外伝 はずれスキル【第六天魔王】異世界織田信長異聞 第六天魔王異世界へ召喚される 1 風流な刻
『はずれスキル本日一粒万倍日』の外伝になります。
「少し前の日本人である魔王」は焼け落ちる本能寺にいた。
そして異世界へ勇者として招かれたのだ。
小姓の森蘭丸が。
見事に巻き込まれ、「はずれ勇者」として召喚されてしまった織田信長。
だが、日本から消してしまうには彼の存在は大きすぎたのだ。
無理やりに引き剥がせば、元の次元空間に穴を開けてしまうほどに。
「ああ、燃える。燃えてしまわれる。殿の天下が」
そう炎の燃え盛る本能寺にて呟いたのは織田信長が小姓である森蘭丸であった。
若干十八歳の若武者というか、ただの小姓である。
仕えていた主はただの人ではないのだが。
信長と衆道の噂さえあったこの男、その実ただの苦労人なだけである。
我儘な主に仕え、苦労は絶えなかったが、最期の瞬間までそれは続いたようであった。
もっとも、彼はその最期を易々と迎えるつもりは毛頭ないようであったのだが。
「殿、あのう一体何をしておいでなのです?
さあ、さっさと抜け道から逃げますよ!」
寺は燃えていても、地下道から逃げ出す事くらいは出来たようだ。
寺といえば、戦とは無縁ではおれぬ代物。
城同様に、僧兵達の手により抜け穴が掘られていたようだ。
大方、どこぞの枯れ井戸にでも通じているのだろう。
「まあ、そう急くな。
見るがいい、あの美しい炎を。
これほどのつまみも、そうそうあるまい」
見れば、信長の定番とも言えるスタイルの、縁側にて行儀悪く片膝を立てて半ば着物の裾をだらしなく捲り上げて座った『虚け座り』をしながら、この非常時にもちゃっかりと酒壺を傍らに置き、杯を口元に寄せている主の姿があった。
「ああ、また殿のいつもの悪い癖が……」
命をベットした小粋なちょい飲み。
このちょい悪親父にとっては、この命懸けの修羅場すら、この上ないシチュエーションなのだろう。
頭を抱えつつも、自分の命もかかっているので今日ばかりは必死になって主人の着物の袖を引っ張るが、生憎とお楽しみの中断には至っていない。
これが普段このように不粋な真似をしようものなら、いきなり傍らの刀が一閃しようというものだが、本日ばかりはその小姓の泣きそうな顔すら美味い酒のつまみでしかない。
思わずニヤケた半笑みを漏らす第六天魔王。
今にも敵兵がなだれ込んできそうなこの瞬間、その瞬間にこそ自分は生きていると感じ入るものであろうか。
常人とは少々神経の出来が違うようであった。
まあ戦国の戦人ともなれば、そのあたりの感性は大体どいつもこいつも似たり寄ったりというものなのかもしれないが。
「光秀め。
あの年寄り奴ばらが、なかなか小粋な真似を晒すものよ。
だがまあ酒も残り少ない。
そろそろ往くとするか」
「ははあ」
半ば立ち上がりかけた主の姿に、心よりホッとした蘭丸は信長の前で目を瞑って平服していた。
だから気がつかなかったのだ。
新たに主の興味を大いに引いてしまう『有り得ないような代物』が自分達の周囲に現れた事を。
その青い魔法陣のような光に魔王は心を囚われてしまい、再びその場に根を生やした。
そして、どうやら「ゆく」のは枯れ井戸あたりの出口ではなかったものらしい。
ややあって顔を上げた森蘭丸が眼にしたものは、それまで彼が眼にした物の中では一際異彩を放ったものであった。
戦場跡で見かける人魂に、幻の死者の軍勢、あるいはまた戦場の死者に由来する怪異なるもの達。
だが、それらこの世界における時代の妖しどもとは明らかに異質な何かが、そこにあった。
「殿……!」
だが、その蘭丸がこの世界で最後に見たものは、楽し気に狂気を孕んだ笑顔を魔王の顔に張り付けた長年御馴染みの君主の虚けた姿と、刀や槍を手に彼らが面する庭になだれこんできた多数の敵兵の姿のみであった。
いや、なんと魔王様が登場しない内に本篇が終了という形になってしまいましたので、いつか魔王について書こう書こうと思っていて今頃の登場です。
全部で五話になっております。
「少し前の日本人である魔王」なんて、この方しかいらっしゃいませんよね。
日本人で本当に魔王なんて名乗っていた人なんて、この人くらいのものじゃないでしょうかねえ。
「おっさんのリメイク冒険日記」コミカライズ8巻、明日発売です。
https://syosetu.com/syuppan/view/bookid/6287/




