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4-72 勇者様の無い物強請り

「ところで一穂、あれはまだ見つからんのか」


 師匠は、王都の鍛冶師謹製で特注にて作られた愛用の出刃包丁・国護丸で平目を捌きながら、そう切り出してきた。

 俺からちっとも朗報が届かないからな。


「ええ、今もショウに探させてはいるんですが、なかなか難しい。

 王都も含め、冒険者ギルドにも常時依頼を出してあるのですが、そうおいそれとは見つからないないでしょうねえ。


 商業関係のギルドにも依頼を回してもらってあるのですが、ご承知の通り何分にもあれは滅多な所には生えていないだろう代物でして。

 この世界では存在するにしても、かなりの秘境に存在するのではと思われるし」


 ここのところ、俺がバタバタしていたのもあってショウには訊いていないのだが、あれは見つかったらすぐに報せろと言ってあるので、まだ見つかっていないのだろう。


 特別な場所でないと育たない特殊な作物なのだから仕方がない。

 ショウは結婚式の応援にも呼んでしまったので、その分捜索が遅れるのは仕方がない。


「そうか、まあそれは仕方がないが、あれが無いとせっかくの海産物の山も締まらんなあ。

 寿司も今一つだろう。

 それで、あっちの方は年末に間に合いそうか」


 そっちの方もまだ連絡はないのだ。

 まあ気を長くして待つしかないのだし。


 冬の間は行商人も開店休業なので、弟子二人も一緒に探させている。

 幻の食材探しの仕事なんてなかなかできない仕事だから、いい勉強になるだろうよ。


「そいつは、どうなんでしょうね。

 まだあれは見つかる確率は高いのですが、品種的にはいい物があるのかどうか。


 さすがに年末は厳しくないですかね。

 今年も残すところ、あと一週間余りですよ。

 まあ今年はラーメンがありますし。

 確か、高山の方面じゃ年末に中華そばで年越しするところもあったのでは」


 そう、年越し蕎麦の話なのだ。

 無論、年越し以外にも食う訳なのだが。


「まあそれはそうなんだが、せっかく蕎麦汁と海老天が間に合って、肝心の日本蕎麦がないというのは辛いな」


「まあ日本人としては、年末にあれを食べたいのが人情っすよね」


「そうですなあ。

 一年の締めくくりがないというのも寂しいものです」


 魚海さんが嘆く理由は蕎麦ばかりではないのだ。

 もちろん、探させているのは山葵だった。

 

 あれがなくちゃ生食海鮮料理も締まらないし、寿司だってお子様寿司のままだ。

 蕎麦だって山葵を使う場合もあるのだから。

 個人的には絶対に欠かさない代物だった。


 あとは米だな。

 アルファ寿司はいまいち過ぎる。

 酢はフォミオが各種のいい物を作ってくれるのだが。


 さすがに原料が、この世界には存在しないだろう日本の古代種の米らしい赤酢はない。

 代用品が見つからないと決まったものではないのだが、そいつはさすがに望み薄だろう。


 本格的な寿司屋さんなんかだと、あれを使っている店もあるらしいので是非欲しいのだが、本物の米があるのかどうかもわからないこの異世界では、赤酢原料の特殊な米が手に入るものかは非常に怪しい。


 まあ、あれは究極に贅沢品なので、それよりも餅米が切実に欲しい。

 普通に御飯を食べるのなら、他に米がないのでアルファ米でも構わないのだが。


 今は災害時だと思えばいい。

 確かに異世界召喚は大惨事なのだから。


 六十人もの人間が行方不明になって痕跡一つ見つからないのだから、その家族や自治体に警察なども頭を抱えまくった事件だろう。


 震災や台風どころか、異世界へ島流しになって自衛隊だって来てくれない事態なのだからな。

 アルファ米御飯と、本物の味噌汁や漬物なんかがあるだけ実にありがたいというものだ。


 島流し仲間や優秀な従者がいて本当によかった。

 万倍化のスキルもね!


 しかし美味しいラーメンが食える異世界って、なんて最高なんだ。


 とりあえず師匠が捌いてくれた平目と、魚海さんが作ったイサキと鮑のお造りなどを試食していたのだが、そこへショウから連絡があった。


 俺は普段着の今、首飾り風にホルダーに入れて首からぶら下げた宝珠を手に取ると、イサキを飲み込んでから会話を始めた。


「おお、何か見つかったかい」


「ええ、例の蕎麦……らしき作物を見つけたのですが、同じ地域で数種類集中的に見つかりまして、一度見てもらいたいなと思いまして。

 確か、できれば年末までに欲しいと言われてましたよね。


 一応、現地では食べられているようですが、あなたがおっしゃたような汁につけるような食べ方ではありません。

 殻を取ったものを粥のように煮ている感じでして。


 言われた通りに石臼で挽いて粉にもしてもらいましたが、聞いた通り香りが強く、これなのかなと思うのですが私には判別できません。

 なにせ蕎麦なる物を一度も食した事がありませんので」


「でかした! すぐ帰ってこい」


 ショウ達にはマルータ号の同型機を運転手付きで貸してあるので、あれで飛び回っているのだ。

 俺は一旦会話を負えると、期待に目を輝かせている二人に報告した。


「まだよくわからないですけど、おそらく殻を付けた状態の外観は頂いたスケッチにそっくりなのではないでしょうか。


 あれはよく描けていましたから。

 ただ、似たような形の種子が無いとは言い切れませんからねえ。

 何せ異世界の物だし、そこのところはなんともね。


 まあ違うにせよ、粉にして香りの強い作物であるようなので、代用品になるかもしれません。

 まあ食える物には違いないので」


「うむ、待ち遠しいな」


「蕎麦……お蕎麦、じゅるり」


 どっちかというと、蕎麦ってこういう歳を経た人の方が好む食い物だよね。


 まあ俺だって食べたいのさ。

 なんたって、ざる蕎麦やかけ蕎麦なんて、貧乏サラリーマンの昼飯の定番だったんだからな。


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