4-81 和解・若い・夜会
「姐御、参加者は全部で何人だい」
「そうね、何人いると思う?」
「ほぼ全員だな」
なんとなくではあるのだが、俺は職業柄、会議室とか少し人数の多い程度のコンペ会場なら人数を把握できる特技が身についている。
ざっと六十人近い人数がいた。
その中に何人かのゲストもいるので、勇者ばかりじゃないのだろうが。
当然のように、俺を蔑んだり絡んできたりした、あいつらなんかもいるわけだ。
「麦野君」
「あ、こんにちは」
「ほう」
「これはこれは、おめでとう」
彼らも目聡く俺達の指に光る指輪を見つけた。
「小野田さん、萩原さん。
来てくれたんですね」
「ありがとうございます」
「ああ、今日は御馳走があるから是非来てと泉君が誘ってくれたもんでね」
「なんか日本食が凄くなっているんだって。
それを集めるのに大変に苦労したろう」
俺はにっこりと笑って、会釈のみで答えた。
数々の冒険談を全部話していたら、せっかく素敵なイブの夜をおっさん達とずっと過ごさなくてはならなくなるのだからね。
「ふふ、ケーキもありますよ。
クリスマスっぽい物の他に、米が今一つですが、チラシ寿司や普通の寿司もありますからね」
そして、ついにこれを出す時がやってきたのだ。
「これ、いかがですか」
俺が差し出したものはビールだ。
缶ビールは作るのが難しかったので瓶ビールを作ってみた。
作ったのは、もちろんフォミオで、俺のスキルで量産したものなのだ。
コルクを使った昔風の王冠はなんとか作ってみた。
御洒落なウェイヴを描く栓抜きも王都の鍛冶屋で作らせたのだ。
こいつは俺が地金を提供したステンレス製で、小洒落た意匠の彫り物もされている。
「おお、こんな物まで作ったのかね」
「うちの眷属は調合だの発酵だのといったスキルを持っているのです。
パンやビール・ワインなんかも得意な範疇の内ですよ。
そのうちに金属の蓋を捻ると開く、あのタイプの小さな瓶を作ろうかと思うんですよ。
アルミは各種あるので。
キャンプとかに是非持っていきたくって」
「はは、いいな。
その時は、よかったら我々も誘ってくれたまえ。
仕事の都合がついたら御付き合いさせていただきたいな」
「いや喜んで」
そして俺はあの連中を捜した。
若いヤンキー連中だ。
いたいた。
なんか連中だけで隅っこの方に集まって、ちんまりとやっているのが笑えるな。
だが俺の主催みたいな催しなのを知っていて、その上で敢えて来てくれたのだから、そこはよしとしよう。
俺を見下していたような性質のよくない系のおっさん連中なんかも堂々とやっているし、それを誰も排撃したりはしない。
まあ、歳を食えばあんなものなのだろう。
特に互いに挨拶をする事もないが、これまた互いにどうこうする事もない。
連中にも、もう俺を見下す理由もないし、あのような事があった事すら特に気にも留めていないのだろう。
彼らにとっては息を吸って吐くほどに自然な、毎度の出来事なのだろうから。
こっぴどくやられた側の俺は絶対に忘れないのだがな。
そのおっさん達も、今日はのんびりと食事や酒を楽しんでくれている。
今日は王国からつけられたパートナーを連れてきている奴は殆どいない。
なんとなく弁えるというか、そういう感じで。
アメリア嬢は別だ。
元々あの人は勇者のリーダー的な存在である師匠の正規パートナー枠に入っているので。
俺は奴ら若い連中の方へ近づいていくと、そのうちの一人が気づいて慌てだした。
「うわ、麦野だ」
「そりゃあいるさ。
これは俺が企画推進したパーティなんだからな。
お前らだって、それは承知の上で来てくれているんだろう」
「そりゃあ、そうなんだけど」
「な、なんだよ」
「馬鹿め、それはこっちの台詞だ。
そんな隅っこにいないで、こっちにこい。
お前らまだ未成年だが、どうせ飲むんだろう。
ビールもあるぞ」
彼らは顔を見合わせたが、おずおずと訊いてきた。
「いいのかよ。
俺はあんたの事を散々馬鹿にして」
「その、あんな事とか」
「ははは、なんだったら魔人の王たる今の俺を見下して、また挑んでくるか?」
だが、俺は連中の事を笑い飛ばしてやった。
そもそも俺の方が年上の社会人で、本来なら目上の存在なのだ。
さすがに、あの国護師匠みたいな貫禄はないけどな。
「い、いやいい。
冗談じゃねえ。
あんたみたいな化け物なんかと喧嘩していたら、幾つ命があったって足りやしねえよ。
何がハズレ勇者だ、ランクレスだよ。
反則にもほどがあるぜ」
「じゃあ来い。
野郎ばっかりで飲んでいても面白くないだろう」
「ま、まあ、そうなんだけど。
いいのか?」
「よくなかったら誘わないだろう。
お前ら、今日はやけに殊勝な態度だな」
そして、そいつらを十人余り引き連れて、真ん中の華やかな場所へと戻った。
「あー、何でそんな奴らを連れてきたのよー。
魔人の王に飽き足らず、オジサンったらヤンキーの王にでもなるつもりなのー」
「そうだ、そうだー。
このハズレー」
この女子高生ども、まったくもって困った奴らだ。
日頃、男が欲しいとか喚いているから連れてきてやったというのに。
「ああ、そうだ。
もう勝負付けがついているんだから、こいつらは俺の舎弟みたいなもんだ。
腐った根性は俺が鍛え直しておいてやるから、お前らの婿にどうだ」
「えーっ」
「うーん」
「婿っ!」
お前ら、本来なら速攻でパスと言いたいところを、こっちの世界の男も難ありなのだから悩ましい問題だなと内心では計算高く考えているのだろう。
これだから女っていう奴は。
本当なら、せっかくの数量限定の日本の若い男なので、あれこれと具合が悪いところには目を瞑って付き合ったってそう悪いものではないのだ。
花の命は短いのだ。
はたして、こいつらが日本に帰れるものかどうか。
そうでなければ、おそらく結婚相手にだって困るだろう。
そのあたりの事に関しては、俺も世話を出来る自信がまったくないな。
奴らが如何に意地を張ったところで、後は日本人のおじさんか現地人しかいないのだからな。
ふ、そのくらいの事は、この魔人の王には全部お見通しよ。
「舎弟……」
「う、俺達ハズレ勇者の子分なのかあ」
お、不服そうだな、こいつら。
ここは一つ、鬼教官ザムザを付けてブートキャンプを開催して根性を鍛え直すか。
軍隊は駄目な若者を労働力として再生産出来る貴重な場所だからなあ。
あるいは、いっそニックネームでもつけて、春人のように眷属化しておくか?
