4-66 水の大精霊、空を行く
「そう。
じゃあ、一つお願いがあるの。
その大精霊様をこっちへ連れてくる事はできないかしら」
彼女の声に緊迫のトーンを感じとって、俺はまるで椅子から弾けるような感じに起き上がって、燃え尽きゾンビから人間へと瞬時に復旧した。
「どうした!
そっちで何かあったのか」
「うん、総帥があたしや娘さん達に迎えに寄越した、というか本人が来ちゃった。
なかなかこっちが折れないというので、痺れを切らしちゃったみたいねえ。
どうしよう。
もうこの人達を連れて逃げるしかないかも。
マルータ号を寄越してもらうのは駄目かな」
「ま、待ってろ。
なんとか時間を稼いでくれ。
今、ハイドラを説得してみるから」
だが、なんと当のハイドラがそっと俺から宝珠を取り上げて、こう言ってくれた。
「娘、お主も勇者の仲間なのじゃな。
お前からは、その宝珠の魔法回線を通じてノームの加護が伝わってくる。
今、ノームの加護を通じて、お前の心は読んだ。
そこのハズレ勇者の心からも大体の事情は伝わっている。
その総帥とかいう不届き者め、わしが魔王軍の手先に四苦八苦しておる間に碌でもない事をしおって。
今そっちに行くから待っておれ。
わしを悩ませていた厄介ごとが片付いたので、今は最高の気分なのじゃ。
そのわしをまったく敬わぬ、いやむしろ、わしの名の下に悪さをしておるような不遜な大馬鹿者を、わし自らが懲らしめてくれようぞ」
「あ、ありがとうございます。
というか、大精霊様って電話に出れたのですね」
「まあな、加護をやればその必要もないがのう。
では」
わかっておるな、というような感じのハイドラの催促に俺はマルータ号を出したが、今回の乗客にはちょっとサイズが合わなかった。
少なくとも、電車一両サイズのマルータ号は身長五メートルの巨人族を乗せるようには出来ていない。
いっそ、屋根に載せてもいいかなと思ったのだが、一応はエチケットとして先に訊いてみた。
「なあ、頼むからちょっと小さくなってくれ。
大精霊なんだから、それくらいの事は出来るんだろ」
「無理じゃ、わしはノームと違って変化とかそういう術が苦手なのでな。
どれ」
そう言って、彼女ハイドラは精霊の特技でマルータ号の車体を透過し、強引に乗り込んだ。
なんとか寝転ぶような形で入れたが、さすがに狭いな。
俺は長椅子や何かの邪魔者を収納して、なんとか彼女が余裕で寝転がれるスペースを作ってみた。
「悪いけど、それで我慢してくれ。
じゃあザムザ101、国境の街まで急いで戻るぞ。
街の門はもう無視してもいいからな」
「心得た」
初めての大精霊の乗客を乗せて、軽やかにマルータ号はその自らの住処ともいえる蒼穹へと飛び立った。
「ほお、人間は面白い物を作るものだのう」
マルータ号に興味を覚えたものか、俺の頭の中から地球の宇宙船をさえも含む飛行機械の記憶を興味深そうに閲覧していた。
そして飛行する強力な兵器が出てきたあたりで顔を顰めて『記憶のブラウザ』を閉じた。
「やはり、人間のやる事は風情がない。
せっかく、あのような面白い物を作りながら殺し合いに使うとは。
しかしアクロバット飛行は面白いの。
あとロケットの打ち上げとかも楽しいぞ。
弾道ミサイルなんかは無粋の極みよのう」
大精霊様には車内でのアクティビティをそれなりに楽しんでいただけたようで何よりだ。
そして俺達は宗篤姉妹が待つランカスター家の館へと到着したが、さすがに驚いた。
そこには館を包囲している『大軍勢』がいたので。
例の門番も青ざめた様子で、その軍勢の管理者とやりとりしているようだった。
俺の言ったとおりに時間稼ぎをしているようであったが、いつ殺されてしまうかとヒヤヒヤしているようだった。
安心しろ、俺が来たのだし宗篤姉妹もいるのだ。
死んでもエリクサーで生き返らせてもらえるさ。
あれって、この前の気化してしまった場合と違って、生の死体だとどれくらいの時間経ったら再生できなくなるのかな。
気体になっても生き返るくらいなんだから、死体そのものが残っていたら大丈夫のような気がするのだが、蛆の湧いた半生状態から生き返るのもなんだよなあ。
「チッ、うじゃうじゃと集まりやがって。
あの藻並みに厄介な連中だなあ。
全員ぶち殺していいのなら問題は何もないのだが、そういうわけにもいかないし」
この国の王国連合内での立ち位置もあるのだが、「ハズレ勇者カズホがパルポッタで大暴れした。すわっ、ついにグレて魔王化したか。いつかはと思ってはいたのだが、ついに」とか言われても嫌だ!
「どうする、ハイドラ先生。
あんたが来てくれているんだ。
もうこの際だから、俺が眷属を使って力づくで蹴散らしてもいいのだが。
怒りを抑えておければ殺さずに全員捕縛する事もできるからな。
この国で俺の眷属に敵うような強者は一人としていまい」
セルフコントロール、セルフコントロール。
こういうのも営業社員の嗜みだ。
こういう時に堪え切れない奴はクライアントと揉めて仕事が上手く回らなくなり、結局は責任を取って退職する羽目なんかになるのだから。
「いや、予定通りわしが出よう。
どうせ、あのような輩は天の裁きでも食らわせてやらんと大人しくせんのだろう。
こんなところまで本人がのこのことやってきたのだから、灸を据えるにはよい機会といえようぞ」
ははは、御隠居様登場ときたもんだ。
さしずめ、俺は印籠持ちの付き人かな。




