4-83 ありがとう
ビトーの冒険者ギルドに入ると、もう若手からベテランまで出来上がっていた。
まだ昼前なんだがなあ。
まあうちの冒険者ギルドらしくていいやな。
「よお、一穂。
来たな~。
さあ討伐するぞ、異世界のクリスマスとやらをな!」
「あのなあ、フランコ。
もう完全に出来上がってやがるな」
ハリーも何故か今日は駆け回っており、とても人に見せられないような物凄い笑顔を衆人環視の中で垂れ流し、グラスどころか両手に酒瓶を抱えて弾けまくっていた。
すると、にこやかにグラスを掲げたギルマスが、いつの間にか傍にやってきていた。
ええいもう、気配を消して近寄ってくるんじゃねえよ。
もしかして、もう酔ってやがるのかな。
「はは、この辺境の冒険者ギルドに、世界に先駆けて異世界で人気のイベントとやらが来るとはなあ。
いや愉快痛快、恐悦至極、まったくもってハズレ勇者様万歳だな、わっはっは」
いつになく多幸感溢れる笑顔で高らかに笑うギルマス。
この人も立場的に厳しい人生が続いたので、この前の一件で大幅黒字計上と共に、王家にさえ恩を売るような形になったのだから機嫌がいいのも無理もない。
いつもは厳しいラミア女史も、今日はグラスのカクテルに口をつけながら、楽しそうにそのギルマスの痴態を眺めている。
まあ人間、たまには羽目をはずさないとな。
サブマスのジョナサンも同じく楽しそうだ。
この人は、ギルマスが来た当時のナンバーワン冒険者だったらしい。
だが、ギルマスを支えるために少し無理をして現役を続けたために、自分の婚期が遅れてしまったそうだ。
そして今では子煩悩な、みんなのお父さんなのだ。
俺はこの人の事が大好きだ。
どことなく笑った感じが、うちの父親にそっくりなのだから。
「ジョナサン、クリスマスはいかがですか。
お昼から、どんどん勇者の国のメニューで攻めますからね」
「それは楽しみです。
みんな、楽しそうで何よりです。
いや楽しい」
よく見たら、小さな女の子がお父さんの足にきゅっと抱き着いて、はにかんだ笑顔を見せていた。
やっぱり、あんたが一番子煩悩だね!
「お嬢ちゃん、お名前は」
「マイラ。
四歳ですっ!」
「おお、元気な挨拶だ。
可愛いな」
「アリシャと同じ歳だね」
そして宗篤姉妹が、こっちへやってきて挨拶をした。
「ただいま、ジョナサンさん」
「やあ、お帰りなさい」
「ジョナサンさん、聞いてくださいよお。
もうあの独裁者の国と来たら」
「はっはっは、それは大変でしたねえ」
そして、『お父さん』に夢中で旅の報告をしている彼女は置いておいて、俺は『彼』を捜した。
「やあ、さっきはどうも」
「ああ、僕は仙桃一満です。
一穂さんのご活躍は聞いていますよ」
そして彼は少し言い淀んだ。
多分、あの時の事なのだろう。
だから俺は自分からこう言った。
「ありがとう」
「え」
「あの時、君はたった一人、あの無情の荒城で俺を助けようとしてくれた。
だから思いだしたんだ。
今まではトラウマのせいか、心の片隅に追いやっていたけれど」
「あ、ああ、あれを見ていてくれたのですか。
でも僕は」
「わかっているよ。
あの時は師匠が君の肩を掴んで、殺気というか怒気というか、凄まじい眼光で君を無理やりに止めた事も見ていたから。
だが、あれでいいんだ。
ああしなければならなかったシーンなんだよ。
だから師匠、ああ国護守さんには感謝してくれ。
彼はそういう物を自分から背負いたがる人なのだから。
あの時、あの人はそういう物まで全部一人で背負ってしまった。
そして一番苦しい顔であの場所を出ていった。
だから気にしなくていいんだ。
皆なるようにしかならない環境の中でなるようになったんだ。
さあ飲もうぜ。
俺、この世界で結婚するんだ」
「あ、ああ聞いています。
友香から聞いています。
結婚おめでとうございます」
「あはは、君もそのうちには結婚するんだろう。
婚約指輪、結婚指輪、その他ダイヤモンドに各種鉱物、ミスリルからオリハルコンに至るまで、俺のところには手広く揃えているぜ。
さすがに魔人や魔核は要らないだろうがね!」
そして俺達はグラスを重ね、笑顔で飲み交わしたが、気がつくと師匠が俺の横で見事なくらい直角に体を折って頭を下げていた。
「すまん、一穂。
あの時は本当に済まなかった」
「師匠、あんた今さら何を言っているんだ。
