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1-36 行商人現る

 そして、その後も村の探索をしては宿に帰ってくるというルーチンを数回繰り返して女将さんに失笑されるというもどかしい時間の後、ようやくお目当ての彼はやってきた。


 女将さんが、そろそろ彼が来る頃だと言うので、御茶をしながら待っていたのだ。

 御茶は紅茶系のなかなか美味しい物で、これも彼が村へ売りに来てくれるものだった。


 そしてついに彼はやってきた。

 大きめの丈夫な木と革でできた背負い鞄である大型背嚢を背負い、腰にはショートソードを提げている姿は、いかにも行商人といった姿だった。


 革の帽子に隠れているが、金髪なのか茶色なのかよくわからない明るい黄色に近いような髪の色と、これまた橙黄色とでもいうのか明るいオレンジ色の大きな瞳をした青年だ。


 いわゆるパッと見に言えば橙色(だいだいいろ)の眼だから、かなり珍しいものだろう。


 比較的丸顔で、表情も懐っこくて明るい感じなのでとても印象に残る。

 雑踏の中でも一目で判別できそうな風体だった。


 歳の頃は、俺より二~三歳は年下といったところだろうか。


「やあ、女将さん。

 少しご無沙汰です」


「あら、ショウ。

 よく来たわね。

 そうそう、あんたにお客さんよ」


「ええっ、この村で僕にお客が?」


 そりゃあそうだろうな。

 こんな辺境の村で、いきなり約束もない客が待っていたら誰だって驚くだろう。


「やあ、君が噂の行商人君かい。

 俺はカズホ、この先にある焼き締めパン村の住人さ」


 俺が差し出した右手を、彼は軽く不快にならない程度に握り返しながら挨拶を返してくれた。


 その呼吸がまた心地いい。

 この男、なかなかできるようだ。


「どうも、行商人のショウです。

 アルフ村の方でしたか。

 どうりで見かけない方だと思いました。


 黒髪黒目の方は珍しいですね。

 まるで伝説の勇者のような御姿だ」


「へえ、そうなのかい?

 俺は学が無くてね」


 正確には、この世界の知識がだけどな。

 あの村の正式な名前はアルフ村っていうんだ。


 村の住人や隣村の人間が誰も正式な村名を口にしなくて、旅人が余所者の行商人から初めて名前を聞くというアルフ村。


 さすがは辺境の村の、そのまた一つ外にある特殊な使命を持った村だけあるな。


 まあ俺だって、れっきとした余所者なのだが。

 いや余所者どころではなく、異世界人だったわ。


 俺、あの村に馴染み過ぎだな。

 すでにあそこが『帰る場所』になっているのだし。


「それで僕に御用というのは?」


「いや、君が何かいい物を仕入れてきてくれたんじゃないかと思ってね。

 女将さんやカイザから話を聞いていてねえ」


「ああ、カイザさん。

 確か、顔に似合わず大変子煩悩な方ですよね」


 ぷぷっ。

 俺と女将さんの、思わず思い出し笑いでにやけた顔を見て、彼も顔を綻ばせてくれた。


「それで、今回の品揃えというのは?」


「そうですね、とりあえず一緒に昼食でも楽しみませんか?

 僕、ここの女将さんの料理が大好きなんですよ」


「そいつは奇遇だな。実は俺もなのさ」


 そして、今日のお昼の献立は。

 なんとカナッペだった。


 具を乗せられるほどに、ほどよく固く、しかしサクサクとした感じに焼かれたクラッカー的なパンだ。


 これにはおそれいったな。

 この世界にこういう物があったとは。


 いやあ、実に美味い。

 俺が塩を売ったので、塩気も効いていて最高だ。


 王様め、せめてこいつを配給してほしかったよ。

 いくらなんでも、あの焼き締めパンは酷すぎた。


 召喚されてきた全ての日本人が、あの場でこの世界に絶望したじゃないか。


 世界に数ある民族の中でただ一つ、日本人にだけはアレを出しては駄目なんだぜ。


「うわあ、これが僕の大好物だから今日わざわざ作ってくれたんですね。

 ありがとう女将さん」


「ついでに俺の大好物にもなったよ。

 女将さん、これもお土産リストに入れてくれ」


「もう入れてあるよ、はは。

 あんたなら絶対にそう言うと思ってねえ」


 気が利くなあ。

 いや、これはやはりチビ達にも是非食べさせなくては。


「おや、今日は名物パテまで上に乗っているよ。

 本当に贅沢な日だなあ」


「ああ、そいつはそっちの旦那からのリクエストの御土産でねえ。

 カイザのところの子供達にも食べさせてやりたいんだってさ。

 ついでにあんたの分も用意させてもらったよ」


「そうだったのですか。

 カズホさん、ありがとうございます」


「いやいや。

 そうか、これ名物だったんだなあ。

 いや凄く美味かったんで、また食べたいと思ってね」


 そしていろいろな具の乗ったカナッペを賞味し、ショウの納品した御茶を飲みながら食後のゆったりとした時間を楽しんだ。


 それからお話をと思ったのだが、彼はずっと妙な顔付きで俺を見ている。


 なんだあ?

 だが、その理由は間もなく判明した。


 彼がストレートにこのような質問を投げかけてきたからだ。


「あなたは今回召喚された勇者様のうちの御一人なのですか?」


「お、お前、何故そのような事を訊く!?」


「だって、この世界には黒髪黒目の人なんて元々いなかったんです。

 そういう人は勇者か勇者の子孫だけなんですよ。


 今、王国は『勇者召喚』の実施を声高く喧伝して、ともすれば強大な魔王軍相手に士気の落ちそうな軍を鼓舞していました。

 だからあなたも今回呼ばれた勇者様なのかなと思って。


 カイザさんの家にいるのなら余計にそうなのかと思ったのです。

 あの方は王国の監視員を務める役人さんですので。


 それに、あなたの傍に精霊がいますから。

 滅多な事では精霊は人間に懐きませんが、勇者はその不思議な力からなのか心根が気に入られるのか、よく精霊に好かれるのです」


 おっと、こいつも精霊が視えるのか。


 ふと、食い物に埋めていた顔を上げたエレに向かって彼がにっこりとほほ笑んだので、彼女も笑顔を返した。

 まあ女将さんの御飯が美味しいので自然に笑顔になっちまっているわな。


 まあ俺の場合はそれと知らずに、ありがたい御利益のある精霊様を異世界のお菓子で釣っていたらしいんだがね。


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