1-30 思わぬ『掘り出し物』
「ま、まあ、今日は特別に疲れていますので」
というか女将さんよ、あんたの話を聞いただけでゲンナリして疲れたわ。
「そうかい。
宿は一泊銀貨一枚、そして食事がその都度払いだよ。
じゃあ部屋に案内しようかね。
昼飯はどうするね」
「ああ、食べます。
できれば、パンは焼き締めパンでない奴を」
「はっはっは。
あんた、そんな物を食いたがる物好きは、軍の兵隊か冒険者か行商人、それに今あんたがいる『焼き締めパン村』くらいのもんさね」
何、そのアバウトな村名は。
まさか正式名称じゃないよな。
ひでえ仇名だ。
そういや、なんて名前の村か未だに知らんわ。
「うちの村」とか「この村」という言い方で済んじゃっているからなあ。
アルフェイムの地って言っていたが、あれは別に村の名前じゃないのではないだろうか。
それに女将さんよ、そんな物を食いたがる物好きには王様と勇者の名前も入れてやろうぜ。
勇者の方は好きで食っていたわけじゃないんだろうが。
くそう、あの王様め。
こんな近くの村で普通のパンが買えるんじゃないか。
やっぱり、あの焼き締めパンが大好物なんじゃないのか?
「あと、何か売りたいものがあれば買い取りできるよ。
明日は行商人も来る予定だから、そっちと取引してもいいよ。
そういうのも、うちが手数料をもらえる事になっているから気兼ねしなくてもいい」
「へえ、何が入用です?」
女将さんは顎に手をやってしばし考えたが、やがて頷いて答えた。
「今一番欲しいのは塩かな。
行商人がなかなか持ってこれなくてね。
最近は魔王軍が騒々しいので、塩も軍用に回されちまう事が多くてね。
本当に困ったものだよ」
それなのに、あの城の塩はそのまま放っておかれたのか。
まあそれどころじゃなかったんだろうし、城ごと歴史のただ中に忘れられていたものに違いない。
あの城で戦った忠義な戦士達の魂も込みでな。
「じゃあ、この塩はどうです?」
俺は麻袋に入った塩を取り出した。
焼き締めパン村で貰った袋に詰め替えてある。
元の袋は半分風化していたからな。
城でも、全部は詰め替えてこれなかったのだ。
結構、特用サイズだ。
こんな大特サイズの塩は日本じゃ売っていないよな。
「へえ、収納持ちなのかい。
そいつはたいしたもんだねえ。
こりゃまた、たくさん入っているねえ。
あんたも商人かい?」
「ああ、いや旅の者さ」
「他には何があるんだい」
何って言われても、こんな村の宿屋で槍や剣を売りつけたってしょうがないし、例の粉塵爆薬もちょっとな。
村でそんな物を何に使うんだよ。
量を間違えると、こんな村なら軽く消えてなくなる破壊力だぜ。
まるで昔に創作物なんかで流行った気体爆薬エチレンオキサイドみたいな威力だからな。
あれは確か、核兵器に代わる通常兵器で、高性能の爆発兵器を開発したくて作られたものじゃあなかっただろうか。
大人しく一か所に浮かんでいる標的を狙うような実験レベルなら、巡洋艦を破片一つ余さずに消し飛ばすほどの高威力があったような気がする。
アセテートやその他の化学繊維なんかは、迂闊に出したらマズイ物かもしれんしなあ。
「あ、そうだ。
魔物はいかがでしょう?
在庫は狼と熊がありますよ」
だが、その提案は女将さんにあっさりと笑われてしまった。
「いや傑作傑作、この店も随分長い事やっているが、うちの店に魔物を売りに来た人は初めてだね。
残念だが、そいつはどこかの街の冒険者ギルドにでも持っていきな。
魔物は素材の扱いがちょっと難しくてね。
森の動物の毛皮とかなら大歓迎なんだけど」
そうでしたか、そいつは残念。
おっとそうだ。
「靴、ブーツはどこかに売っていませんかね。
もう相当傷んでしまっていて」
「ああ、それなら靴屋のアルフの店がもう少し行ったところにあるよ。
靴の描かれた看板が目印だ」
「ありがとう。
昼食が終わったら行ってみますよ」
「じゃあ、塩の代金だ。
この量なら全部で銀貨五十枚、それでいいかい」
そこで俺は少し考えた。
「あのう、こちらから銀貨五十枚を払って金貨一枚に代えてもらうわけにはいきませんか?
手持ちが銀貨ばっかりで嵩張ってね」
「ああ、滅多に金貨なんてないが、今ちょうど一枚あるわ。
珍しく団体さんが泊まっていったんでね。
うちは銀貨の方が使い勝手がいいから歓迎だね。
あと大銀貨が三枚あるけど、どうする?」
「あ、それも交換をお願いします」
ひゅう、逆両替で上のランクの通貨を二種類もゲットできたぜ。
こいつは思わぬ『掘り出し物』だった。
明日のスキルの対象はこれで決まりだな。
金貨は、この界隈では滅多に使えないような代物だが、別に持っていて困るという事もあるまい。
いきなり何か大金が入用になっても困るしなあ。




