4-67 一同、控えい、控えおろう。そして静まれい。ここにおわすお方を……
そして、その男は空を仰ぎ見た。
あれ、意外と印象が違うな。
てっきり脂ぎって嫌な目つきをした奴かと思っていたのだが、痩せているような精悍でいかにも出来そうという感じのタイプだ。
パリっとしてまるで地球式のような軍服を着ている。
自分の出自を勇者所縁などとほざいているから、勇者からもたらされた知識でそういう格好をしているのかね。
ちょっと軍服のデザインが古臭いな。
これは昔の欧州風なのかな?
目は酷薄そうな光を湛えているのだが、顔付きを見ると、やはり堕落はしていないといった感じの容貌だ。
肩幅はがっしりしており、筋肉質で余分な肉は付けておらず、よく鍛えているようだった。
へえ、こいつはまた意外だな。
もっと目が腐ったような奴を想定していたのに。
下では、見慣れない馬車のような物が空中に浮いているのが見えているので、兵士達がざわざわと騒いでいる。
兵士達も太った奴は見当たらない。
やはり痩せた奴は大勢いるな。
だが、反乱が起きるほど食い物に困っている風でもない。
それでは王国連合に援助ができまい。
もしかして、漁港があるのはこの手の軍への蛋白質供給の目的だったのかな。
軍を海に出せば、軍事演習も兼ねられるしな。
もしそうならば、魚市場なんかにはもっと素晴らしい海洋資源の展示があってもおかしくない。
これはやはり帰りに覗いていかないと駄目だな。
護衛にザムザを大量に並べておけば、誰にも手は出せまい。
そうなると魚市場すら誰もいなくなってしまうかもしれんのだが。
俺は頃合いを見て、ラウドスピーカーのような魔導具で叫んだ。
「静まれ、静まれい」
駄目だ。
日頃慣れないような魔道具からの放送に、兵士達が余計に騒がしくなった。
これはまた、かなりの人数がいるなあ。
ざっと二千人といったところか、これで時代劇の殺陣をやったら監督も苦労しそうだな。
まあ俺も今日はそれをやる気はないのだが。
ここから少し番組というか趣向を変えてみた。
「先生、お願いします」
「うむ」
そして、すっと体組織の壁を潜り抜ける特技のある白血球のように壁抜けをして、大精霊がマルータ号の外に出た。
出たが、皆そのありがたい姿が見えていない。
どうやら御印籠を翳す役者がやはり要るようだった。
俺はマルータ号を収納に仕舞うと、ハイドラの傍に寄って総帥の頭付近の宙に浮かんだ。
すると奴は俺を見上げて、低い、思ったよりも悪くない声で言った。
これも意外だな。
独裁者というからには演説に向いた高い声を出すタイプかと思ったのだが、まるで手練れの殺し屋か、現場で戦争している偉い軍人のように剃刀を研ぎ澄ましたかのような感じだ。
まあ軍服は着ているのだが。
「お前は勇者か。
そうか、お前が魔人を操るという噂のハズレ勇者カズホか。
飛空の能力があり、おかしな空飛ぶ馬車を使うと聞いたな。
だが、我が国は王国連合の一員だ。
ここで暴れたならどうなるのかわかっているだろうな。
連合に提訴して、お前を二人目の魔王に認定してやってもいいのだぞ」
だが俺は宙に浮いたまま高笑った。
だって、ちゃんちゃらおかしいぜ。
王国連合の輪を乱しまくっている、そもそも王国ですらない独裁国家が、勇者の中で一人気炎を吐いて魔王軍幹部を倒しまくって大活躍中である、この勇者カズホ様を提訴だと?
俺は優雅に右腕を振って、お得意のピエロのような、人を小馬鹿にするためだけのお辞儀をしてから挨拶をしてみせた。
「いや、これは親愛なる共和国総帥閣下。
御機嫌大変麗しゅう。
いかにも俺がハズレ勇者カズホだが、この俺が魔王だって?
とんでもないいいがかりだ。
何故なら、この俺こそは」
えーと、印籠を持っている奴って確か、カ〇さんの方だったよなあ。
あれ、それともス〇さんの方だったかしら。
まあどっちでもいいや。 では御隠居に御登場願うとするか。
「ええい、皆の者。
控えい、控えい、ここにおられる方をどなたと心得る。
恐れ多くも、ずっとこの国に居座っておられる水の大精霊ハイドラ様だぞ。
頭が高い!」
俺は水の大精霊ハイドラの加護をアクティベートし、そのハイドラの巨大な全身を輝度を上げまくった霊光で埋め尽くして周囲を真昼のように照らしだした。
そして左腕を掲げて、かつて王都ヨークのアイクル侯爵家にて披露したように、拳電球のパワーで精霊の加護を持たぬ者にもハイドラの姿を見えるようにしてやった。
「おお、おお、大精霊様」
「これが伝説の……」
「おお、おお、偉大なる大精霊よ」
兵士達はその強烈な大精霊の登場シーンに全員が平伏してしまい、もはや二本の足で立っている者は総帥だけになってしまった。
いや、気持ちがいいなあ。
しかし、こいつは頭が高いままなのだな。
そして野郎は俺の方を未だに睨め付けていた。
「おのれ、このハズレ勇者め……」
そしてハイドラは厳かな雰囲気の中で言った。
「カズホよ、妙な紹介の仕方をするでない。
まあ確かに、このような国が誕生する前から、その前身の王国が成立する以前から、わしはこの地を見守ってきたのだがな。
一つの国には一つの大精霊しかおらぬのが大概の国での決まりじゃ。
よって、この国はわしの管轄なのじゃ」
おっと、本当に御隠居様みたいな御方だったのか。
さては国の支配者なんかが馬鹿をやって大精霊を怒らせると、福音じゃなくて災厄がもたらされるのだな。
うちの管轄はノームなのか。
それであのような宝物庫を預かってくれているのか。
総帥は唇を噛み締めて大精霊を見上げている。
本当に大精霊が現れるとは思っていなかったのだろう。
伝説の彼方の登場人物だから、為政者なんかはその名を騙り、好き放題にやれるのだ。
あれ、もしかしてそういう神みたいなものだから、もしかしたら各国の教会というのは、まさか!
そして一人の老兵士は泣きながら感極まったように、こう叫んだ。
「おお、おお、我らが偉大なる神、ハイドラよ。
あなた様を実際にこの目にする日がやってこようとは。
ありがたくて目が潰れまする」
はい、大当たり。
この大精霊とやらは、神様扱いだったんですねー!
そうか、俺が貰った大精霊の加護って『神の御加護』っていう奴だったんだねえ。
もう二個も貯まっちゃったよ。
まるでスーパーやコンビニなんかで貰えるようなスタンプかポイントのような気軽さだな。