俺とこいつらの勝負づけはもう済んでいるんだから。
「よおし、仕方がないから今日だけはこの姶良様が特別に許してあげよう。
その代わり、ホストのようにチヤホヤと尽くすように!」
「へいへい、お嬢様」
その金髪小僧が、恭しく詮を抜いたアルフェイムビールを捧げ持つと、姶良が一言。
「馬鹿者、返事は『はいが一つ』だ。
やり直し」
「はあ……」
そんな勇者の若者達の微笑ましい様子を、王様や焼き締めパン村から戻ってきたらしいゴッドフリート公爵、もう王都へ戻っていたらしいビジョー王女なんかが杯を片手に楽し気に眺めていた。
そして王様は近づいてくると、俺と泉に向かって言った。
「ほお、そなたらは結婚するのか。
それは目出度い事だの」
「ええ、夕べ婚約しました。
御披露目にはちょうどいいと思って」
「はい、良かったら新婦の上司として式には参加してください」
「おいおい上司って」
「はっはっは、心しておくよ。
して結婚したらどこに住むのかね。
まあアオヤマはどこにおっても通えるだろうから、その点では問題はないがのう」
「そうですね」
「ねえ、王様。
結婚しても女勇者とかって勇者の仕事を続けるものなのかい」
すると王様は途端に難しい顔になって答えてくれた。
「うむ、その辺は実に難しいところでな。
腹に子供がおったり、乳飲み子を抱えておったりするのに戦ってくれとは、さすがに言えんしのう。
そこは無理強いしないというのが歴代の王達によって、なんとなくで形作られてきた統一見解なのじゃ。
あまり無体に無理ばかりを言うと、勇者側からの反発もあるのでな。
そしてまた、女勇者が今回の陽彩のような立場におる場合などでは、誠に相済まんのであるが頑張ってもらうしかない。
特にアオヤマは貴重な飛行能力を持った勇者じゃからのう。
わしとしてもそこは悩ましいところなのじゃ」
だが俺はクスクスと笑ってみせた。
だってね。
「ん? カズホや、どうしたのじゃね」
「いや、そんな風に言ってくれるところが、いかにも王様らしいなと思ってさ。
この前、俺が舎弟にしてきたパルポッタ共和国の総帥でアキラっていう奴。
あいつなら、問答無用で腹が大きい女勇者を扱き使うんだろうなと思ってさ。
というか、あいつ自身が女勇者を孕ませるのに執心していたんで大精霊と共に〆てきたのだが」
「おいおい、カズホよ。
あの国で一体何をやってきたのだ。
あのパルポッタの独裁者である総帥をお前の舎弟とやらにしたのだと⁇」
うんうんと、ここぞとばかりに大好きな父親である王様の傍にべったりな、ナナことビジョー王女が頷いていた。
まあ、こいつは俺のやる事をよく知っているからな。
「いやだな、ゴッドフリート公爵。
野郎があれこれとやらかしましたので、あの国では神様扱いの大精霊ハイドラの怒りを買って大精霊に使役される事になったから、それに便乗しただけですよ。
実際の監督は、現地にいる勇者の血筋にあたる女性がやっていますので。
あの人は、今まであいつから酷い目に遭わされていたので容赦なく〆るでしょうな。
まあ、あの国をいきなり潰すよりは遥かに有意義なんじゃないですか」
それを聞いて、少し頭が痛そうにしているゴッドフリート公爵と楽し気な王様。
一応、眷属化できてしまったことは黙っていようっと。
また面倒な事になるといけない。
いやあ、いつこの話を切り出すか迷っていたんだよね。
まあ王様くらいには言っておいた方がいいかなと思ってはいたのだ。
他国絡みの話なので。
カイザを間に通すと、またあいつが面倒な事になってもいけない。
「すると、お前はもしかして我らが神ノームの加護を持っておるのかの」
「ええ、ハイドラの加護も持っていますが」
「そうか、そうか。
それはよかった、よかった。
そういう者は魔王に堕ちる事は絶対にないからのう」
「そういうものですか」
「まあ、そういうものじゃな」
そう言ってから王様はビールの試飲をなさって、満足そうにお代わりを要求した。
泉が大学の飲み会や会社の宴会で鳴らした腕前で見事に注いでみせ、ビジョー王女も父親への点数稼ぎに頑張って注いでいたが、失敗して溢れさせてしまい逆に慌てていた。
王様は、愛娘のそんな姿に微笑ましそうに笑っていたけど。
今日は若い連中も少しは盛り上がったし、ゲストも交え、楽しいパーティになったな。




