2 はずれ勇者 第六天魔王
総見院殿贈大相国一品泰厳大居士とも、あるいは総見寺殿泰厳大居士とも、複数の戒名を持つ第六天魔王(自称)の織田信長。
生憎と、前者の戒名を付けられた本能寺では死んでいなかったものらしい。
何故なら、彼はその薄暗いような石造りの神殿の床にて得意のスタイルで座り込み、相も変わらず酒をグイっとやっていたからだ。
いくらなんでも、物に動じないにもほどがあるのだが。
そしてその傍らには、何かこう、いかにも雑魚キャラという感じで無様な姿で転がっている森蘭丸がいた。
まるで猫が寝ているかのように弛緩した肢体を伸ばし切ったまま、いかにも『横倒し』といった格好で、まさに辻切りに遭って死んでいる町人の如しだ。
だが、そのような彼らに声をかける者がいた。
「ようこそ、この世界へ。勇者様」
それは凛とした声で、やや厳しめの色を含んだものであったが、無論信長は無反応であった。
何故なら、彼は勇者などという胡乱なものではなく『魔王』なのであったからだ。
自分でそう名乗っていたのだし。
それすらも、ただの酔狂で虚けな自称に過ぎないのであったが。
だが、その声は少し苛立ちをも含んだ声で、更にこのように続けた。
「勇者、森蘭丸殿。どうか、お返事を!」
しかし、その物言いには思わず酒を吹きそうな顔をしてしまった信長であった。
さすがに不意討ちにもほどというものがある。
この、主君に対して小煩いだけが取り柄の忠実な小姓が、よりにもよって勇者なのだと。
勇者という言葉の意味はよくわからぬが、おそらく字面からすれば勇猛なる者の意であろう。
「ないな」
素直に簡潔な感想を漏らした信長であった。
『そういうものならば、まだあの猿めの方に分があるわ』
瞬刻の間も置かずに、そのように思わざるを得ない。
あるいは、今までやりあった武士や噂に名高い猛者たる武将達。
そう言った猛々しい者達こそが、そう呼ばれるに相応しい。
何よりもこの場には彼、天下にその名を轟き渡らせた信長本人さえいるのであるが。
(よりによって、『これ』がか。それにしても一体ここはどこなのじゃ)
そして脇にあった大刀を掴むと、その鞘の先で乱暴に死体演技中である彼の小姓を突いた。
「はうっ」
何かこうビクっとしたような感じに飛び起きて正座する蘭丸。
いつも、このようなぞんざいな扱いを受けているのであろうか。
こういう時にへたな起こし方をするよりも、こういう『いつもの』で起こされる方が、よく起きるのかもしれない。
「蘭丸よ」
「な、何用でございましたか、御館様」
「お前の名を呼んでおるぞ、あやつらがな」
「は?」
そして床に正座したまま振り返った彼の眼に映ったものは。
彼の知る宗教施設とはあまりにも異質な、そして荘厳ともいえる神殿。
そして数百名もの『南蛮人』の群れであった。
それらの多くは武装していたので森蘭丸は慌てた。
『さては、光秀め。南蛮人の加勢を頼んだか!』
彼がそう感じるのも無理はなかったのかもしれない。
その上、およそ百人にも達するような人間達が倒れていたので。
彼らは生気がなく明らかに死んでいる様子で、しかも薄暗がりの中では『僧』であるかのように見えたのだ。
それはそれは篝火のような薄灯りの中で、パッと見には寺の僧が敵の軍勢に討ち倒されてしまった光景であるかに見えたのだ。
それはよくよく見れば、彼のよく見知った日本の僧ではなく、異界の神官達なのであったが。
それらは、勇者召喚に挑み見事成功したのはいいが、勇者のおまけである信長の存在感があまりにも重すぎて、不用意にうっかりとそれを勇者召喚に巻き込んだ代償として命を失ってしまった者達の無残な骸であった。
さては雇われ兵である南蛮人の軍団に本能寺の僧達が討たれたかと慌てて立ち上がり、刀を抜いて主君の前に立ちはだかる森蘭丸。
「おのれ、光秀。
出てこい、この卑怯者め。
せめて、貴様自身がこの蘭丸と立ち合え」
だが彼はまだ気づいていなかったのだ。
この状況における己の主君の寛ぎっぷりに。
「おお、さすがは勇者様。
勇ましい事この上なし」
「はあ?」
しかし、そやつらは斬りかかってくる様子さえなく、むしろ笑みを浮かべて彼と向き合っていた。
ようやく様子がおかしい事に気がついた彼が刀を降ろし、主の方へと向きなおると、彼はグイグイと杯を飲み干したところであった。
そして言うに事欠いて、このような事を言い給うた。
「蘭丸よ、酒が切れた。今すぐ買ってこい」
「殿、それどころではございませんぞ。
一体、この有様は何事でございましょうか」
「知らぬ。
聞こえなんだか? わしは酒を買ってこいと言ったのだが」
思わず身震いする森蘭丸。
ここで信長の逆鱗に触れれば酷い事になるのは請け合いなので。
慌てて素早く刀を鞘に納めると、承服の返事を即答した。
そうしないと、機嫌が悪い時などは抜き身の脇差が飛んで来かねない。
「は、ははあ。た、ただいま~」
そして駈け出していった森蘭丸。
「貴様ら、そこをどけ~」
だが、あっという間に両側から多数の兵士達に捉まえられる。
「な、何をする。
放さぬか。
わしは今すぐ殿の御使いで酒を買いに走らねばならんのだ。
放せ、放さぬか~」
だが、相手は蘭丸を抑えたまま困惑するばかりの様子。
その様子に、更に自分自身も困惑しまくる森蘭丸なのであった。
割合と愛知県民である作者の地元キャラである天六大魔王閣下、本篇の雑魚な主人公などとは格が違い、異世界召喚如きは単なる娯楽の一種に過ぎず、ただの酒のつまみでしかありませんね。
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