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4-74 こんなはずでは

「ルイーズ、ここは空気が美味しいねえ」


「そうだね、サムスン。

 なんだか楽しいよ。

 村の子達も連れてきてあげたかったなあ」


「うん、孤児院の子達もね」


 そんな可愛い事を言って、俺の目の前ですいすいと岩場を登っていく二人の子供達。


 その後をヒーーヒー言いながら、情けない息遣いと覚束ない足取りで付いていく俺。

 うーん、こうなる予感はしていたんだよな。


「おーい、一穂。

 何をやっておるんだ、早く登ってこい。

 先に進めんではないか」


「そうですよー、早くいらっしゃーい。

 もう日頃の鍛え方が足りないわよ」


 これだから鉄人の相手は嫌なのだ。

 子供達は『俺のお守り』で一緒にいてくれているだけだ。


 なんという屈辱だろう。

 このハズレの王とでもいうべき俺様が。


 俺の事を魔王弐号だとか魔王擬きとか言って陰口を叩く奴もいるのだが、今の俺の為体をこの世界の歴代魔王様が見たならば、「はっはっは、もしも貴様が魔王だというのならハズレ魔王もいいところだな」と激しく体をのけぞらせて高笑いをなさる事だろう。


「ええい、ど畜生。

 この国の神に祀られているノームの、でろでろでブヨブヨなナイスバディに賭けて、なんて呪われた傾斜なんだ。

 さっきから余計に傾斜がきつくなっていないか。

 ノームのダンジョンかよ。

 勘弁してくれー」


 だが、こういう山奥の清流しか山葵は育てられない。


 ショウが情報を集めてくれたのだ。

 ここヨーケイナ王国は比較的温暖な内陸国で、この手の地形はそれなりに存在している。


 なんか静岡県っぽい感じのところだな。

 浜名湖が無いのが惜しまれる。


 あと出来れば熱海や伊豆みたいな温泉溢れるようなところもほしい。

 この国から分離したブンケー王国に、そういう感じのところがないものか。


 そして、ショーにはかなり遠方の国にまで探させていたのだが、その彼が情報というか噂を聞きつけたのだ。


 話の発端は蕎麦探しであちこちの山奥を回っていた時に、近場で蕎麦が取れると好都合という事でショーが山奥で聞き込みをしていた時に、農家の人間からこう小耳にはさんだという。


「緑色で刻んだりすり下ろしたりすると、強烈な辛さのある人参のような物ねえ。

 そういや、昔に山奥の方でそういう物を見たという話を、わしの爺さんが人伝手に聞いたような話があった気がする。


 しかし、今ではそれを覚えている人はおらんなあ。

 だがまあ、あるとすれば村から歩いて日帰りできるくらいの距離の、この界隈の山のどこかだ。

 それは清流の流れる場所だったそうじゃが、はて山の手も広いからのう」


 という訳で来たのはいいが、今こうして苦労しているというわけだ。


 異世界侮りがたし。

 今更、このような場所で苦労するとは。


 日頃はショウに歩かせたり、眷属を使ってズルをしたりしているからなあ。

 俺も空は飛んでしまえるし、飛空馬車もあるし。


「ふうむ、なかなか見つからないな。

 本当にこのあたりにあるのか」


「一穂君、奥の手があるって言っていたわよね」


 俺は肩で息をついて、へばって這いつくばりながら言った。


「えー、ぜーぜー、そうです、はあはあ」


「情けないな。

 それでも魔王軍大幹部を何度も退けた勇者なのか」


「自分の足で歩き回って撃破したわけじゃあないですからね~。

 というか、師匠。

 あんたが現代人離れしているんだよ」


 だがこの岩場の頂点にある大岩の上で彼は腕組みをしながら岩に足をかける、いかにも山頂を制覇しましたみたいなポーズを取り高笑った。


「はっはっは、なんのこれしき。

 さあ見せてみろ、お前の奥の手とやらを」


「へーい、じゃあいきますよー」


 そして俺は地面に座り込むと、ビラっとピクニックシートを広げて、そこにチョコを積んだ。


 それから左手を掲げて水の大精霊ハイドラの加護を起動し、拳電球から霊光を放ちながら叫んだ。


「おーい、水の精霊どもー。

 水の大精霊ハイドラ様のありがたい加護を持つ勇者様からのお呼び出しですよー。

 美味しいお菓子もありますよ。

 だから、お願いだからきてー」


 俺の悲痛な叫びが、大精霊の加護に乗って山々に木霊していった。

 これはもう、ほとんど遭難者のSOS信号に近いかな。


「お前、凄い能力を持った勇者の割には本当に卑屈だな」


「しゃあないでしょ。

 キツイだろうなあとは思っていたけどさ、さすがにこんなにキツイとは思っていなかったわ。

 もう精霊頼みなの!


 前回は応援も無しに一人で大精霊の御機嫌取りに邁進してたんです。

 あの加護を貰えるまで、凄く苦労したんですからね。

 その加護を活用せずにどうするというのか」


「まあいいのだけれど、精霊さんにおんぶに抱っこね」


 姐御もクスクスと笑っていたが、背に腹は代えられないのだ。


 あんた、どうしてそう平気な顔をしていられるんだ。

 俺はもうくたくただよ。


 またゲンダスを出そうと思ったのだが、思うところがあって止めたのだ。


 こういう清廉な空気の場所では、あのような元魔人なんか出していた日には精霊が寄ってこないような気がして。


 ここいらって気が清浄だから、精霊達も特にそういう雰囲気というか空気を好むと考えたのだ。

 そして、おそらく山葵はそのようなタイプの水精霊がいる場所にこそある。

 そういう作物なんだよな、あれ。


 そして精霊達はやってこなかった。


「なんでえ⁉」


「ああ、多分あんたが考えているような精霊って、きっと数が少ないわ。

 そしてその場所から離れたがらないだろうから、ピンポイントで探さないと駄目かもねえ。

 ここいらは精霊自体も少ないのかもしれない」


 俺の肩口でクスクスと笑って、お零れのチョコをお相伴に預かりながら、エレがとんでもない事を解説してくれていた。


「なんだよ、それ。

 普通はこういう自然の豊かな場所に精霊なんて多いもんじゃねえのかよ」


「うーん、精霊というものは、必ずしもそういうものじゃないんだよね」


「お、奥が深いな、精霊道。

 水の大精霊の加護でなんとかなると思っていたのに当てがはずれたー。

 やっぱり俺はハズレ勇者なのか」


「あはは、なんとかなるとは思うのだけど。

 なんというか、ちょっと難しさがあるようね。

 あんたの呼びたい山葵の精霊さんは」


「なんだよ、その山葵の精霊って」


 そういうわけで、俺が思ったよりも山葵捜索は難航していたのであった。


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