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1-34 お袋の味

「うっわあ、これも美味いなあ」


 宿の夕飯はまたお楽しみだった。

 なんとおかずに、日本でも御馴染みという風合いのシチューっぽいものが出たのだ。


 明らかに牛乳っぽいものが使われているので、凄く懐かしい感じだ。

 昔はうちでもよく作ってくれた。


 故郷のお袋は元気にしているだろうか。

 俺は今、とりあえず異世界でかろうじて元気です。


 それにしてもこんな隣村でこんな美味しい物を食えるとはなあ。

 俺が一種の郷愁に囚われているのを見て、隣のおっさん二人組が不思議そうに眺めていた。


「ねえ女将さん」


 少し太った感じで、それでいてそれがまた全然欠点でも何でもない、むしろ魅力になっている感じの、屈託のない女将さんの笑顔が自然体で振り向いた。


「なんだい」


「このシチューは何を使っているのかな?

 凄く美味しいよ」


「そうかい、そいつは嬉しいね。

 ああそれはね、うちの自慢の山羊の乳を使った煮込み料理さ。

 山羊の乳はとっても健康にいいんだよ」


 そういう話は聞いた事があるなあ。

 日本じゃそういう機会もなかなか無いけれど。


 なるほど牛の乳じゃないんだ。

 そこはかとなく風味に違和感はあったんだが、別にマズイとかじゃない。


 それでも、ただの塩スープよりは随分美味かった。

 まあ、いつも作ってくれているのがカイザなんだからな。


 あいつの料理の腕は俺とそう変わらない低レベルだろう。

 そしてまた焼き肉のような物が出たが、多分山羊の肉だな。


 地球でいえば、山羊を飼っている地域で村の催しで料理を出すために山羊を一頭潰すかという感じの代物だったが、久々の肉らしい肉と言っていい肉料理は脂が甘くて美味かった。


 シンプルな味付けでも料理人に腕さえあれば、山羊の肉だってそう悪くはないな。


 俺は冷めないうちにそいつを手早くお腹に収めた。

 山羊や羊の肉は冷めると独特の臭みがありそうだ。


「そういや、この村で何か地面が揺れたりしなかった?」


「ああ、あれは揺れたねえ。

 なんか凄い煙が立ち上っていたし、音も凄かった。

 村中の人間が家から飛び出していたよ。

 まあ特に何もなかったんだけど、一体何だったのかねえ、あれは」


「さ、さあ。

 あははは」


 俺は笑って誤魔化しておいた。


 あの俺が世話になっている村では揺れによる多少の被害はあったのだが、あれで駄目だったら村総出で逃げ出さざるを得なかったはずだ。


 今俺がいる隣村も含めてね。

 そういう事なので、村では、あの件について俺の責任は一切不問に付された。


 まあ家が潰れたとか死傷者が出たとかの大被害はなかったからな。

 大地ごと揺れまくるような大地震が来たわけではなくて、森の奥地で大爆発があっただけなのだ。


 とにかく、あの村近郊であれこれと楽しみがあるのは、この隣の村だけだろう。

 当分の間は、旅の準備と体力作りを兼ねてこことの往復に終始するか。


 俺に体力がついたら、背負子でも作ってカイザと二人で子供を一人ずつ背負えば、あの子達だってここくらいまでなら連れてこれそうな気もする。




 そして、翌朝。

 スープとパン、簡単な塩サラダに山羊の乳といった朝食を摂り、村の散歩に出かけた。


 その前に、宿屋の料理をあれこれ買い取りした。

 昨日、頼んでおいたのだ。


 残り物のシチューなどを温めたものとかパテに肉スープ、山羊の焼き肉料理とヤギの乳も仕込んだ。


 あの美味しいパンもこの村では、ここでしか買えないそうで、金貨二十枚をかけて特別に街の鍛冶屋に特注で作らせたという立派なパン釜も見せてもらった。


 辺境の村にしては勿体ないくらいの立派な設備で、そりゃあこんな本格的なパン釜で焼いたパンは美味いわけだ。


 だが俺がどうしてそこまでするのか訳を聞くと、女将さんはこう言って豪快に笑った。


「馬鹿だね。

 この何もないような辺境の村だからこそ、せめて美味いパンくらい食べたいっていうのが人情じゃないか。

 それについては村長や長老なんかからも懇願されてね。

 半分は村からの補助金で賄ったよ」


「なるほど」


 という訳で、スキルを使って増やす用とは別に、子供達にやるためのパンをたくさん仕込んだ。


 スキルで増やそうにも、エレからのお菓子の催促が煩いので、そっちを優先せざるを得ないからな。


 まあ滅多に貰えないような精霊の加護なんて物をくれたそうだから仕方がない。

 それに子供達にも飴をやらないといけないのだから。



 今日の分のスキルは金貨を増やすようにしないと、靴の代金をそいつで払う予定なのだ。

 そうしないと大量の銀貨を数えないといけなくなり、お互いに面倒だからね。


 とりあえず、俺はスキルをベッドの上で行使し、金貨の雨でできた光のシャワーを浴びてみた。

 床にぶちまくと宿中が煩いからな。


 舞い降りる金貨同士がぶつかる心地よい音で、ベッドに敷かれたシーツの上でも結構煩かったが、それもほんの一瞬の賑わいだ。


 次の瞬間には、俺は見事に金色に光る金貨の海に埋もれていた。

 まあ銀貨や金貨は小さいから、一万枚あってもこんなものだ。


 この部屋で迂闊に水樽など増やそうものなら、宿中がえらい事になってしまいそうだ。


 なんとか収納の中で密かに増やしたいのだが、今のところそれは実現できていない。

 たぶん、これもイメージでああなっているのだ。


 樽は地面に並んでいてほしいし、金貨銀貨は上から浴びてみたいという無意識な欲求があるのはないか。


 あるいはシステム的な必然性が何かあるのかもしれない。



「人間はそんな小さな物をありがたがるんだねえ。

 食べられもしないのに」


「ああ、まったくな。

 こいつのせいで人の世界じゃ人同士の争いも絶えないのさ。

 だけどさ、こういう物のお蔭でなあ、お前の大好きなお菓子も作られたり買えたりするんだぜ」


「そういや、そうだった。

 そう考えると馬鹿にできないもんだね、金貨という奴も。

 ああ待ち遠しいな、お菓子」


「お菓子は、明日には増やす予定だから待っていな」


「はいはい」


 そう言いつつ、くるくると楽し気に俺の周りを回る精霊がいるのだった。


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