらここは城であって、平和な時代に建てられる王宮じゃないよねえ。
ここはもしかして戦砦のような砦的な城なのだろうか。
見た感じは撃ち捨てられた廃城のような趣なのだが。
なんとなく、チラっと見ただけでもそんな雰囲気なんだよなあ。
お城っていうものは、本来は戦のために建てられた、そういう物なのだ。
思わず日本の戦国時代を思い出しちまった。
まあ平和な江戸時代には、日本のお殿さま達だって豪華絢爛なお城に住んじゃあいるのだけれど。
「いやー、受けるわあ。
こんなパン、日本じゃ絶対に売ってないよね」
「いや、昔の日本軍から発注された奴も大概だったらしいし、今でもあれを作っているパン屋があるぞ」
「うわあ、まずそう。
そして堅そう」
「これ、パンだよな。
石みたいに固い妙な石鹸とかじゃないよな」
「こんな物はパンの形をした石だぜ。
絶対に食えねえ。
まだプラスチック製の食品見本の方が美味しそうだ」
それよりも問題なのが、一見すると綺麗そうに見える、このコップに入った水だった。
うーん、これって井戸の生水か何かじゃないのか?
下水とかきちんとしてなそうだから、大腸菌が多数含まれているかも。
いや、きっといるはずだ。
大腸菌には雌雄というか性の種類が十種類くらいあって遺伝子交換するらしいし、特にカップルの相手がいなくても通常は菌らしく細胞分裂で増えていくようだ。
確か数十秒単位で繁殖していくからな。
あの衛生管理はきちんとやっている日本の水道事業でも、水源が川だろうが伏流水だろうが井戸だろうが、大腸菌がいない場所など日本全国どこにもないのだから。
ヤ、ヤバイな。
そんな物を、衛生面で国際的に見てもかなり耐久性の低い俺達日本人が飲んでしまったら一体どうなるのか。
他の皆も同じ感慨を持ったものか、一様にコップを眺めては脂汗を流しつつ呻いている。
「ううっ」
「こ、こいつは一見綺麗そうに見えるのだが」
「もしかして、うっかりと口にしたら一発アウトな案件なんじゃないか?」
トイレットペーパーもなさそうなこの世界で、トイレ引きこもりになるのは勘弁してもらいたい儀式だ。
仕方がないので、全員固いパンを水無しでしゃぶる事にしたようだ。
俺も右に倣ったのだが、こいつだけはどうにもいただけない代物だった。
「うわあ、無茶苦茶堅いしパサパサだし、喉も乾く。
せめて真面な水でもあればいいのだが。
落雁じゃねえんだぞっ」
「佳人ちゃん!
この水は絶対に飲んだら駄目だからね」
「お姉ちゃん、お腹は減っているんだけど、これ齧ると凄く喉が渇くよう」
妹ちゃんの方はもう涙目だ。
ああ、俺もだったわ。
采女さんは敢然と立ち向かい頑張って齧っていた。
うーん、豪傑だなあ。
明日はなんとかして煮沸した水を手に入れようと考えていたが、考える事は皆同じのようだった。
周りを見回していると、なんとなくそういう事はわかるもんだ。
「さて、食べながら聞いてもらいたい」
そうは言われたものの、皆さん食欲がわかないようで、食べながらというわけにはいかないようだった。
水も無しで食えるか、こんなもの!
王様ってば、何故あんなに美味しそうに、このファッキン堅パンを食べられるのだろう。
もしかすると、あれが王の貫禄という奴なのだろうか。
そして、ありがたい王様のお話が始まったのだった。
生憎な事に、彼の言う通りに食べながらではないのだが。
「ああ、皆の者、気を楽にして聞いて欲しい。
今回は誠に不幸な案件であった。
どうしてこうなってしまったものか召喚した我々もよくわからないのだが、今回は何故か勇者に対する召喚エネルギーが非常に大きかったと思われる。
そのせいでこのような、かつてない事態となったのではないかと推測しておる」
皆、初めのうちは大人しく神妙に聞いていたのだが、次の発言が出てから空気がまるで違う物質を含むかのように変貌を遂げた。
「ここにいる皆は、勇者を除けば関係ないのに巻き添えを食らってしまった者達だ。
だが最初に正直に言っておこう。
まことに相済まないのだが、お前達を元の世界に返す方法はない」