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1-31 お食事につきまして

「美味い! こいつは美味いぜ」


 昼食にありついた俺の、大げさに仰け反ってみせるほどの感激ぶりが、よほどおかしかったとみえて、食堂にいた村のおっさん達が皆笑っていた。


「おいおい、お前さん。

 こんな場末の村の宿屋でおおげさな。

 日頃は一体何を食っているんだ?」


 女将さんも笑いを堪え切れなかったものか、俺について解説してくれた。


「もうっ、場末の宿屋で悪かったね。

 ああ、この人はこの奥にある焼き締めパン村から来たんだよ」


 そして更に爆笑が渦巻いた。

 えー、なんだよその反応は。

 ちょっとそれはないぜ。


「そいつはいけねえ!

 あそこは食生活が最低だからな。

 行商人があそこまで行かない理由の一つがそれだとも言われているのだから」


 なんとまあ、そうだったのか~。


 焼き締めパンのみの砦での生活に比べたら天国のようだと思っていただけに、ちょっとだけショックだ。


 飽食日本から来たので、本来なら俺も贅沢な感覚のはずなのだが、元々は日々仕事に明け暮れる独身サラリーマンの貧しい食生活だったからな。


「まあ、昔は最前線の村だったから、今でも食事は贅沢をしない風習だと聞いた事があるな」


「この村も戦争の頃はあれだったそうだが、それでもあの砦村での食事に比べたらマシだと、兵士達が泣きながらこの村の飯を食べていたと大昔の記録にはあるな」


 なんという真実か。

 俺はあの村の残念ぶりに思わず絶句してしまった。


 今日の昼食のお献立はふわふわとまではいかないが、バゲット風の細長い小ぶりなパンで、香ばしくて実に美味しい。


 なんていうか小麦の味がするというのか。

 それに肉と山菜のスープがついている。

 少々塩気が足りないが、今日俺が塩を渡したので、もうすぐ改善されるはずだ。


 あとはなんだろう、何かのパテみたいなもののようだ。

 何の肉か知らないが魔物の肉ではない模様。

 なにしろ魔物は店で買い取りしてくれないからな。


 そいつも量は少ないが、こんなに美味い物をランチで食わせてくれるとは、この村もなかなかだ。


 どうりでアリシャがついてきたがるわけだ。

 村の大人から情報を入手しているのに違いない。


 あるいは年嵩の、もう親について隣村くらいなら行けるようになったお兄ちゃんお姉ちゃんあたりからの自慢話か。


 なかなか美味いので、お土産に明日は何個か買って持っていこうか。


 他に何種類かの煎った木の実がついていた。

 これも明日もらっていこうっと。

 非常食にも、おつまみにもいい感じだ。


 夜はボリューミィなお肉のメニューがいいな。


 ここでこの食事だという事は、王都にはもっと美味いものがありそうだなあ。

 くそ、またちょっと王都へ行ってみたくなったぜ。

 しかし、王都までどうやって行くかが問題だよな。


 俺は異袋を満足させたので靴を見にいく事にしたが、靴屋はすぐに見つかった。

 いくらメインストリートと言ったって、この小さな村でそうそう店屋がたくさんあるわけでもない。


 数軒先の建物に、聞いた通りの看板がかかっていたので店の中を覗いてみた。


「おや、いらっしゃい。

 靴の御用命かね」


 声をかけてくれたのは、もう初老といってもいいような、いかにも熟達した職人といった感じの親父さんだった。


 店の中は地球の販売のみの靴屋とは異なり、いかにも個人の工房といった趣で、様々な革細工用と思われる道具が机の上に並んでいた。


 壁際にはいくつも靴のパーツが山になっていて、完成品の靴も乱雑な配置ではあったものの、それなりの数が並んでいた。


 そこに顎髭を蓄えた、いかにも職人といった感じの親父さんが椅子に座って、机の上で靴底の形を整えていた。


「ええ、そうです。

 荒れ地を徒歩で歩く旅に耐えるような頑丈なブーツが二足ほど欲しいのですが、全部注文品です?」


「そうさね、既製品もあるが。

 あんた見かけない顔だが旅人かね?


 長旅をするのなら、ぴったりの物をあつらえた方がいいが、まあ既製品でも合う物はあるし。

 注文品だと結構時間がかかるのでな。

 出来合いを試してみなさるかね。

 料金はどっちもそう変わらんよ」


 靴の大事さはこの村に辿り着くまで嫌というほど思い知らされたからなあ。

 まあ試してみても悪くないものだ。


「おいくらくらいになりますか」


「まあこれなら一足銀貨二十枚かな。

 もっといい靴が欲しかったら、靴の大きな工房がある村か街までいかないといけないね。


 この村で作るなら、この程度だ。

 あまり高い値段だと買う人がいないからな。

 お蔭で小さな、村の靴屋の技術も一向に向上しないよ」


「じゃあ、ちょっと見せてください。

 できれば早いところ欲しいんです。

 御覧の通りのボロ靴でしてね」


 そうは言っても手作りが基本だなんて、その上注文生産で自分に合った靴を作ってもらえるとは。

 今までこの世界で出会って、地球よりも贅沢だと思えた唯一の出来事だ。


 あの焼き締め村には、そのようなささやかな贅沢すらないんだなあ。

 槍だけはかろうじてオーダーメイドできたがな。


 何足かある靴を試させてもらったが、履いてみたら案外と足に合ったし素材の革の具合も悪くない。


 慣れない俺の足に負担がかかるほど固くないし、それでいて丈夫そうで適度に固くもなく柔らかすぎず、出来のいい車のシートみたいなものだろうか。


 革の素材のせいだけでなく、使う革の形や組合せに縫い方など、しがない村の靴屋とはいえ、長年靴一筋のお仕事をしてきたらしい親父さんの熟練した腕の為せる技だ。


 地球でもよい皮革製品はいろいろと工夫された伝統の技と技術の集大成で、その分は値段が張る。


 なんというか、出来合いの靴に関しては靴の量販店でサイズ合わせするかのような自然な感覚だ。


 しかも販売員ではなく、靴を作った職人本人が合わせてくれるという贅沢さ。

 村の靴屋、意外とナイス!


 この具合ならここまで歩いた経験上、おそらく大丈夫そうだ。


 少々緩めだが、このタイプのあまり固くない革は使いこめば多少縮むそうなので、その方がよく足に馴染むかもしれない。


「じゃあ、こいつをください。

 これと同じ物ってありますか?」


「ないが、見本があれば同じように作れるぞ」


「そうですか、じゃあ同じ物を見本とは別で二足作ってください。

 全部で三足ください。

 靴は消耗しますからね。

 後、他に普段に履くような軽めの靴があれば」


 親父さんは、近くにあった箱から何足か出してくれて試着を促した。


「そいつらなら銀貨五枚でいいぞ」


 そしてサイズが合うものを五足まとめ買いした。

 占めて銀貨八十五枚か。


「じゃあ、一つは今お金を払ってもらっていきます。

 明日帰る前にまた来ますので、その他の支払いはその時にまとめて。

 支払いは金貨でも大丈夫ですか?」


「ああ、構わんよ。

 じゃあ待っているから。

 明日ではブーツの方は間に合わんと思うが」


「大丈夫です。

 ブーツが必要な時は、ここを通りますので」


 ふう、テッテーレー。

 麦野一穂は普通の靴を手に入れた。


 いやあ、いつも年がら年中ブーツっていうのもなあ。

 ああいう靴って普段使いにはあまり向いていないよね。


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