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5 信長、異世界で忠義者に出会う

「それにしても、殿。

 ここは一体どこなのでしょうなあ」


「さあてな。

 だが、なかなかに面白そうなところじゃ」


「はあ」


 蘭丸はしょげていた。

 何しろ、この訳の分からないところから帰れる場所は、あのさっきの場所の敵陣の向こうにしかないようだ。


 にも関わらず、敵将を討ってしまったため、もう二度とあそこへは行けそうにない。

 一体この先どうしたものかと。


 少なくとも、ここにある国を敵に回しているのだ。

 たった二人きりで。


 まあ、向こう側へ戻ったところで、あの明智光秀に与する敵軍を突破しないと逃げられない訳なのだったが。


 なんとか味方の武将達がここへ迎えに来てくれるとよいのだが、と当てもないような希望に縋るしかない現実の中にいるわけなのだが、その彼の主と来た日には。


 それは一言でいうのであれば、「浮き浮き」という他はない。

 もうすっかり、この未知の世界に夢中なようであった。


 そして彼らは麓へ着いた。

 今のところ、追手が追いついてくる気配はない。

 だが蘭丸の主はこう言い放った。


「そこの者よ、隠れていないで出てくるがよい。

 なかなかの手練れとみた。

 特別に名乗りを許す」


「はあ?」


 蘭丸には気配なんて物はさっぱり掴めていなかったのだが、そいつは遅滞なくその異様な姿を現した。


「な、な、な、な! 貴様、何者だ!」


 そう言って大慌てで刀に手をかけた森蘭丸。

 そして気色ばんで声を荒げた。


「おのれ、その面妖な被り物を取れ。

 それとも貴様は戦場で首を討たれ、現世に迷うた妖の類いか!」


 そして、そいつはややくぐもった声で嗤った。


「ほお、我を知らぬと申すか、勇者森蘭丸よ。

 王国どもが、ここで魔王軍を一気果敢に殲滅せんと勇者を召喚するというので、その間抜け面を見定めてやろうと思うたのだが、勇者などと呼ばれても、その無知は片腹痛いな。

 そして思った通りの間抜け面よ」


「なんだと、何故お前のような蟷螂頭がそれを知っておる。

 おのれっ、何奴」


 いきなり出会った敵より侮辱され、刀を抜き放って憤る蘭丸。

 信長は微動だにせず、興味深げにその腹心の切った張ったを見物する腹積もりのようだ。


「我が名は魔王軍幹部・魔将軍ザムザ。

 いや、見栄を張った。

 魔王様を失った魔王軍など、もう存在しないに等しい。

 かつての栄光など、もはや何も意味はなさぬ。


 我は既に人間相手の戦線より離脱した。

 魔王様亡き今、魔王様に忠義を捧げし我が、魔王軍残党のために戦う意味はない。

 今は一介の、只の無頼の魔人ザムザに過ぎぬ」


「魔王……軍?」


「ほお。

 まさか、己が召喚された理由すらも知らぬというか。

 ふ、勇者森蘭丸如き恐るに足らず、だな」


「喧しい。

 わしは勇者などという怪しげな者ではないわい。

 そこにおられる我が殿、織田信長様の小姓である」


「勇者たる貴様が、その御仁の小姓とな。

 はて、さすればそちらはさぞかし名のある武人であられるのかな」


「わしは第六天魔王織田信長。

 ほお、魔王軍とな。

 それも一興。

 いっそ、わしも作るか。

 その魔王軍とやらを。

 この魔王織田信長の軍勢をな」


 だが、それを聞いて何故か突然に憤る蟷螂頭の怪人。


「何を抜かす。

 人間どもの卑怯なる罠にかかって討たれた魔王様。

 しかし、この忠義が廃れる事など有り得ぬ。

 それを人間如きが愚弄するか。

 その罪、万死に値する!」


 そして、いきなり両腕を鎌に変えて信長に襲いかかるザムザ。


「殿っ!」


 しかし悠然と待ち構える信長。

 鋭い金属音のような衝突音を響かせて二人、いや一人と魔人は交差した。

 あるいは、魔王と魔人が。


 そこには笑みを象る魔王面と、信じられぬといった面持ちの蟷螂面が、まるで時代劇で切り結んだ直後のような格好で固まっていた。


 いや、固まっていたのはザムザ本人だけで、信長は優雅に立ち、ただ顎をかきながら月を見上げているだけだった。


「お主、なかなかに硬いのお。

 面白い奴じゃ。

 ただの人ならばもう死んでおろうに」


 どうやら信長は刀すら抜かずに、そやつに攻撃を加えていたものらしい。


 それに、せっかく『面白そうな奴』に出会えたのだから、「斬ってしまうなどもってのほか」なのであろう。

 自分の主の、そのいつもながらの虚けぶりを理解して、蘭丸はまた頭を抱えた。


「むう、貴様何者ぞ。

 我の攻撃にビクともせんとは。

 そして、その腰の物すら抜かぬとは」


「ふむ。

 面白いのお、このスキルとやらは。

 なんというか、何に使うものなのかもよくわからぬし、何がどうというでもないのだが、なんともしっくりとくる。

 この『第六天魔王』というスキルとやらは」


 だが、ザムザには理解出来た。

 それが凄まじいスキルである事を。


 そして、(かま)を交えて初めて理解出来た。

 何よりも、その相手の存在の大きさを。

 器の大きさを。


 ここにいる誰もがまだ知らないが、この勇者召喚においては本命である森蘭丸などはただのオマケのようなもの。