頭を上げて一緒に飲みましょうよ」
「そうですよ、国護さん。
あなたほど頼りになる人はいないんですから」
「だがこいつだけは、けじめをつけておかないといけないものなのだ」
もうこの人ったら、相変わらず融通が利かない親父さんだなあ。
そうか。
じゃあ、こうするかな。
「じゃあ、師匠覚悟しろっ」
俺はそう言って、彼の頭にビールをかけた。
「うお、冷たい!」
「ははは、これでお相子って事で」
アメリアさんが笑って、泉が収納から出したタオルで師匠の頭を拭いていた。
「うぬ、そういう事は一言くらい言ってからにせんか。
よおし、お前もこうしてやる」
「ひゃっほーい、ちべてえ~」
俺は頭から豪快にビールを浴びて、大騒ぎをした。
だが酒に煩いフランコが文句をつけてきた。
「なんだ、一穂。
いきなりそんな事をしてどうしたのだ。
せっかくの酒が勿体ないじゃないか」
「なあに、気にするな。
異世界では目出度い事があると、こうやって遊んで楽しむのさ」
「なんだと、そうだったのか。
それ」
「うわ、フランコ。
貴様何をする」
頭から泡だらけになったパウルが喚いていた。
そこで空気を読んだシャーリーが参戦して、フランコの頭にシャワシャワとビールをぶちまけた。
「しまった。
おのれ、シャーリー。
まだ子供の分際で」
「へーんだ、フランコおじさん。
もう成人しましたよーだ」
その様子を見て、隣にきたギルマスが笑って説明してくれた。
「フランコは王都のギルマスとは親戚なのだ。
実は、シャーリーはあいつの姪っ子でな」
「そうだったのか」
そして、そんな俺達の頭の上からビールが。
「うおう。
今度はハリー、貴様か~」
しかし、そのハリーも既にビールでぐしょ濡れになっており、けたけたと笑いだしていた。
「あー、ハリーめ。
もうかなり出来あがってやがるな」
「そいつは、もうとっくになあ」
師匠と仙桃が素晴らしい笑顔でビールをかけあっていた。
そして後ろから、この世界で俺の一番大切な人から声がかかった。
「盛り上がってるね。
なんかいろいろあったけど、いい感じになったし。
頑張ってビールを作った甲斐があったわねえ。
メリークリスマス」
「ああ、本当にな。
メリークリスマス」
頃合いを見て、魚海さんが魚市場仕込みの声を張り上げた。
「さあ、さあ、異世界鮪の解体ショーの始まりだよー。
本邦、いや異世界初の大公開だよ。
見ないと損々、食わないともっと損」
「お、始まるなあ」
「魚市場でイベントとしてやる事はあるみたいだけど、あの人は自分でやっちゃうから凄いよね。
なんたって漁師出身なんだし」
冒険者達もわいわいと集まってきた。
そして、豪快に大きな魚が見事な包丁捌きで解体されていくと大歓声が上がった。
「ねえ、あの魚って美味しいの?」
ちゃっかりと耳聡いシャーリーが俺に訊いてくる。
まだ目新しい物には目がない年頃だ。
しかも、こいつは偉大な両親と共に、この世界の神秘をあちこちで見聞してきたのだから。
「ああ、あれを食わずになんとするっていう代物なのさ。
トロは絶対に食わないとな。
一番脂の乗った大トロもいいが、やはりほどよく脂の乗った中トロも捨てがたい」
「カズホ、カズホ、それ絶対に確保してちょうだい」
「慌てるなよ、シャーリー。
赤身だって美味いんだぜ。
日本じゃあ、こんな凄い鮪は安月給のサラリーマンじゃ食えないしねえ。
まあ焦るなよ。
魚海さんが、まだまだ捌いてくれるんだから」
「それでもー」
「そういや、お前。
バーゲンはどうなったんだ。
楽しみにしていたんだろう」
「明日から、年末の大バーゲンなの。
泉さんも一緒に行かない?」
「いいわね」
「じゃあ、俺も行くよ。
まあ荷物持ちにならない分は、日本よりもいいかな」
「あっはっは、それは言えているね」
そして、全員で鮪の各種お造りをいただきながらビールを飲み、クリスマスを楽しんでいた。
冒険者達も、すでに山葵の効いた刺身に慣れて堪能しまくっていて、魚海さんは寿司にも取り掛かっていた。
パーティの海鮮・寿司コーナーは、異世界でも多くの人に受け入れられていったようだ。
そして俺達もまた多くの人が受け入れてくれたおかげで、今もこうして楽しくやれているのだ。
ありがとう、みんな。
そして、ありがとう異世界よ。
本日最終回です。
たくさんお読みいただき、ありがとうございました。




