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1-35 行商人

 それから、まず靴屋へ行って、靴の代金を金貨で払って銀貨のお釣りをもらった。


「では、今日はこちらの出来合いの靴の残りだけという事で、また後日ブーツは取りにきておくれ。

 あと六日もあればできると思うんだが」


「そうだね、もしかすると一足出来たくらいの頃合いに一回取りにくるかもだけど」


「ああ、それでも構わないよ。

 ついでに具合も確かめてもらえれば丁度いい」


「じゃあ頼んだぜ、おやっさん」


 俺は靴屋を出ると、新しく買ったばかりの靴の慣らしも兼ねて村内を散歩した。


 今日の靴もなかなかいい感じだ。

 革製だし、毒虫などを気にしないのなら、これで旅をしたっていいくらいの物だ。


「なあ、エレ」


 俺は肩の上で寛いでいる、新しく出来た小さな友人に話しかけた。


「なあにー」


「俺達みたいに異世界から召喚された人間って、元の世界に帰る事はできないのか?」


 これにはいつも陽気な彼女も少し難しそうな声を出した。


「さあー、そればっかりはどうかな。

 あんた方が呼ばれた召喚儀式っていうのはね、かつて異世界から片道切符でやってきた軍勢が使った『古い亀裂』を、強引に魔法陣の力でこじ開けて、予言された勇者を狙って引き込む物なの。


 今回は特別な勇者を呼んだらしいので、召喚魔法の使われ方が力任せで荒かったものか、なんだか余分な人が大勢来てしまっているけどさ。


 あそこは片道切符の通路なんだから、何をどうやっても向こう側からこちら側への片道方向しか通れないよ。


 そうは言いつつも、逆にこっちの世界からあなた方の世界へ通じる通路が、この世界のどこかに絶対に無いなんて事も誰にも言い切れない訳だし。

 一応、世界は通路を介せば通じているみたいだからね。


 向こうの世界とこちらの世界が位階の異なる世界で、水が上から下へと流れるように向こうから人が召喚されて落ちてくるだけという可能性も捨てがたいけど、あたし個人は特にそのようには感じていないな。


 まあ実際のところは誰にもわからないよ。

 今のところは帰還できる可能性はまだ残っているとしか言いようがない。

 情報が少なくてごめんね」


 そうだったのか。

 じゃあ、少なくとも俺達が呼び出されたあの神殿からは日本へは帰れないという事なんだな。


 それがわかっただけでもいいさ。

 あそこに固執する考えは持たなくていいのだから。


 俺は魔王とは戦わないんだから、これからの時間は帰還の通路を捜す旅に出るのもいいよな。


 もしかすると強大な力を持った魔王なら何か知っているのかも。

 もし魔王が人間の話を聞いてくれるような奴なのだったら、彼を訪問して帰還通路について聞いてみるのもいいかもしれない。


「精霊の力で、そういう事をなんとかできないのかい?」


「それはちょっとどうだろうね。

 でも伝説の大精霊みたいな方だったらどうなのか。

 私達にもそれはわからないわね」


「そういう大精霊に会う方法は?」


「それこそ雲を掴むような話でねえ。

 どこにいるものやら、あたしらにもさっぱりってとこでね。

 まあ、他の精霊に会った時にでも話を聞いておいてあげるけど、今のところはまず望みはないと思ってくれておいた方がいいよ」


 そうか、なかなか難しいもんだ。

 そして俺は一呼吸置いてからもう一つの、もっと難しい案件について聞いてみた。


「魔王ってどんな奴なんだい?

 人間が会ったりする事ってできるものだろうか」


 だが物知りな精霊から即決で首を横に振られた。


「会わない方がいい。

 碌でもない奴だから、人間が関わろうなんて絶対に思わない方がいいよ。

 人間の世界に攻めてきている相手、人間の敵なんだと理解しなさいな」


 あっさりと、そっちの望みも絶たれたようだ。

 もしかして魔王なら何か知っているかもと思ったが、そうそううまくはいかないもんだ。


 だが、エレのおかげであれこれと判明したのは助かる。

 今後の俺の行動について、何らかの方向性が見えてきたのだ。


 大精霊や異世界通路の探索、それを口実に世界を見て回ると言うのも面白いし。

 その前に王都へ行って、あの姉妹に会っておきたいな。


 そしてエレのガイドに従えば、日本へ戻るための何らかの手掛かり、成果は見いだせるかもしれない。


 こいつには、後でお菓子を奮発してやらないとな。


「そういや、まだ例の行商人は来ていないのかな。

 もしかしたら、お前が大好きなお菓子なんかも持ってきてくれているかもしれないぜ。

 子供には甘そうな感じがする奴みたいだからな」


「それは聞き捨てならない発言だね。

 でも本当に持ってきてくれないかなあ。

 あんたがスキルを使えるようになる明日が、どうにも待ち切れないんですけど」


「はは、ちょっと宿に戻ってみるか」


 そして俺達は村の様子を眺めつつ宿に帰ってみたが、生憎な事に行商人の人はまだいなかった。


「あの子は、いつも昼前くらいにふらりっとやってきて、ご飯を食べてゆっくりしてから仕事の話を始めるのさ。

 今日は約束の日だから来てくれるだろうけど、いつもは不定期だよ」


 それでカイザがボヤいているのか。


 いいな、行商人もフリーダムな暮らしでさ。

 冒険者は俺なんかじゃ入会が難しそうな按排だ。


 よくある『すぐ死んじゃう系』の職業じゃなくって、地球の傭兵警備会社PMCのように非常にプロフェッショナルな匂いがする集団だ。


「なあ、おばちゃん。

 行商人って何か資格がいるとか、ギルドに入っていないと駄目なのかい?」


 だが、おばちゃんはお盆を胸の前で抱えながら、のけぞって一笑に付した。


「あんたは面白い事を言うもんだね。

 街で店を構える商人が作る商人ギルドじゃあるまいに。

 そんな制約があったりしたら、危険で割に合わない仕事である行商人が一人もいなくなっちまって、あたしら辺境の村が困っちまうよ」


 そうだったのか。

 じゃあ、行商人となって帰還路探しをしながら異世界巡りと洒落込むのも悪くない選択か。


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