 信長の存在の大きさが、世界を強引に繋いだままにしてしまったのだ。


 本来ならば、勇者を召喚したら閉じてしまうはずの次元通路は今も開きっぱなしになってしまっている。


 それは、やがて「アルフェイム戦役」を引き起こすことになる。

 異世界の王国軍対日本の勇猛な侍との壮絶な戦いを。


 ザムザにはもう既に理解出来ていた。

 この二人は、その通り抜けて来るための力の大きさ故に、既に不死身の身の上と化している事を。


 多数の神官どもの命や、この神聖なる特別な山頂の力を吸い尽くし、不死身の魔王とその従者となったのだ。


 そして、この信長という人間そのものが持つ器の大きさと、魔人魔獣を統べる事の出来る能力を。


 それは信長の持つ不破壊オブジェクトと化した魔剣からさえも感じ取れる。

 それは彼の従者である勇者森蘭丸の腰の物さえも、そうさせていたのだ。

『この主あっての勇者森蘭丸』なのであった。


 王国は完全に見誤っていた。

 もとより、チンケな王国が御せるような矮小な存在なのではないのだとザムザは見抜いていた。


 おそらくは他の魔人連中も同じように感じ、自分と同じ結論に達するであろうという事をも理解したのだ。


 ザムザは欲しかったのだ。

 新しい、こんな唯一無二と思えるような主君が。


「殿」


 これには森蘭丸が眼を丸くした。

 この蟷螂頭の怪物は、今自分の主に向かってなんと言ったのか。


「ほお、貴様わしの事を殿と呼ぶか」


 当然の事ながら、その短いながら真摯な忠誠心を捧げられた信長本人は面白そうにしている。

 それを見てガクっと肩を落とすオマケ勇者森蘭丸。


 まあ、なんとなく展開は読めていたような気もするのだが。

 いつもの『信長あるある』なのであった。


「どうか、我ら魔王軍を統べる魔王様に就任していただけまいか。

 その代わり、我らの忠義は我らが存在する限り貴方様へお捧げする。

 よろしければ、どうか我と共に魔王城へおいでいただけないものだろうか」


「ほお、城か。

 そいつは面白い。

 とりあえず、ここでの城には不自由しておってのう」


「あのう、よろしいのでございますか?

 そやつの異形を見る限りでは、おそらくその魔王城にいるという連中はきっと……」


 無論、そやつらは森蘭丸風情の想像の範疇を大きく超えた、人外の魔の物なのであった。


 だが、にいいと笑った主は、むしろそれがいいと言わんばかりの満足そうな貌をしている。

 それを見て森蘭丸はピシっと居住まいを正して腰を落とし、ザムザに向かって頭を下げた。


「ザムザ殿、よろしくお頼み申す。

 我らはあのコトとかいう王を討ち、この国に喧嘩を売ってしまいましたのでな。

 これから行く先の当ても皆目ござらん。

 その魔王城とやらにて、お世話になりたい所存である」


「頭をあげよ、勇者森蘭丸。

 もちろん世話はするのだが、畏まる必要など微塵もない。

 信長様こそが、我らの真の主となられるのだから。

 貴殿は既に我が魔王軍の重鎮である。

 さあ、魔王様。

 参りましょうぞ、我らの拠点へ。

 いえ貴方様の統べる魔王城へ」


 そしてザムザの飛行魔法により誘われた魔王城にて、まず呼ばれたのがザムザの盟友たる水龍のゲンダスであった。


 此度の召喚勇者の巻き添えとなった連れである信長を新魔王とザムザから紹介され、ゲンダスには大いに驚かれたのであったが、ザムザの心酔した様子を見て、また己の物差しを持って相手を測り、同じく信長に膝を着いた。


 それから一行は、散り散りとなってしまった魔王軍の補充を求めるために、信長出現により発生した魔物穴へと向かった。


 今回はエネルギーの殆どを信長達が吸い取ってしまったため、さほど大きな魔物穴ではなかったが、当座の眷属としては十分な戦力を得られたのであった。


 魔物穴にて、湧き上がる無数の夥しい魔物達を眷属とした信長は、飛行タイプの猛禽の如くの眷属の背にどっかりと乗り、異界の空の旅を楽しんだ。


「楽しいのう、蘭丸よ。

 このような旅はいつも夢想しておったのだが、それがよもや現実のものとなるとはのう」


「は。

 それもこれも生きてこそという事でございますな。

 今頃、あの本能寺はどうなっておりますことやら」


「まあ、光秀がわしを討ったとかいう話になっておるのではないか?

 まあ本当に首はやらんがな。

 あの爺め、へたをすればその辺に転がっている焼死体を、わしとお前の死体に仕立てあげて一人で悦に入っているのではないか。

 うわっはっはっは」


「はあ……」


 そして魔王城ではまた『歓迎の儀式』があれこれとあったのではあるが、ほぼ滞りなく魔王城には目出度く新魔王が誕生したのであった。


 新魔王、第六天魔王・織田信長が。


久し振りの一粒万倍日、いかがでございましたでしょうか。

このお話が、魔王様まで辿り着けなかったのが実に心残りでして。

もう原稿は数か月前に書いてあったのですが、ようやく投稿できましたね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ん~、やっぱり勿体ない。 こんな面白い設定にしてたのなら、本編の続きを書いて下さい!
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